断罪からの華麗なる論破
まんまと貴族達に手紙への不信感を植え付けることに成功したファンテーヌは、すかさず次の手に打って出る。
「ところで、私もシャーリー様へ一つ、お訊ねしたいことがあります。
なぜ貴女は、その手紙の字が私のものだと思ったのです?」
「え?それは……ファンテーヌ様からもらったお茶会の招待状と、同じ字だったから……」
「それは変です。私は淑女の嗜みとして、手紙や招待状、時候のご挨拶などの文書はすべて、我が家で雇っている専門の女官に代筆をさせております。
ただし国王陛下ならびに王太子殿下におきましてはその限りではなく、僭越ながら私の手によって書きしたためましたものを送らせていただいております。
ですから私の字体がどんなものであるか知っているのは、家族を除けば陛下とアンドリュー殿下だけ……なのにこの手紙の文は、確かに私の字にそっくりで、あまつさえ貴女はそれを知っている……どうしてなのですか?」
彼女の言い分は至極もっとも。家族およびこれから家族になる予定の者以外に手書きの字を見せないのは、大貴族の令嬢の常識だ。
ファンテーヌに注がれていた不穏な視線が、いっせいにシャーリーに向けられる。
いいぞファンテーヌ、その調子。君のターンは今のところ完璧だ。
何たってこのゲームはただの乙女ゲーではない。昨今の悪役令嬢ブームに乗っかって、その勢いで作られた“追放された悪役令嬢が個性豊かなイケメン達に求婚・溺愛され、元婚約者と性悪ヒロインをザマァして返り咲く”という、おいおい今更それかよという内容。
つまり主役はシャーリーじゃなくてファンテーヌ。
という訳で僕は……悪役令嬢からヒロインに乗り換えて、ザマァされる王子でえっす!!!
ところでこのゲーム、タイトルが『悪役令嬢じゃいられない!!秘密のシャイニー・キングダム~断罪された私と7人の求婚者~』なんだけど、絶妙にダサくない?
リリース前に死んじゃったからわからないけど、売れたのかなあ……売れなかったろうなあ……
「な、何故って言われても、その」
うっかり遺作になってしまったゲームのことを考えている僕の横で、シャーリーがうろたえている。
動揺を隠せない恋敵を前に、ここが好機と見てファンテーヌはいっきに畳みかけてくる。
「貴女が私の字を知っていたということは……もしや、殿下に送った私の心からの手紙を、どこかから盗んだのでありませんか?
王族の所有物、まして私文書を盗んだとあらば、大変な罪です。敬愛する殿下への侮辱を許せないのは私とて同じ。
私、ファンテーヌ・オズワルドは、今ここで貴女を窃盗と文書偽造の罪で告発します!!」
……みごと。お見事だファンテーヌ。
それでこそ転生悪役令嬢、ドヤってるキメ顔も美しい。
君の見立てた通り、その手紙は真っ赤な偽物。
ただしシャーリーは君の手紙を盗んだりはしていない。
『ファンテーヌ様が殿下へどんな風に想いを綴っているか知りたいので、ちょっと貸してくださぁい』って猫撫で声で頼んできてさあ、僕は断ったのに、彼女に甘い女官の一人がこっそり渡しちゃったんだよね。
ほんとナメられてんな僕は。これゲームの世界じゃなかったら打ち首もんだよ?使用人さん達。
「そ、そんな盗んだなんて、私そんなこと……アンディ様ぁ」
涙目でこちらを見つめてくるシャーリーだが、ファンテーヌはその言葉尻を聞き逃さない。
「公の場で殿下を略称で呼ぶとは、何と無礼な!!
お二人がご自由に過ごされる時間ならばどのように呼んでいらしても構いはしませんが、今ここでは口を慎みなさい!!」
うむ、正論。
やっぱ脳内お花畑ヒロインの『うっかり二人っきりの時みたいに愛称で呼んじゃったテヘペロ☆』に容赦ないツッコミを入れるのは転生悪役令嬢の基本だね。
それに僕が“高貴な婚約者のいる身で下賤な娘にのぼせ上っている”とそれとなく周囲に示したのもグッドだ。
この場のヘイトがシャーリーと共に、僕にも向けられるよ。冷たい視線がもう、四方八方から突き刺さってくるよ。
心なしか皮膚がチクチク痛む……これが二股男へ注がれる世間の目ってやつか。
白い目に晒され、ひとり耐える僕を放って、二人の美少女の舌戦はヒートアップしていく。
「わ、私が泥棒したなんて、そんな証拠がどこにあるんですか!?」
「それを言うならその手紙だって、私が書いた物だという証し立てはできないでしょう!」
「なんでぇ!!私に嫉妬して悪口書く人なんて、ファンテーヌ様しかいないでしょお!?」
「まあ、心外です!!このファンテーヌ、貴女ごときに遅れを取り、妬みを抱いたことなど一度たりともございません!!」
「ええ~~、ひどい!!ひっどぉおお~~い!!!」
おお……まったく、聞くに耐えない……
これ僕のせいか?
確かに婚約者のいる身で見ず知らずの女の子に優しくした僕も悪かったかもしれない。
でもさぁ、頼れる人のいない哀れな少女に助けの手を差し伸べないわけにもいかないじゃない?
こちとら生まれた時から帝王教育受けてるんだから、下々の民には優しくしろって叩き込まれてんだよ。
なのにまさか、親切心で助けたか弱い少女が、狙った男の婚約者を蹴落とすために手紙盗んで贋作師雇ってトラップ張るような、筋金入りの性悪女だなんて思わないじゃん。
僕と同じ状況で、そこまで読める人いる?僕はいないと思う。
こうして心の中で嘆いている間にも、女二人の口論は続いている。
……何もあんなに、いがみ合うことないじゃないか……周りの貴族達も興味津々で見てるだけで仲裁に入ったりしないし……醜い、あまりに醜い。
ここは世界の縮図だ……こんなだから、いつまで経っても戦争が無くならないんだ……
悲しみの連鎖が止まらないのは、愚かで醜い人間のせいなんだ……もういい、もういいから……鎮まれ、世界!!
「もうよい!!」
うんざりして大きな声を出すと、二人はピタッと口を閉じた。
はい、皆さんが静かになるまでに、先生は世界平和を憂えるまでに思考がぶっ飛んでしまいました~~。
……っと、ふざけるのはここまでにして。声を上げたからには、この場を納めないと。
二人の言い分を聞いたところ、完全にファンテーヌのほうに理がある。
シャーリーはファンテーヌの字体を知っていたことに対して納得できるような説明をできず感情的に騒ぐだけだし、圧倒的に身分の高い僕やファンテーヌへの態度もひどいものだ。
一方ファンテーヌは理路整然としていて立ち居振る舞いも百点満点。
……さて、この状況で僕が取るべき行動の正解はもちろん……
『婚約者の言い分はまるっと無視して、ヒロインの肩を持つ』一択だ。
だって僕は“性悪ヒロインにまんまと誑かされて、賢明な令嬢を捨てて乗り換える王子”だからね!
悪役令嬢がどんな正論を唱えても聞く耳持たず、
『我が愛しのシャーリーに向かって、何という言い草だ、ファンテーヌ!!貴様のそういう小賢しいところが、本当に鼻につく!!』
とか頭痛がするくらい頭の悪いこと言って、ヒロインを庇って令嬢に理不尽な断罪・追放を申しつけないと。
シャーリーはもう、僕が令嬢をこっぴどく罰してくれると信じ、大きな目をウルウルさせてこちらを見つめている。
そして、他ならぬファンテーヌもそういう展開を期待しているはず。一方的に断罪され、追放を言い渡されるのを今か今かと待っている。
なぜって、追放されないと彼女の物語は始まらないからさ!!
再三繰り返して申し訳ないけれど、このゲームの真のヒロインは彼女なんだ。
僕がここで追放を言い渡せば何が起こるかというと、例えばさっきからモブ貴族に混ざってファンテーヌに熱い視線を送っているもう一人の王子、明るい栗毛に知的な青い瞳の正統派美男子にして、僕の腹違いの弟であるアレン=ロイド(僕もこういう名前が良かったな~~)が秘密裏に追放先まで追いかけてきて、彼女を溺愛・熱烈に求婚する。
または広間の隅っこ、バルコニー近くの柱に寄りかかり、
「ほう、なかなか面白いことになってきたな」
とか呟いている、艶やかな黒髪をなびかせた全身黒ずくめに黒い仮面を着けた男…めっちゃ怪しいんだけど、こんなモンが簡単に入れるって、お城のセキュリティどうなってんの……華麗なる盗賊ブラッドに護送の途中で攫われ、やっぱり溺愛・熱烈に求婚される。
僕ら製作チームが血反吐を吐きながら用意したイケメンは、この二人だけじゃないぞ。
その他もろもろ、追放された先で出会う素朴でほんわかした領主の息子とか、シャーリーの企てで令嬢の命を狙ってきたちょっとサイコな暗殺者とか、とにかく色々なタイプの超絶美男子から熱い視線を送られまくり、求婚されまくる。
そんな求婚者のうち誰を選ぶかは彼女次第だが、どのルートに入ろうとも僕の運命は決まっている。
そう……王位継承権を剥奪され、悲惨な末路を辿るってね!!
タイトル通り求婚者は7人で、それぞれに二通りのシナリオとエンドがあるけど、どれになろうともだいたい死ぬ。
エグい方法で暗殺されるか、因果応報的な事故死か、辻褄合わせるための急な病死か、そういう説明もなしに何だかひっそり死んでるパターンすらある。
上手くいっても国外追放か罪人として地下牢に放り込まれるか、だ。
つまりどう転んでもザマァされてバッドエンド、それが僕、二股乗り換え王子の立ち位置!!
……いや、僕が何をしたっていうんだよ……
そりゃ前世では徳の高い善人って訳じゃなかったけど、そんなに悪いこともしてないよ?
法を犯したことなんか一度もないし、子供やご老人にはできるだけ優しく接してたし、税金だってちゃんと払ってたもん。
王子に生まれ変わった後だって、皆の期待に応えようと勉強も武術もがんばったつもりよ?
そこにいる異母弟にはいつもあと一歩で追い抜かれてて複雑な思春期を過ごしたけど、だからっていじめたりはしてないし。
正直な気持ちを言わせてもらうと、ザマァされて命を落とすほどの悪い人間ではないと思う。
だから―――……だから僕は、別の道を行く!!