皆さんお集まりの場でわざわざ断罪
「ファンテーヌ・オズワルド嬢、前へ!!」
白亜の宮殿に、中年紳士の声が朗々と響く。
よく通る低い声の主は、この国の法務大臣を務める何とかいうおじさん。太鼓腹だからムダにエエ声。
いつもは誰にでも惜しげなく愛想の良い笑いを振りまいているその顔に、今は厳しい表情が浮かんでいる……なに気取ってんだか。
やらなきゃいけない仕事ぜんぶ若い部下に任せて、自分は美食とカード賭博にハマり狂ってるの知ってんだからな。
僕の父である現国王の戴冠30周年を祝うため、国中から集まっている貴族の紳士淑女が、突然の大貴族令嬢の呼び出しにお祭りムードから一転してざわつく中、一人の女性がしずしずと前に出た。
宴の会場となっている大広間の入り口から、威厳ある国王が鎮座している黄金の玉座までまっすぐに敷かれた真紅のカーペットの上を、ゆっくり、しかし堂々と背筋を伸ばして、こちらへ向かってくる。
青みがかった長い銀の髪と、透き通るような白い肌、知的に光る水色の瞳を持つ、美貌の令嬢。
父親であるオズワルド侯爵の自慢の一人娘にして、若い貴族青年たちの憧れの的。
僕にとっては幼い頃に親同士の思惑によって決められた、大事な婚約者……今のところは。
怜悧な光を放つ氷のような令嬢の瞳は、まっすぐ将来の夫である僕に向けられているが、たぶん意識しているのは僕の隣にいる少女だろう。
玉座へ続く短い階段の前に立っている僕に寄り添う、小柄な少女……桃の花のような明るいピンク色の髪と、丸くて大きなスミレ色の瞳が印象的な、可憐極まりない女の子。
その名をシャーリーというこの少女は、大貴族の娘でもなければ王族の関係者でもない。
ある日突然、宮殿の庭に現れて、その身元も出自もいっさい不明という謎多き存在だ。
本来ならとても城には置いておけない立場の娘だが、その天真爛漫で心優しい性格から皆に愛され、こと僕からの寵愛を一身に受けている身、なのだそうだ。
え?何?「マジかよお前、婚約者いるのに最低だな」だって?
わかっているよそんなこと。
今のご時世、不倫とか二股は超絶NGだということくらい。うっかりやってしまった俳優やお笑い芸人が、どんな末路を辿っていったかということも。
だからここで、はっきりと弁解しておこう……僕はいっさいシャーリーに対して好きとか愛してるとか、想ったことはない!!
誤解されるような言動や行動をした覚えもない。
ただ、行く所なくて気の毒だとは思ったから衣食住の援助はしてやったけど、それを周りが誤解しただけでキスしたいとか結婚したいとか(DTが想像できる婦女子とのお付き合いの限界はこんなもんですスミマセン)、そんな下心があったわけじゃないんだ。
そして、そういった愛しいとか恋しいとかいう気持ちが抱けないのは、麗しき婚約者ファンテーヌに対しても一緒だ。
彼女のことは素直に気の毒だと思う。
親の都合で好きでもない男との結婚を決められたばかりか、これから多くの好奇の目に晒される中、身に覚えのない罪によって断罪されるのだから―――
何故そんなことを知っているのかって?自己紹介が遅れたが、僕の名はアンドリュー・フィリップ・ライデイン。
どうだい、適当につけた感じの名前だろう(全世界のアンドリューさんフィリップさん、ごめんなさい)。
この歴史ある似非中世ヨーロッパ風な王国ライデンの王太子、つまり次期国王であり、そしてこの世界そのものを創造し築き上げた者の一人……急に中2臭くなってしまって申し訳ないが、要は現代日本から乙女ゲーの世界へ転生してきた、よくある設定の男だ。
しかも僕の場合はそのゲームのプレイヤーではなくてプログラマーだから隙はないぜ!!……つってもシナリオ作成したりイラスト描いたりはしていないから知名度はない、いちスタッフだけどねえ。
でもゲーム中の台詞はほとんど一人で入力したようなもんだから、ストーリー展開はバッチリ頭に入ってるよ。
連日深夜まで入力作業に追われてる時は「こんなブラックな会社潰れればいい……今すぐ隕石降ってきてくれ、俺ごと粉々に砕いてくれえええ」って全身全霊で呪ってたけど、今となっては感謝だ。
―――病んでたなあ、当時の自分。
みんなも「この会社やべぇ」と思ったら、社畜やってないですぐ辞めるんだぞ。
さもないと僕みたいに、徹夜明けで早朝の街をフラフラ歩いていたら、たまたま道に落ちていたバナナの皮を踏んで滑って転んで頭打って召されて、自分がデータ入力してたゲームの登場人物に転生する羽目になっちゃうよ。大事にしよう、心と体の健康。守ろう、自分自身。
さて、うだうだ回想しているうちに、ファンテーヌ嬢が僕らの前に来たよ。
「ファンテーヌ・オズワルド。参りましてございます」
凛とした声で挨拶し、実に優雅にお辞儀をする。さすが侯爵令嬢、完璧な身のこなしだ。
しかしこちらのシャーリーも負けてはいない。
令嬢の貴族オーラに圧倒されましたぁ、怖いですぅ、みたいな表情で、小さな手を口に当てて震えそうになるのを堪えていたりする。
あえて弱さを見せて小動物みたいな雰囲気をまとい、守ってあげたいという男の庇護欲をそそってくる仕草、見事だ。
こうして見ると二人の女性は、非常に好対照だ。
きりりとして宝石のごとくまばゆい輝きを放つファンテーヌ嬢と、ふんわりと優しげな雰囲気で、風に揺れる野の花のようなシャーリー。
それに比べて僕ときたら。
だいぶ美形に産んでもらったけど、金髪碧眼に長身細身っていう、いかにもな王子様だよ。今どき流行んないよこんなテンプレ王子様。
もっと何か、頬に傷痕があるとか、いっそ隻眼とか、王子でも赤毛で毒舌な性格とかさあ、キャラクター造形に一捻りあったほうが良かったんじゃない?
キャラデザ発注したのどこのデザイナーよ?
……まあ仕方ないか。僕は攻略キャラじゃないからね……没個性イケメン、ゼロ個性美男子、きらっきらモブ王子。何とでも呼ぶがいいさ……あ、だめ、泣きそう。
「ファンテーヌ・オズワルド!!
そなたには王太子アンドリュー殿下の大切なご友人、シャーリー嬢を侮辱した疑いがかかっておる!!」
我が身の不遇を嘆いて涙を堪えている僕の横で、エエ声大臣がまた声を張り上げた。そんなデカい声出さなくても聞こえるっつーの。
大臣の発した言葉に、集まっている貴族たちがどよめいた。
そりゃ驚くだろう、もし本当なら不敬の罪で辺境へ追放だ……そう、追放ね……はあ、憂鬱~~。
突然、呼び出されて大勢の前で吊るし上げられたファンテーヌは、こんな状況ながらいっさい怯むことなく、顔を上げてキッと僕達を見据える。
「たいへん申し訳ございませんが、まったく身に覚えのないことです。
このファンテーヌ、オズワルド侯爵家の名誉にかけまして、そのような品なき行い、決して致しません」
ピシッと背筋を伸ばし、はっきりと言い放った彼女に、モブ貴族達は称賛の眼差しを送る。
「そうだ、誇り高いファンテーヌ様がそんな下品な真似をするはずがない」
「きっと何かの間違いよ、庶民の思い過ごしではないかしら?」
などと、ファンテーヌを持ち上げ、シャーリーを下に見る発言が飛び交う。やだやだ、学級会かよ。
「AがBの悪口言ってましたぁ~~良くないと思いま~~す」「Aはそんなことする子じゃないですぅ。証拠あるんですかぁ~~」つってな。
あーあ。くだらね。貴族も一般人も、そんなにやること変わんねえなオイ。
「それについては、確たる証拠がある」
まったく物怖じしていないファンテーヌをじろりとにらんだ法務大臣が、次いでシャーリーに目を向ける。
「そうですね?シャーリー嬢」
「は、はいっ」
いかにもこういう堅苦しい場は苦手、緊張しちゃうって感じでオドオドしながら、シャーリーはずっと右手に持っていた物を大臣に渡す。
レース模様の封筒に入った、一枚の手紙だ。
「これ、ファンテーヌ様がお友達に出したお手紙です。
宛名を間違えていたようで、私に届きましたが……とっても、酷いことが書いてあります」
沈んだ表情のシャーリーから封筒を受け取った大臣は、すぐさま中身を取り出すと、ザッと一読して顔をしかめた。
「『シャーリーとかいう貧相な小娘は、身分をわきまえず殿下の周りをブンブン飛ぶ小バエみたいな女』
『あのピンクの頭には、きっと空っぽで何も詰まっていないでしょうから、花瓶がわりに薔薇の花でも差してあげたい』
『宮廷で暮らしたいというのなら、厳しい講師をつけて一からマナーを叩き込むべき……ま、あの娘の知能程度では、何も身に着かないでしょうけど』
『あんな者を傍に置いていらっしゃる殿下の気が知れません。
あれを侍らせることでご自身の価値まで下げているとお気づきにならないのかしら?』……ううむ、これはひどい」
大臣が読み上げた文の内容に、聴衆達から呆れや驚きの感情を込めた溜め息が零れた。
自分をけなす言葉を耳にしたシャーリーは、小さな両手でドレスの裾をギュッと握り、口を開く。
「私……このことは、黙っているつもりでした。
ひょっとして何かの間違いかと思ったけど、確かにファンテーヌ様の字ですから、公表したら大変なことになるし、そ…それに、私について書いてあることはぜんぶ本当のことで……
そこに書いてある通り、私はファンテーヌ様みたいに賢くもなければ上品でもないし、王子様に相応しい女の子じゃないから……
でも、でも、アンディ様……いえ、アンドリュー殿下を悪く言うのは、絶対にダメだと思って。
私のことならどんな風に言ってもらっても構いません。
けど、殿下を侮辱するのは、ぜったい、ぜったい、絶対に、許せません!!」
素晴らしい……
さすがヒロインだシャーリー、今や貴族達の目は、すべて彼女に注がれている。
大きな瞳を涙で潤ませ、愛する人の名誉を守るため震える声で告発する彼女に、みんな同情している。
この勝負もらった、と内心ほくそ笑んでいることだろう……だが、果たしてそう上手くいくかな?
「その手紙、私も拝見してよろしいでしょうか?殿下」
純真無垢な少女に嫉妬し、陰で貶めていた性悪で高慢ちきな女、というレッテルを貼られ、さっそく冷たい視線を向けられているファンテーヌだが、動じることなく言葉を発する。
僕はその要求を飲み、法務大臣に頷いた。お辞儀を返した大臣が手紙を渡すと、ファンテーヌはサッと目を通し、静かな声で言った。
「確かにひどいわ……それに、私の字で書かれているように見えます」
「では、シャーリー嬢への侮辱を認めるのだな?」
「いいえ」
ピシャリと否定して、ファンテーヌは顔を上げる。
「私はこんな手紙、書いた覚えはございません」
「しかし、そなたの字であると言ったではないか」
「私の字に見える、と申し上げただけです。
この場にいらっしゃる貴い身分の方々のお耳に入れるのは忍びありませんが、巷には他人の文章を巧妙に真似て悪事に使う贋作師などが大勢います。
そのようなことを生業としている者を雇えばこんな手紙くらい、捏造するのは簡単なことです」
貴族達が不安げにざわつき始める。
深窓の令嬢などは世間知らずだから初耳だろうが、ある程度年齢を重ねた貴族ならば思い当たることがあるようだ。
「確かに、そういった者がいるという話はよく聞きます」
「実は我が家も被害に遭ったことが……夫の字をそっくり真似した、偽の権利書が出回ったことがありますわ」
「ううむ。すると、あの手紙の真偽もわからなくなってきましたな」