表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

世界は、君が思っているよりも、優しい。

作者: 神無桂花

 変われというのは、変わることを要求するのは、強制するのは、簡単だ。当然だけど。

 僕は今月、大学の卒業式がある。四月一日にオンラインで入社式。研修。そして、配属だ。

 その日が近づくにつれて、憂鬱な気分になる。


 車を買い、納車までは親の車で練習している。バック駐車が上手にできない。それは別に良い。練習するしかないと割り切れる。中々上手くならないことへのストレスなんて、今まで散々乗り越えてきた。ゲーム感覚で練習できない。命がけの練習だけど、仕方がない。しばらく、初心運転者に優しくない、人口が減っていくオンラインゲームに感じる呆れに似たものを覚えながら、社会の迷惑になるとしよう。


 毎日吐き気に襲われる。知らないところに行くストレスは高校、大学で体験している。慣れないことをすることは、アルバイトの経験で、慣れている。けれど、ここまで具合悪くなることは無かった。

 変わることを求められている。今までできなかったことをできるようになることを求められている。そんなのは、今までと変わらない。

 高校、大学、バイトを始める。それらと違うことは何なのだろう。と考えた時、僕はもう、子どもではいられなくなると気づいた。


 段々と、自分が負わなければいけない責任が増えていく。最悪、大人に背負ってもらえば良かったものが無くなる。自分が大人になるから。

 アルバイトを予定よりひと月早く辞めて、恐らく人生最後の長期休暇、接客業で負った心の傷と言うか、ストレスを癒しながら、入社の準備して、ついでに友人と思い出作りしようと思って。

 でも、バイトが無い分、一人の時間が増えて、自ずと、嫌な現実と向き合う時間が増えてしまった。


 『世界は君が思っているよりも優しいよ』

 僕は小説を通して、そういうことを書いてきたつもりだけど、僕が、そう言われたい気分になった。

 自分が書いていることと、自分が今感じていることに対する矛盾。こういうことを書くものでは無いと思うけど、気がついたら言葉を並べていた。

 あふれ出た言葉を止めることはできない。


 僕の最近の後悔は、愚痴を聞いてくれる、いつ連絡しても大丈夫な、長電話も付き合ってくれる。そういうことしても大丈夫だと思える友人を作らなかったことだ。僕の友達はいつだって本や映像作品、ゲームだった。彼らにとっての時間の都合は、僕がまとまった時間を取れるかどうかだ。


 でも最近、バイトを辞めて、バイト先の後輩や友人達と関わる機会が増えて、そして、今まで避けていた方面の人間関係でも頑張ってみて、一人で消化、処理できない問題が増えてきて、実感した。自分が見てきた世界の狭さを。相談できる人の必要性を感じて。一人、夜の街を散歩しながら空を見上げて、自分の弱さをひしひしと感じた。


 頭をこねくり回しても、その人の考えていることが見えなくて。見えていたつもりでも、全然違うことを考えていて。思ったよりも人が優しかったりして。

 今までどれだけ、一人で完結してきたかと。悪い想像、癖のように最悪の方面の可能性を想定して、けれど意外と当たらないもので。

 人と関わって、傷つくどころか、思った以上の優しさに、少しだけ感動する日々が続いて。

 だからこそ、自分が一人であることを実感して、虚無感に浸る。今まで最低限だけにして避けてきたことに、少しだけ後悔して。

 警戒せず、怖がらず、近づいていれば、全く違う可能性に行きついたのかもと。

 でも、自分が今までやってきたことを無かったことにしたいなんて思わなくて。小説を書いている自分を否定するようなことは思いたくなくて。僕が本気になれた、数少ないことだから。

 だから僕は、小説と出会ったこと、読んだこと、書いたことだけは、後悔しない。後悔するものか。これだけが、今の僕の存在証明なんだ。


 たったのひと月先の未来に怯えていた日々の中で、バイト先の友人や後輩たちが、送別会を開いてくれた。思ったよりも、楽しかった。焼き肉、肉を焼く行為すら楽しかった。苦手な酒が、美味しく思えた。あまり歌が上手くないから苦手だったカラオケすら、ずっと笑っていられた。徹夜得意じゃないのに、ずっと遊んでいられた。

 それからも、春休み、遊ぼうと言ってくれた。実際に具体的な日付で約束もした。苦手なバック駐車の練習、夜中なのに付き合ってくれた。


 そして今、僕は改めてこう言える。

「世界は、君が思っているよりも、優しいよ」


 意外と自分は嫌われていない。意外と自分のことを温かく迎えてくれる人がいる。意外と笑顔を向けてくれる人がいる。意外と自分のことを面倒見てくれる人がいる。意外と、自分に対して冷たく接する人はいない。頼ることになってしまって頼っても、意外と快く引き受けてくれる。

 意外と、人は優しい。簡単に嫌われない。簡単に見捨てられない。意外とミスに寛容で、無礼、失礼、失言を意外と殆ど気にしなくて。意外と、恨まれなくて、根に持たれなくて、笑って流されて。

 大丈夫だと、気にしていないと、優しく諭されて。

 僕は何を警戒していたんだ。僕は、何に怯えていたんだ。


 強い振りをしていた。ただ、人よりも少し敏くて、深く考えることができて。論理的に整理することが得意だから。その僕の長所で色んな事を無理矢理誤魔化して。考えて考えて、最悪を常に想定して動いて来た。

「世界は、君が思っているよりも。優しいよ」

 僕はこれを、自分に向けても書いていたのだろうか。

 人を疑うのが馬鹿らしく思えるくらいに、変わらされた。 

 少しだけ、人のことを真っ直ぐに、裏をマイナス方向に考察せずに、見つめることができる気がする。

 疑う癖はきっと抜けない。それで良い。騙されないように、警戒するのは当然だ。でも、前よりも、色んな事を、自分を、他人を、未来を、信じてみる気が起きるかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ