花川弥生がうざい
花川が夜のはじまりかけくらいの時間に、アパートにやってきた。
「おっさん」
「かえれ」
ドア越しに言う。
「顔見て話したい」
「かえれって」
「これが最後だから」
「……」
いつになくしおらしい声を出すもんだから、俺は仕方なくドアを開けた。
学校帰りなのか制服を着ている。俺も会社から帰ってきたばっかりなのでまだスーツを脱いでいない。
「公園いくか」
部屋には入れたくなかったので外を指さす。
花川が暗い顔で頷く。
俺も花川も無言でただ歩いた。公園の近くの自販機で缶コーヒーと、ストレートの紅茶を買う。ベンチに座り、紅茶の方を花川に渡してやる。
「ありがと」
「ん」
しばらく花川は黙っていたので俺は「なんだよ?」と言った。
なるべく迷惑そうな声で。
「おっさん、付き合ってよ」
「やだ」
「わたし、おっさんのこと好きだよ」
「俺は嫌いだ」
「ほんとにほんとに好きだよ。おっさんが望むなら、その、ちょっと怖いけどHなことだってできるよ」
「したくねえ」
「ウソだよ。だっておばさん言ってたじゃん。私たちの肌と身体にはそんだけの魅力あるんだって」
「知るかよ。おまえにはねーよ」
花川が覆いかぶさろうとしてくるのを、俺は押し退けた。
てのひらに十代の熱くやわらかい肌の感触が残る。
「話がそんだけなら、俺は帰るぞ?」
「ほんとにダメなの?」
「ほんとにダメなんだよ」
そもそも勘違いなんだよ。
おまえは俺に恋してるんじゃなくて。年上で、会社勤めの、そこそこ生活力がありそうな社会人に恋してるって設定の、自分に酔ってるだけ。長持ちしても半年で飽きるんだよ。たまたまあの夜の俺のよさそうな面を見てそれを妄信している、現実の俺を見たらすぐに幻滅する。俺はこいつの幻想に付き合ってやる気はない。振り回されるなんざまっぴらだ。俺は自分にそう言い聞かせる。
……涙目で俺を見上げる、年若い肌と身体を持ったこの魅力的な女が。
……本当の本当に俺のことが好きで。
……俺にはこいつの体と心を好き放題にしていい権利があるんだと。
……そんなふうに思わないために。
こいつの人生に傷をつけないために。三十代のおっさんに体を弄繰り回されて過ちじゃすまない過ちを犯さないために。くだらない。別に俺はこいつのことが好きなんかじゃないのだ。だいたい俺は女子高生とかいうやつが大嫌いなんだ。
根拠のない自信にあふれていてキラキラしていて自分が無敵なつもりいやがる。若さって能力を煌めかせて問答無用の劣等感を押し付けられる。就活とか日々の仕事とかで俺が失ったものを全部持ってる。あーやだやだ。
「じゃあな」
と、俺は言う。
「……やだよ」
花川は俯いた。
俺はアパートに戻る。背中越しに泣き声が聞こえたけれど、俺は振り向かなかった。
さよなら、女子高生。
おまえ、うざかったよ。