風邪を引く
そして俺は風邪を引いた。三十八度五分。熱はまあまあだが咳とくしゃみが止まらなくて仕事にならんと判断して、会社を休ませてもらった。昼頃まで寝てたらまたピンポーンと無神経なインターホンが鳴った。モニターに花川が映っている。
「おっさん、お見舞いきた」
モニターの前にビニール袋を掲げて見せる。
くそだりい。
「おまえ、俺が風邪引いてるってどこで聞いた?」
「え、三枝さんから」
「なんで連絡先知ってんだよ……」
「こないだたまたま会って連絡先交換した」
俺はけだるい体を引きずってチェーンをかけたままドアを少しだけ開けた。
パッと表情を明るくした花川の手からビニール袋を奪い取る。ドアを閉める。
袋の中はおにぎりが二つとスポーツドリンクとお茶とゼリー。いいチョイス。
「ちょ、おっさん! 本体! JKの本体忘れてますよ!」
「風邪移るだろーが。帰れ」
「あたしのこと心配してくれてんの」
「いや。てのが建前でおまえがいると無駄に体力消費して治るものも治らん」
「ひどーい」
「じゃあな」
カギをまわす。かちゃんと音が鳴る。
「あ、ほんとに閉めやがった。鬼、悪魔、冷血人間、斎藤!」
「おーおー、鬼で悪魔で冷血人間で斎藤ですよー。無駄な体力使わせるんじゃねー」
俺は千円札を郵便ポストの向こうに落とした。
「釣りはいらねえから。ありがとな」
「だから! 本体! 本体受け取ってないですよ、おっさん」
「いらん。じゃあな」
「むーん。帰りますからね? ほんとに帰りますからね!」
…………
「返事しやがらねー!!? 信じられねー。ほんとに寝やがった。愛想つかしますからね、この斎藤め。JKの好意を反故にすると痛い目見るんですからね!?」
かんかんかん、と高い足音を立てて階段を駆け下りていくのを聞く。
俺はポカリスエットのキャップを開けて、一口。
スポーツドリンクは甘くて、冷たくて、美味かった。