だれだよ、おまえ
平日だった。俺は会社であった飲み会の帰りに三枝さんと一緒に歩いていた。
三枝さんは会社の経理で俺より三つ年下の二十八歳。眼鏡をかけた黒髪のべっぴんさん。
背が低くて童顔で上司たちに「かわいがられている」のをちょっと気にしている。
飲み会で「あ、駅同じなんですね。もしかしたら近所ですか?」という話になり、終わったあとで「二人でもう一軒行きません?」なんて話になったら、そりゃもう俺のボルテージはうなぎのぼりであった。天にも昇る心地であった。
そこへ、向かいから花川がやってきたもんだから俺は三枝さんから見えないところで思いっきりしかめっ面を作った。
「おっさん」
花川もなんか絶望的な顔をする。
「わるいな、おっさんは忙しいんだ」
ひらひらと手を振って横をすり抜けようとしたら手を掴まれる。
「誰よ、その女?」
いや、おまえが誰だよ。
そんなこと言うような仲じゃねーだろ、俺とおまえは。
三枝さんがじと目で俺を見て「斎藤さん?」と訝しげな声を出した。
「いえ、違うんですよ、こいつはストーカーみたいなもんで」
「ストーカー!?」
「違うって断言できるのかよ、おまえ」
花川はなにか反論しようと大口を開けて、……結局なにも言えずに黙り込んだ。
俺と三枝さんに視線を振ったあと、俯いて、半泣きになって逃げ去っていく。
「斎藤さん?」
「じゃ、邪魔者は消えました。行きましょう」
「いまのはちょっとひどいですよ。女の子ですよ。多感な時期なんですから。傷つけないようにしてあげないと」
「いいや、あいつははっきり言ってやらんとわからんのですよ」
「むぅ。もういいです。今日はなんだか気分じゃなくなりました。帰ります」
「え」
三枝さんがぷいっと顔を背けて駅の方へ戻っていく。俺は追いかけていろいろと言い訳をするけれど、三枝さんは聞く耳を持ってくれなかった。改札の向こうに三枝さんが消えていく。
「……駅一緒なんじゃなかったのか」
三枝さんがどんな気持ちで俺を誘ったのかなんとなく気が付いてしまって。
それをぶち壊しやがった花川に恨みも持ったけど、それ以上に俺は無力感に打ちひしがれたのだった。