#1 接触
「レーダーに感!2時方向、距離、170万キルメルティ!艦影多数!数、およそ100!」
戦闘指揮所(CIC)から突如、報告がもたらされる。
「なんだ?コルビエール軍の艦隊ではないのか?」
「いえ、有り得ません。報告によれば、我々より外側に他の艦隊など、いるはずがないですから」
「では一体、なんだというんだ」
「分かりません。現在、観測部が調査中であります」
私の名は、ランメルト。階級は中佐。パルテノーベ共和国宇宙軍、第5艦隊旗艦デ・ロイテル内司令部所属の、作戦幕僚の一人を務めている。
しかし、妙に胸騒ぎがする。ここは太陽系外縁部、その外側から正体不明の艦影が現れるなど、想定外だ。惑星が存在しないのだから、当然だ。
だが、艦隊が現れた。これは事実だ。
「観測部より映像、届きました!正面モニターに投影!」
艦橋内にいる10数名は、一斉にモニターに目を移す。そこには、見たことのない艦影が映されていた。
「なんだ、この灰色の物体は……」
それは、奇妙な船だ。大きさは推定300メルティ、砲塔はないが、先端部に大きな穴が開いている。
「……司令、なんだと思われます?」
私は、司令官のダーフィット大将に尋ねる。
「分からんな、見たことがない。だが、明らかにこれは戦闘艦だ。そしておそらく……地球外のものではないか?」
ここで初めてこの宇宙船が、地球外のものであると言及される。
「確かに、見たこともない艦影、そして現れた場所から察しても、その可能性は高いと思われます。が、だとするならば一体、何の目的でここに……」
「先端の大穴から察するに、あれは砲艦だろう。船体全体が砲であるところから見て、広域制圧型の戦闘艦であることは間違いない。となれば、目的はたったの一つだ」
「ひ、一つとは……?」
「決まっている。我々地球の武力占領だ。おそらくは、我々の惑星にある物的、人的資源奪取を目的とした占領をするつもりである可能性の方が高いだろうな」
この司令の言葉に、艦橋内は一気に緊迫する。
「では直ちに、戦艦デ・ロイテル以下120隻で、あの艦隊に向かいましょう」
「そうだな、勝てる相手かどうかは分からぬが、このまま手をこまねいて傍観している時でもなかろう。異星人の侵略……かつてない異常事態だ。我が艦隊と差し違えてでも、地球を守らねばならん」
「はっ!」
意は決した。私は直ちに、司令の意思を伝達する。
「全艦に伝達!これより第5艦隊は、未確認航行物を攻撃、排除する!機関全速!前進強速!」
◇◇◇
「レーダーに感!距離31万キロ!艦影多数、数120!」
この駆逐艦7310号艦の艦橋内は、騒然となる。
「なんだと!?なぜそんな至近距離まで発見できなかったのか!」
「重力子センサーに反応なし!おそらくは、慣性航行をしていたものと思われます!」
「言い訳になるか!総員、戦闘配置!光学観測はどうした!?」
「光学観測!艦色視認!……あれ?」
「おい、どうした!?」
「艦色視認しましたが、その、赤褐色でも、明灰白色でもありません!」
「……なんだ、それは?」
「モニターに映像、映します!」
私とダーヴィット准将は、その映像に目を移す。
「……なんだこれは?」
「なんだと言われましても……」
「見たことのない艦影だ。まるで……地球001にかつて存在した旧式艦のようだな」
私はその映像を見て当惑する。全く想定外の艦影に、どう対処したら良いか分からない。
いや、それ以前にあれは一体、なんだ?
「司令官閣下、なんだと思われます?」
「そうだな……そういえば、地球調査隊から、こんな報告書があった」
「それは、どのような?」
「今回発見された未知惑星、地球1000と命名される予定のこの星から発信される電波だが……いずれも、デジタル化されており、解読不能だということだ」
「はぁ……ですが、それがなにか?」
「少なくとも、高度な文明レベルであると推測されると書かれていた。ということは、だ。高度な宇宙船を有している星であってもおかしくはない。そうは、思わないか?」
「確かに……過去にも、恒星系内航行が可能なレベルの星との遭遇はありましたから、その可能性は高いでしょう」
「そうだ、中佐。実はな、昔から言われている伝説がある」
「なんでしょう?」
「地球1000との遭遇は、大波乱となろう、と」
「……そうなのですか?」
「切りのいい数字だからこそ、何かあると思うのだろう。が、現状を考えれば確かにこの噂、あながち嘘とも言い切れまい」
「いや、閣下……それは考えすぎですよ。単に、1000番目というだけでしょう」
「そうだ。だが、この宇宙には推定で3000ほどの地球があると言われている。そのうち我々はまだ、3分の1を発見したところだ。そろそろ、波乱があってもおかしくはなかろう」
「艦長、波乱といえば、我々が今、連合と連盟に分かれていることそのものが、大波乱なのですよ……」
「うーん、それにしても困ったぞ。あんなものがある星だなんて、私は聞いてなかったがな……」
都市伝説的な話まで持ち出したものの、我々はあの120隻の艦隊を計りかねていた。おそらくは、この星の艦隊。だが我々は、あまりにこの星のことを知らなさすぎる。我々は先遣隊だ。この星系に初めて足を踏み入れた船。ここに一体何があるかなど、知る由もない。
「閣下、いかがいたしましょう?」
我が艦は、この宙域に進出した100隻の小艦隊旗艦を努めている。ダーヴィット艦長は、その先遣隊100隻の艦隊指揮官を務める。
「そうだな……ここは警戒しつつ、前進する。我々先遣隊の目的は、この星の調査と、可能ならばその星の人々との接触だ。前進するしか、あるまい」
「はっ!では艦隊、前進します!」
私の名は、フォルクハルト。階級は中佐。地球391遠征艦隊、駆逐艦7310号艦にて、この先遣隊の作戦参謀を務める。
そして我々は、あの未知の艦隊に向けて、前進する……
◇◇◇
「未知艦隊、さらに接近!距離、11万キルメルティ!射程内まで、あと2分!」
「まもなく、射程内に入るか。しかし……」
私は、レーダーサイトを眺めながら考える。
「どうした、ランメルト中佐」
「はっ……なんといいますか、あまりにあっさりと、我々の懐に飛び込むものだと……」
「我々を発見できていないだけではないのか?」
「いえ、明らかにこちら目掛けて進んでおります。おそらくは、我々を認識した上で突入しているものだと推測されます」
すると、ダーフィット大将はやや不機嫌な表情に変わる。
「舐められたものだな……ならばその判断を、後悔させるまでのこと」
軍帽をかぶり直し、正面モニターを見つつ、ダーフィット大将は決断する。
「全艦、逐次回頭!面舵90度!砲雷撃戦、用意!」
「はっ!逐次回頭、砲雷撃戦、用意!」
「接近戦に備え、航空隊の発艦準備も下令せよ」
「はっ!了解致しました!航空隊、発艦準備!」
「こうなったら総力戦だ。我々の力の限りを尽くし、奴らに目にもの見せてくれる」
◇◇◇
「前方の艦影に、動きあり!」
「なんだと!?」
レーダー手が叫ぶ。私は正面モニターを見る。
「……一斉に、転舵したな」
「はっ!距離10万で順次右回頭、我が方に左側面を晒しております」
「どういうことだ。なぜ我々に、側面を向けるのか……」
我々の常識では、側面というのは弱点だ。バリアが効かない上に、砲撃に対する暴露面積が増加し、狙い撃ちされる確率が上がる。しかも、10万キロという中途半端な距離で、いきなり回頭だ。何を考えているのか……
「いかがいたしましょう、艦長」
「うむ……もしかすると、我々の姿を捉えていないということなのか?」
「いえ、それはないでしょう。つい先ほどまで、我々の方にまっすぐ向かってきておりました」
「ならば、あの回頭は一体……」
この時、我々は大きな勘違いをしていた。目の前の艦隊は、我々に弱点を晒しているのだ、と。
それが間違いだったと知るのは、この直後の熱源センサー担当の一言だった。
「こ、高熱反応!距離10万!あの艦隊からです!」
「なんだと!?」
「温度、さらに上昇!」
しまった。私はこの瞬間、悟る。我々は、決定的な勘違いをしていた。
そういえば奴らは、回転砲塔を持つ艦だった。つまりだ、攻撃のために彼らは、側面を向けていたのだ。
「全艦に伝達!バリア展開!急げ!」
警報が鳴り響く。艦橋内は一気に慌ただしくなる。
◇◇◇
「全砲門開け!左砲戦用意!距離10万、目標、未確認戦闘艦隊!」
「戦列順に照準!全艦、エネルギー充填開始!」
戦艦デ・ロイテルは、16門の主砲をあの謎の砲艦隊に一斉に向ける。ガリガリと、砲塔が左に回転する音が響く。と同時に、キィーンというエネルギー充填音が、艦内に響きわたる。
我が艦隊の内訳は、戦艦3、巡洋艦30、駆逐艦が60、航空母艦10、残り17隻が輸送船だ。この距離で攻撃可能な戦闘艦は、全部で93隻。戦艦には長距離砲が16門、巡洋艦には8門、そして駆逐艦には2門、搭載されている。射程は、10万キルメルティ。射程ギリギリでの砲撃だ。
やつらは呑気にも、こちら目掛けて接近を続ける。だが、我々はすでに砲撃態勢についた。
「全艦、砲撃準備よし!」
「よし、先手をとる!合図と共に斉射!砲撃戦、用意!」
「砲撃戦、用意よし!」
「斉射!撃てーっ!」
私の号令に合わせ、戦艦デ ・ロイテルの16門の主砲が、一斉に火を吹く。
続く93隻の艦からも、一斉に白いビームが放たれる。漆黒の宇宙の闇に向かって、その光の筋が吸い込まれていく。
「各艦、そのまま各自の判断で、砲撃を続行せよ。弾着観測班!」
「はっ!」
「初弾の弾着状況はどうか!?」
「現在、確認中!」
バンバンと、8基の主砲から逐次ビームが放たれる。最新鋭の長距離砲によるアウトレンジ攻撃だ。あの未知の砲艦といえど、直撃すれば無事では済むまい。初弾で何隻、沈められたか……私は、観測班からの戦果報告を待つ。
◇◇◇
ギギギギッと、不快なバリア作動音が鳴り響いた。艦橋の窓の外は、白い光で覆われる。
「くそっ!他の艦はどうか!?」
私は、通信士に向けて叫ぶ。通信士が応える。
「全艦からの識別信号を受信!全艦、健在です!」
「そうか」
バリア展開が間に合ったらしい。幸いにも、我々の想定を超える威力の砲撃ではなかった。
「艦橋より砲撃管制室!」
私は、砲撃管制室を呼び出す。砲撃長が応える。
『管制室より艦橋!何でしょう!?』
「相手のビームの威力を知りたい!そちらのセンサーで分かるか!?」
『現在、測定中……そうですね、中型砲をやや上回るレベルの高エネルギービームと判明。温度は3000度』
「そ、そうか……」
この艦橋の窓ほどの幅のビームではあるが、我々の1万度超のビームと比べると、かなり低出力なビームのようだ。これならば、我々にとっては脅威ではない。だが、あれだけ頻繁に撃たれては、とてもじゃないが近づけない。
「閣下、どうします?」
「……うう、やむを得んな。このまま攻撃を受け続けても、ろくな事がない。ただバリアを消耗するばかりだ。一旦、後退する。全艦に伝達、全速後退」
「はっ!全艦、後退します!」
無数の白いビーム光を浴びながらも、回避運動をしつつそのまま後退を続ける。やがて、ビーム攻撃は止んだ。
距離は10万キロ。どうやら彼らのビーム砲の射程は10万キロのようだ。これ以上、接近しなければ、攻撃されることはない。我々は10万キロの距離を取り、停船する。
◇◇◇
「馬鹿な……一隻も沈まないだと!?」
「観測員からの報告!撃沈、認められず!目標全艦、健在です!」
「長距離砲による一斉射だぞ!?なのに、なぜ……」
「分かりません。ただ、我々の攻撃を弾き返した形跡が認められるとの報告が……」
「は、弾き返した!?3000度以上のプラズマ流体だぞ!そんなものが跳ね返せるなど、あり得ないだろう!」
弾着観測員からの報告に、私は愕然としている。我々の全力の攻撃が、まったく功を成さないというのだ。
「だが、幸いにも未確認艦隊は後退。まったく効果がなかったわけでは……」
「いや、あれは単に、我々の様子を見ているに過ぎない。現に、我々の射程外に退避したのちに、そこで停船している。反撃体制を整えた後に、すぐに撃って出てくるかも知れないぞ」
幸いにも彼らの射程外なのか、我々は攻撃を受けてはいない。逆に言えば、我々はまだ、奴らの力を知らない。
この終わりの見えない戦いは、まだ始まったばかりだ。