願わくば、貴方とさいごの一杯を
「ねぇそこのお嬢さん、僕と結婚しない?」
空気のように軽くそれでいて奇妙な重みを持ったその声は、確かにアナベルの耳に届いた。紅茶の香りにまどろみながら、アナベルも口をけだるげに動かす。
「嫌ですわ。わたくし名前もわからない男性にフラフラついていくほど、落ちぶれてはおりませんの。」
「ああ、それもそうか。」
うららかな春の昼下がり、ふらりとアナベルの屋敷の庭に現れた青年は、心から納得した様子でふわりと目を細めた。はじめ幻聴かと疑っていたアナベルは彼の存在を認めて目を丸くした。
ティーカップを簡易的なテーブルの上に置くと、訝しげに青年を見つめる。少し癖のある黒い髪に吸い込まれそうな濃紺の瞳、そしてなにより、驚くほど整ったその目鼻立ち。このあたりでは見かけない顔だ。
青年はスタスタと歩いてアナベルの前でひざまずき、手をさしだしてきた。
「僕の名前はヒース・クライセント。クライセント伯爵家の次男だ。アナベル、君のことはずっと前から知っていた。僕は君が好きだ。だから僕と結婚してほしい。」
「嫌ですわ。わたくし、結婚とは相互的な関係でなりたつものだと思っておりますの。たとえあなたがわたくしのことが好きでも、それでは一方的な愛の押し売りに過ぎませんわ。」
「ああ、それもそうか。」
どこか花の香りのする優しい風にふかれながら、よっこらせ、と立ち上がったヒースはもう一度ふわりと笑った。
それから3日に一度、ヒースはアナベルの元へ訪れるようになった。アナベルが庭で紅茶を嗜んでいる時間、猫のようにどこからともなく現れるのだ。そして芝生の上にしゃがみこみ、いつも眠そうな顔をしている。
耐えかねたアナベルは、ある日声をかけた。
「...あなたって暇なのですか?それとも忙しいのですか?」
「...どうしてそう思うの?」
「いくら次男とはいえども伯爵家の人間であれば、毎日仕事はあるでしょう?それなのにあなたは3日に一度はここに来ている。そして決まって眠そうな顔をしていますわ。まるで仕事のない年老いたロバのように。」
「ふふ、アナベルに会うために時間を作っているからね。仕事を巻くのは当然だろう。」
「....」
「初めて会った時に言っていただろ?君は僕のことを知らないから結婚はダメだって。だからこうしてここに来るようにすれば、僕のことを少しでも分かってもらえるかなと思ってさ。」
アナベルは返事の代わりに、テーブルの上に伏せておいたティーカップを置き直し、木の裏に立てかけておいた椅子を自分の反対側に置いた。
「どうぞお座りになって。春のダージリンの清々しい香りは目も覚めるでしょうから。」
「えー個人的には膝枕の方が嬉しいんだけどなぁ。ていうかアナベル、僕と結婚する気になった?」
「なりません。文句言わない。」
ぶーっと頬を膨らませているヒースを視界のはじに入れつつ、ポットに新しい茶葉を入れていく。誰かに紅茶を入れるのがあまりにも久しぶりすぎて、手が少し震えていたのは秘密だ。最後の一滴がカップに小さな波紋をつくるまで、ヒースは黙って見つめていた。
そして、一口口に含むと「美味しいよ」ととても嬉しそうに笑った。
ある日、ヒースは大きな鉢を抱えてやってきた。
緑色の大きめな葉が豊かにしげり、彼の顔は隠れて見えない。ヒースはヨタヨタと歩きながら、アナベルの足元にそれを置いた。
「これ、僕からの贈り物。」
「...はぁ、ずいぶんと大きいですわね。あなたの脳みその大きさとは正反対ですわ。」
「かれこれ5年は育てているからね。」
「育てる?あなたが?」
アナベルは皮肉を無視されたことも忘れ、驚いて目を見張った。ヒースは自慢げにうなづく。
「君への愛がたくさん詰まってるよ。きっと綺麗な花が咲くさ。」
「どんな花なのですか?」
「君への愛がたくさん詰まってるからね。白い花だ。」
「そうなのですか。」
「君への愛が、「やかましいですわ。」
ヒースの話を聞き流しながら、用意しておいたグラスの口いっぱいまで氷を入れ、紅茶を注ぎ込む。透明感あるアイスティーの出来上がりだ。
「今日は少し蒸し暑いのでアイスにしてみましたの。ディンブラティーなのでお好みでミルクもどうぞ。」
「へぇ、いいね。」
ヒースは慣れた様子で椅子に腰掛けると、グラスを手に取って氷をカラリと鳴らした。ガラスを通り抜けた日差しがオレンジ色に輝いている。
「...なんという名前なのですか?」
「ん?僕の名前?まだ覚えてないの?ヒース・クライセントだよ。」
「違いますわ。わたくしの脳みそをあなたと同等に考えないでくださる?...この花の名前です。」
「アナベル。」
「え、?」
思わず顔を上げたアナベルにヒースはいたずらっぽく笑った。
「アナベル、という名前なんだ。素敵な響きだろう?」
「...そんなことありませんわ。」
「そう?少なくとも、僕は好きだな。」
2人の間を一陣の風が通り抜けていく。顔にかかった猫っ毛を耳にかけながら、ヒースはいつもの口調で穏やかに尋ねた。
「ねぇアナベル。僕と結婚しようよ。」
「嫌ですわ。プロポーズには植木鉢ではなくて100本の薔薇を持ってくるような男性でなくては。」
「えー、...薔薇って育てるの難しいんだよ?」
「どうしてあなたが育てる前提なのですか?」
口角が自然と持ち上がってしまうのが恥ずかしくて、アナベルは必死にグラスで口元を隠そうとしたが失敗に終わった。
青々と茂った葉が眩しく輝くある夏の日、アナベルは氷を1つ口の中で転がしながら、木陰で小説を読んでいた。動かなくてもじっとりと汗ばむほどの気温で、照りつける日差しはまるで痛い。太陽は実に自分勝手だ。
「何読んでるの?アナベル。」
アナベルのすぐ横に腰を下ろすと、ヒースは本を覗き込んできた。
「暑苦しいですわ。そんなに近寄らないでくださる?」
「ひどいなぁ。僕と君の仲じゃないか。」
「はて、一体どんな仲でしょう?」
「それはしらじらしいよアナベル。」
アナベルはページをめくる手をとめ、顔を上げると表紙を見せながら答えた。
「東洋の冒険家の伝記ですわ。この屋敷に置いてありましたの。」
「へえ、アドベンチャーか。面白そうだね。」
「ええ、主人公の彼は商人の家の長男に生まれて、欲しいものは全て手に入れられる安定した未来を約束されていたのですが、家を継ぐ前に世界を見てみようと冒険にでるのです。そして紆余曲折あるのですが、最終的に世界最強のドラゴンを倒して勇者になって帰ってくるのです。」
「ちょっと待って、紆余曲折のところもう少し詳しく。」
この物語の彼のように自由な人生を紡ぐことができたら、どんなに幸せなことだろうか。人は誰しも、自分が持っていないものを欲しいと願うものなのだ。
そんなことを考えながら、アナベルは無駄にキラキラした世界をぼーっと眺めた。夏の終わりはまだ当分来そうにない。
「それにしても今日は本当に暑いですわね。誰かさんのせいで周囲の気温が3度くらい高いような気がしますわ。」
「ええ〜照れる〜。」
「照れる?」
冷たいアナベルの視線は気にもとめずに、ヒースは大きく伸びをすると、そのまま芝生の上にごろんと横になった。気持ちよさそうに目を閉じている。
「こうすると土と草の匂いが胸いっぱいになって、眠たくなるんだよね。」
「あなたが眠そうなのはいつものことでしょう。」
「えへへ〜照れる〜。」
「照れる?」
絶対零度のアナベルの視線は気にもとめずに、ヒースは薄く目を開けると笑みをこぼした。
「だから僕は夏が好きなんだ。アナベルは?」
「わたくしは、....嫌い、ではありませんけど。」
(あなたが、そう思うのなら)
「ねぇアナベル。そろそろ僕と結婚してくれてもいい季節じゃない?」
「寝言は寝て言ってくださるかしら。」
アナベルは白い押し花のしおりを本に挟むと、そのまま静かにまぶたを閉じた。虫の鳴き声と小さな寝息だけが、聞こえた。
庭の木々が赤や黄色に色づき始めたある日、ヒースはバスケットを持ってやってきた。いつものように紅茶を用意していたアナベルは眉をひそめる。
「じゃじゃーん!見てよアナベル。これ僕が作ってきたんだ。」
バスケットの中には、色々な具材が挟まれたサンドイッチとブルーベリーのマフィンが詰められていた。パンも生地から焼いてきたのか、麦の芳しい香りがする。アナベルは思わず唾をのみこんだ。
「...わたくし、先程ランチは一人で済ませたのですが。」
「まあまあ、つれないこと言わないで。美味しいものは別腹って言うじゃん。」
手際良くバスケットの中身を皿にうつしかえ、一人でさっさと椅子に座ると、ヒースはサンドイッチにかぶりついた。
「うーん、我ながら上出来。...あれ、アナベル食べないの?こんなに美味しいのに。だったら僕一人で全部食べちゃおうかなぁ。」
「〜〜っ、紅茶に入れるミルクのおかわりを持って参りますわ!」
「...素直じゃないなあ。」
胃袋は欲望に正直である。
結局、ヒースが作ってきたサイドイッチやマフィンはどれもとても美味しくて、アナベルはつい食べ過ぎてしまった。
「アナベル、ずいぶん苦しそうだね。大丈夫?膝枕でもしようか?」
「あなたの、助けなんて...借りませんわ....うっ....」
「ほら、無理しないの。」
有無を言わさぬ勢いでヒースの膝を枕にする結果となり、アナベルは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、それでもいくらか安心した表情で、下からヒースのことを見上げた。優しげな夜空の瞳に自分が映っているのが見えた。
「驚いた。君も意外と食い意地張ってるんだね。」
「...うるさいですわ。食べ物に罪はありませんもの。」
「ふふ、喜んでもらえたみたいで良かった。ただし今度からは作る量を少し減らした方がいいかも、...痛い痛い痛い!悪かったよ耳引っ張らないで!」
少し肌寒くなってきた風とヒースの温もりを感じながら、アナベルは無意識のうちに尋ねていた。
「あなたはどうして、そんなにも私に優しくしてくださるのですか?」
赤くなった耳を押さえていたヒースは小さく笑うと、アナベルの髪を指で梳きながら答えた。
「好きだからだよ。君が。」
ここ最近日が短くなったせいか、すでに西に傾いた太陽が庭に木の影を作り出している。そのことに気づいたアナベルは横たわっていた体を起こし、しっかりとした足取りで立ち上がると、ヒースを振り返って言った。
「今日は長居してしまいましたわ。わたくしは屋敷に戻ります。あなたもそろそろ帰った方がよろしいのでは?」
「...ああ、そうだね。」
テーブルの上の食器やティーポットを持ち、スカートを翻して歩き出そうとしたところで、「ねぇ。」と呼び止められた。
振り向くとヒースは先ほどの位置から動いておらず、芝生の上に座ったままだった。向こうをむいていて表情は分からない。
「ねぇ、アナベル。...僕と結婚しようよ。」
「嫌ですわ。わたくしの胃袋を掴んだつもりかもしれませんが、この程度でしたらわたくしにも作れますもの。」
「はは、なかなか厳しいなぁ。」
小さく唇を噛み締めると、アナベルは屋敷に向かって足早に歩き出した。
重苦しい灰色の雲が空を覆うある日。
ヒースが作ってきたジンジャークッキーをかじりながら、二人は静かなひと時を過ごしていた。庭の木々の葉は風でどこかに飛ばされ、あれほど眩しかった太陽も今日は顔を出さない。肌を刺す空気の冷たさが、長い冬の始まりを告げていた。
「今日のこれは、...アールグレイ?」
「違いますわ。このウバの豊潤な香りと渋みがわかりませんの?」
「そもそもアールグレイとアッサムの違いすら分からないからなぁ。」
「これだけたくさん飲んできたのに?」
「そうなんだよ。えへへ〜照れる〜。」
「照れる?」
アナベルの怜悧な眼差しをものともせずに、ヒースはティーカップをテーブルに置くと、「でも美味しいのは分かるよ」と笑った。
「もうすぐ僕たちが出会って一年だね。」
「そうでしたっけ。」
「女の子って、こういう記念日みたいなの大切にするんじゃないの?」
頬杖をついてヒースが愉快そうに尋ねる。俯きながらアナベルは淡々と言い放った。
「そうかもしれませんわね。でもわたくしにはどうでもいいことですわ。...明日にはこの家を発ちますの。そうしたらもうあなたに会うこともないでしょうから。」
「え...?」
ティーカップがガチャンと音を立てる。すぐ側の木の枯れ葉が、二人のテーブルに音もなく落ちた。
アナベルは無表情のまま続けた。
「この家には療養の目的で一年しかいない予定でしたから。もとはと言えばわたくしのわがままが原因ですし。明日には都から迎えの馬車が来るでしょう。...それで貴方とは、お別れですわ。」
ヒースは黙ったまま何も言わない。
アナベルは彼と目線を合わせないままティーカップを置いて、静かに立ち上がった。
「短い間でしたが、お茶の時間に付き合ってくださりありがとうございましたわ。貴方のおかげでほんの少しだけ、有意義な時間になったような気もいたします。それではわたくしはこれで。」
「ねぇアナベル。」
後ろを向いた小さな背中を追うように、ヒースは顔を上げた。
アナベルは前を向いたまま答える。
「なんでしょうか?」
「じゃあもし、もし俺と君がいつかどこかで会えたとしたら、君はどうするの?」
「別にどうもしませんわ。会釈をして終わりでしょう。」
「一緒に紅茶を飲んだ仲なのに?」
「一緒に紅茶を飲んだところで、所詮あなたと私は赤の他人ですわ。」
アナベルはキースを振り返るとはっきりとそう言い切った。爪が痛いほど手のひらに食い込んでくる。自分は今、どんな顔をしているだろう。
キースはそこで初めて不満げな表情をあらわにした。
アナベルと同じように椅子から立ち上がると、離れているアナベルの元へゆっくりと歩きだす。初めて見せる鋭い青色にアナベルは思わず身を固くした。
「ひどいよアナベル。俺ばっかりこんなに君に惹かれて。やっと近づけたと思ったのにまだ"赤の他人"?....馬鹿みたいだ。こんなことになるなら、もっと強引な手段を取るべきだったのかな?」
ヒースから逃げるようにアナベルも一歩後ずさる。前から冷たい風が通り抜けた。
「ええ、あなたは馬鹿ですわ。今更気づいたのですか?...わたくしがあなたを馬鹿にしてもいつも優しい目で見つめてきて。「結婚しよう」と馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返して。全く馬鹿以外の何者でもありませんわ...!」
「そこまで馬鹿馬鹿言われると傷つくなぁ。」
苦笑いを浮かべながらもヒースは足を止めない。陰った瞳はさながら獲物を狙う獣のようだ。
アナベルは威嚇するかの如く噛みつくように叫んだ。
「近づかないで!これ以上わたくしに近づかないで!...あなたがわたくしに笑いかけるたびに、わたくしの中の何かが壊れていくのよ...‼︎わたくしは一人ぼっちで良いのに!」
「それは誰かが決めたこと?」
アナベルとは反対に、ヒースは淡々と問いかける。
「ーーっ、わたくしが勝手に思っているだけですけど何か⁉︎」
「じゃあ俺には関係ないよね。」
カサっと枯れた芝生を踏む音が近づいてくる。
逃げ場を失ったアナベルは思わず下を向いた。行き場のない苦しい感情は、次第に小さくなって独り言に変わる。
「そうよ馬鹿よ!あなたは馬鹿よ...!だったらどうして?どうして、....どうしてわたくしの入れた紅茶を、美味しいなんて言ったの?美味しいだなんて、嘘をついたの...?」
いつの間にか溢れていた涙に気づいてハッと顔を上げた時、ヒースはすぐ目の前に、北風を遮るように立っていた。何も言わずに、親指でアナベルの目尻にたまった滴を拭う。
アナベルはされるがままに、力なく笑った。
「...わたくしの紅茶が美味しい訳がないのよ。....あの方に少しでも相応しい婚約者になれるように、なんの取り柄もないわたくしだけど、これでも一生懸命練習したのよ?美味しい紅茶を入れられるように。....それでも結局わたくしは、あの方を笑顔にすることは出来なかった。そうして全てを失ってしまった。...わたくしは、なんの価値もない人間なの。あなたに好かれる理由なんて、どこにもない。」
「俺は、君が入れてくれた紅茶だから美味しいと思ったんだ。」
ゆっくりと、赤ん坊に話すかのようにヒースは言葉を紡ぐ。目尻を押さえていた指が髪を滑り、頭の後ろにたどり着くとそのまま胸に抱き寄せた。
手のひらからじんわりと伝わる温かさに、アナベルは思わず睫毛を伏せる。
胸の中でまた一つ、何かが壊れる音がした。
「暑苦しいですわ。」
「アナベルの体は冷え切ってるけど?」
ヒースは抱きしめる力を強くする。肺を圧迫されるほどの強さにアナベルは思わず身をよじった。それでも腕から逃れることは出来なくて、漏れる吐息はため息に隠れる。
「...やっぱりあなたは馬鹿ですわね。ヒース。」
「初めて名前、呼んでくれたね。」
「勘違いしないで下さる?ヒースと書いて馬鹿と読むのですわ。」
「ええ〜照れる〜。」
鋭く「...照れる?」と返そうとした分の空気は、ヒースに吸い込まれて消えた。
ーー優しく、それでいて深く。冷たく乾いた唇が燃えるような熱を帯び、顔を真っ赤にしたアナベルがヒースを突き飛ばすまで、そう時間はかからなかった。
木々の枝に積もった雪も溶け、柔らかな若葉が顔をだしはじめたある春の日。
王宮の庭では3日に一度の小さなお茶会が行われていた。いつもはたくさん側に控えているメイドたちもおらず、二人きりの時間を邪魔するものは何もない。
青い瞳を柔らかく細めて、ヒースは愉快そうに笑った。
「もうすぐ俺たちが出会って5年だね。アナベル。」
「あらそうでしたっけ?あなたが第二王子だったという事実が重すぎて、すっかり忘れていましたわ。」
「...その話まだひきずるの?確かに初めに言わなかったのは俺の責任だけど。」
「.....」
「申し訳ありませんでした全て私がわるうございます。」
フン、と鼻をならしてアナベルはティーポットを傾けた。白い湯気とともにオレンジの爽やかな香りがふわりと広がる。
「それで、結婚式はいつにいたしますの?」
「............え?幻聴??」
「耳のツボ引っ張って差し上げますわ。」
「嘘嘘嘘!それだけは勘弁して!」
ガタンと椅子から立ち上がったアナベルから逃げるように駆け出すヒース。
それでも彼はもう知っている。アナベルが恥ずかしくなった時にだけ耳を引っ張ろうとすることを。
だからアナベルはやっぱり顔を赤くして、逃げる背中にダイブし、予告通り盛大に耳を引っ張って差し上げた。
「君って思ったよりアクティブだよね、アナベル....」
「お褒めに預かり光栄ですわ。王子。」
「やっぱりまだ怒ってるね??」
馬乗りの状態から立ち上がって、アナベルは芝生の上にへばっているヒースに右手を差し出した。両頬をぷぅと膨らませつつその瞳は真っ直ぐにヒースを見つめている。
「これでも一応、それなりには、ヒ、ヒースのことを想っているのですから、自覚してくださらないと、困りますわ。」
「......」
頬を赤く染めながら懸命に言葉を紡いだアナベルに、ヒースはぽかんと惚けたあと必死に何かに耐えるかのように顔を片手で覆った。
「あーーー、押し倒したい。」
「やかましいですわ。」
願わくば、この先もずっとどこまでも、あなたと共に、望む世界を描けるように。あなたの側でその変わらない笑顔を見られるように。
「俺と、結婚してくれますか?」
あなたと同じ時を、刻めるように。
「ええ、もちろん。」
ありがとうございます^_^




