黒いローブの秘密
◇
「だーかーらー、絶対にもっと明るい色の方が似合うって。秋でもないのにモスグリーンなんて地味ー!それにその詰め襟!詰め襟を否定するわけではないわよ!ただ今日のドレスの形には合わないわ!修道女なの?もしくは家庭教師?若いんだからもっとオシャレしなさいよね」
金髪に瑠璃色の瞳の美少女は頬杖をついたまま、片手でカップを持ち、お茶を啜り、焼き菓子をつまみつつミリアムのドレスを指差す。よもや全力でマナーを無視するスタイルである。
「あらあら、リアったら本当にお行儀が悪いわねぇ」
「まあ、間違った事は言っていないがな。確かに地味な装いだ」
「エリーったら、そこは落ち着いた装いって言うのよぅ」
「…どちらも同じく失礼ですわ」
何も知らずに庭園に迷い込んだとは言え、魔女たちのお茶会に半ば無理やり引っ張り込まれてから小一時間。ミリアムは本日の装いについて指摘され続けていた。
最初こそ、失礼があってはならないと真摯に受け止めていたのだが、延々と続く終わりのないドレス談義に少々嫌気が差し、ついツッコミを入れてしまった。
「だいたい全身黒いローブ姿の皆様に言われたくありません」
ミリアムは口をへの字に結ぶとフンっと顔を横にそむける。
「あら、お言葉ねぇ。私たちくらいになるとお洒落は別の所でするのよぅ。貴族令嬢には貴族令嬢の、魔女には魔女のやり方と言うものがあるの。ご覧なさいな。ふふふ」
ベアトリーチェは華のような微笑みを浮かべるとバッと纏っていた黒いローブの内側を見せるように広げて見せた。
するとそこには濃紺から朱色に美しく染められた、まるで暁の空のようなシルクの裏地が輝いていた。
裾の方に視線を落とせば、王宮から見える景色なのか街並みやその後ろに広がる樹海に渓谷まで繊細に描かれている。
「ふふ、見えないところにこだわる。それが大人の流儀よ!」
「まあ!とても綺麗…」
ミリアムは一見真っ黒のローブの内側に広がる夜明けの王国に感嘆の声を洩らした。
するとそれを見ていたヴァレリアがバッと立ち上がり、ミリアムの前にやってくる。
「あたしのも特別に見せてあげる!」
ヴァレリアが得意気な顔でローブを広げる。
瞳と同じ瑠璃色の糸で織られたタフタを金糸で縁取り、星屑を想わせる様に散りばめられた色とりどりの小さな宝石が煌めいている。
表の腰から下の部分には限りなく薄く織られた黒いシフォンでフリルが幾重にもあしらわれ、裾に向かってふんわりと膨らむようなシルエットを作っている、他の二人よりもやや短めのそれは喋らなければまるで人形のような愛らしさのヴァレリアに恐ろしく似合っていた。
「こちらもとっても素敵ですわ…。特にこのシフォンのフリルがヴァレリア様によくお似合いです」
「でしょー!あんた、なかなか見る目あんじゃない!」
そう笑いながら、バシィッ!っとヴァレリアがミリアムの背中を叩く。
「痛いっ!」とミリアムが小さく呻くのをサラッと無視して、円卓の向かい側に座るエレオノーラに声を掛ける。
「エリーのは?見せて見せて!」
「私のローブか?いいだろう」
ヴァレリアに強請られたエレオノーラはスッと立ち上がりバッとローブを広げた。
ミリアム、ベアトリーチェ、ヴァレリアの三人は期待に胸を弾ませながらそのローブの内側の世界を覗く。
しかし、そこに現れたのはただの漆黒の裏地だった。
「なによぅ、ただの真っ黒な裏地じゃなぁい。つまらな…んん?」
ベアトリーチェが口を尖らせながらエレオノーラのローブの裾を掴んで中を覗き込むと、ある事に気付く。
ただの黒と思われたその黒絹の裏地全体には同色の糸でとても精緻な刺繍が施してあり、何かの模様を創り出している様だった。また刺繍の模様を飾るように黒く光る宝石が縫い付けられている。
「やっばーい!すっごい刺繍!何の模様なの??」
ヴァレリアが駆け寄り、一緒になって覗き込む。
「あら、これ魔法陣になってるのね。何の魔法陣かしらぁ?どれどれ…」
ベアトリーチェとヴァレリアは裏地に刺繍された魔法陣をひも解き始める。
「えぇと、この文字列は『覚醒』ねぇ。それから、こっちの文様は…『風』でしょ」
「こっちの文様の組み合わせは『冷却』に『香り』…?あ!これは発動条件ね…うーん、『微睡み』?」
ベアトリーチェとヴァレリアは顔を見合わせ、思わず吹き出す。
「これは眠気覚ましねぇ!」
「何それ、面白すぎる!眠気覚ましの魔法陣をローブに仕込む魔女とか!」
解析しやすいようにローブを広げ続けたエレオノーラは、腹を抱えて笑い出した二人に微笑みかける。
「なに。当代の国王は話がやや長いからな」
「あらぁ、いつも話半分に聞いてるってことぉ?ちゃんと聞いてあげてよぅ」
「何か小難しい話をしようとしているのが、あの鼻垂れ小僧かと思うと、どうも内容が耳に入ってこなくてな。まあ、一応国王相手に欠伸を噛み締めるのもどうかと思って」
エレオノーラの刺繍魔法陣のローブはどうやら国王陛下と会談中の居眠り対策らしい。
陛下と対するのに緊張もしない上になんなら退屈で居眠りしそうになると言っているようなもので、何と不敬なのだろうかとミリアムは密かに思った。




