脱出 2
階段を降りると公爵家の私兵が見張りに立っていた。聞こえてきたジルの足音に武器を構えて振り返るが、白銀の髪に金色の瞳の姿を確認するとスッと武器を下ろす。
「なんだアンタか…」
ジルの身分は没落して久しいが一応伯爵子息なので、公爵家に雇われているとは言え、平民であろうこの男にアンタ呼ばわりされる筋合いはない。しかし、さして気にする素振りもなくジルはニッコリと微笑む。
「悪いけど、ちょっと夢でも見ててくれる?」
「は?」
ジルが男の目の前に手を翳すと、男は金色の光に包まれ、次第に焦点が合わなくなりその場に座り込んだ。その様子を愉しそうに見ながら「まあ、悪夢だけどね…」とジルは呟いた。
「さてと、この階にはあと何人かな…。さっさと片付けないとね」
そう言うとジルは掌に小さな金色の魔法陣を展開させる。魔法陣はクルクルと廻り、淡い光の粒子と共に何匹もの金色の蝶が現れた。
「さあ、僕たちの行く手を阻む者を夢の世界へ案内するんだ」
金色の蝶は光の粒を振り撒きながらヒラヒラと舞い、そのうちどこかへ飛んでいってしまった。
その様子を見送ると、ジルは三人を呼びに再び階段を駆け上がった。
◇
「あの人は本当にお一人で大丈夫なのでしょうか?」
「さあな」
階段の上で待機していたミリアムとイヴァンは、階下の見張りを眠らせるべく一人で降りていったジルを一応案じていた。
「先程の、警戒心を持てと言う言葉、身につまされる思いでしたわ」
「…それは、私も否定出来ないな」
ただの侯爵令嬢ならば、それでも“世間知らずのお嬢様”で済んだのかもしれないが、エミリオが立太子すれば自分は王太子妃に、そしてゆくゆくは王妃となる。
取り入ろうとする者、騙して出し抜こうとする者、今までに出会ったことのない悪意が渦巻く場所で生きていかなければならない。
そんな中でこの警戒心の薄さは致命的だと、ミリアムは先程のジルの言葉で痛感していた。
今回の事だって、もう少し警戒していればこんな事にはならなかったはずだ。
イヴァンにしても、自分に王位継承権が残っている状態で伯父であるサンタンジェロ公爵が何もしないなどと言うことはないと、分かりきっていたはずなのに、結局幽閉されていた離宮から連れ出されてしまった。
しかも、これから臣下として支えていこうと思っていた尊敬する兄の婚約者と同じ部屋に閉じ込められる失態。
二人は顔を見合わせると、どちらからともなく「はぁ…」と溜息をつく。
「下の階は片付いたよ。さ、行こう坊やをこちらへ」
余裕の表情で階段を上がってきたジルがそう声を掛けると、ミリアムからロビンを受け取り、抱え直す。
階段を下り、低層階に降り立つとさらに下に降りる為の階段に向かって歩き始める。
今までいた塔は閉じ込められていた最上部の部屋と一つ下の階のロビンが閉じ込められていたという部屋以外は特に特筆すべきものはなく、ひたすら階段を降りてきただけだったが、低層階からは格段に広くなり、かつての離宮だった頃の名残りなのか、通路も入り組み、下に降りる為の階段も分散している。当時は盗賊などの侵入に備えてこのような造りになったらしい。
通路を歩いていると、そこかしこで人が座り込んだり倒れたりしている。皆一様に虚ろな目で何もない空間をボンヤリ見つめている。
(ここにも人が倒れているわ。この短い時間でどうやって…?)
ミリアムは疑問に思いつつも、はぐれないように白銀の髪のその男の背中をただひたすらに追った。




