闇夜のさようなら
「まず、君の妹の誘拐に関して、僕は何もしていない」
「そんな事、信じられると?」
アレッシアの言葉にジルは悲しそうに笑う。
「無理だろうね。僕には前科があるし。でもこれだけは本当なんだ」
俯いてどうしたら良いのかわからないと言う様子のアレッシアに、ジルは続ける。
「僕は父を捨てることにしたよ。ずっと踏ん切りがつかなかったんだけど、もうこれ以上は無理だ。第一王子と婚約者の襲撃に、今度はその婚約者の誘拐と第二王子との既成事実作り…。おまけにその婚約者は君の大切な妹だ!愚かな行いを重ねて、何になるっていうんだ!―――止めようと言葉を重ねたけど突っ撥ねられ、見張っていたけど失敗した。僕を生き神だ何だと言っていた連中は結局自分の利益でしか動かないような人間ばかりだ。僕は張りぼての偽神さ」
ジルの震える声にアレッシアはハッと顔を上げる。
潤んだ金の瞳がこちらを見つめていた。
「もうすぐ【真・救国神教】は崩壊するよ。僕はその混乱に乗じて教団を抜け、外国に出奔する。…アレッシア、これが最後だよ。僕と一緒に行こう。君を自由にしてあげる」
ジルはアレッシアに手を伸ばしたが、アレッシアは首を横に振り、真っ直ぐジルを見つめた。
「…あなたから届く短い手紙が嬉しかった。こっそり窓辺に置いてくれる一輪の花も、全部押し花にして取ってあるわ。あなたが私を愛してると言ってくれた時、私を自由にしてあげると言ってくれた時、一緒に行こうと言ってくれている今も、私は、とても嬉しいの!」
「なら、手を取って!アレッシア!」
アレッシアは紫水晶の瞳を潤ませながら再び首を振る。
「ごめんなさい。でも一緒には、いけないわ…」
アレッシアの頬を次々と涙がつたう。それを見たジルは思わずバルコニーから室内に入り、その身体を強く抱きしめた。
「ごめんなさい。でも愛してるの。あなたを愛してる」
「うん。わかってるよ。大丈夫だ」
「でも、一緒には…いけない。家族の事も愛してるの」
「うん。それもわかってた。意地悪して、泣かせちゃってごめんね」
ジルはアレッシアの額に口づけると、そのまま瞼、頬と口づけていく、顔中に口づけの雨を降らせると、最後は唇に触れるだけの口づけをした。
「泣かないで、僕のアレッシア…」
再びアレッシアを強く抱きしめると、今度はアレッシアもジルの背中に手を回し、抱きしめ合った。
―――コンコンコン
先程家令に手配した者たちが着いたのだろうか、扉がノックされ侍女長がアレッシアを呼ぶ声がする。
「お別れだよ。アレッシア」
「ジル…」
二人は見つめ合うと、どちらからともなく唇を合わせる。今度はお互いの熱を交換する様な、食べ合うような、最後の口づけをした。
「さようなら、愛してた。これからもずっと見守ってるよ」
「ああ、ジル…ジル…」
ジルはアレッシアの髪を一房手に取ると、それに口づけて、窓から姿を消した。
アレッシアはその場に蹲って声を殺して泣いた。
ひとしきり泣いたら、また完璧な令嬢を演じなくては、でも今だけ、今だけは泣きたいと強く想いながら。
窓の外の木からその姿を見つめていたジルの頬もまた雫がつたうが、いつもの不敵な笑みを浮かべる。
「さようならだ。アレッシア。ジルとしては…ね」
そう呟くと、今度は本当に闇夜に消えた。




