イヴァンとの談話 2
「というわけで、私も母上も王位は特に望んでいない。望んでいたのは伯父にあたるサンタンジェロ公爵とその周囲の者たちだ。特に伯父上は昔から野心が強い方で、当時伯爵令嬢であった王妃陛下を王妃に推し、自らは側妃にと母上が言い出した時には猛反対し、母上を邸に軟禁したそうだ。まあ、母上は母上で軟禁などものともせずに窓を破壊して抜け出したらしいが…」
「そのお話はなんだかとっても物凄く気になりますが、殿下が公爵閣下に会いにゆかれた日に何があったのですか?」
「ああ、また話が逸れてしまったな」とイヴァンは頬をポリポリとかく。話し出してみると意外と話好きなのか、すぐに脱線していってしまうイヴァン。最初の印象とは違い、なんとなく放っておけないディーノの気持ちがミリアムは少しわかった。
「あの日、私は伯父上に会ってハッキリと言ったんだ。自分は王位に就く気はなく、兄上が王位に就いたら自分はすぐに臣下に下り、兄上を支えていくつもりだと。だから第一王子派、第二王子派などと言う派閥に分かれて事ある毎に議会を分断して進行を止めるような事は止めてほしいと」
「そうだったのですね…」
イヴァンはその時の事を思い出しているのか、両手をグッと拳に握り込んだ。
「伯父上は怒りを露わにして、捲し立ててきた。お前は悔しくないのか、怖気づいたのかと。悔しいのは自分であって、私ではないのにな…」
フッと自嘲気味に笑うイヴァンを見て、ミリアムは「意外と苦労されているのね…」とイヴァンへの印象を変えた。
「その時に君と兄上の婚約の噂話を聞いたんだ。まあ、『カパローニ侯爵家の令嬢』とだけだが。伯父上もどちらの令嬢なのかまでは把握していない様だったが、その事がさらに伯父上を憤慨させていた」
世間的には『カパローニ侯爵家の令嬢=アレッシア』だ。ミリアムの姿は誰も見た事がないので(実際には見ているはずだが)、実在しないのも同じだった。それ故に、エミリオと婚約したのは当然アレッシアだと思っている人間は多かった。
「伯父上は自分が成し遂げられなかった事を人を介して成し遂げようと躍起になっているんだ。話し合いは平行線を辿って埒が明かなかった。だから一先ずその日は私が引くことにして、帰路についた。そして王城までの道で奴に出会ったんだ」
「奴?でございますか?」
「白銀の髪に金色の瞳をした男…」
「…ジルベルト・ダッラ・ディ・フェリーネ!」
アレッシアの誘拐に深く関わる男。ミリアムの発したその男の名前にイヴァンもゆっくりと頷いた。
「その男の瞳を見た時、私はなぜかとてつもない焦燥感にかられた。王位に就く気などなかったのに、『このままでは王位継承争いに負けてしまう、兄上に負けてしまう事が悔しくて悔しくて堪らない!何とかしなくては!』と考えてもいなかった事が次々に頭をよぎり、『兄上の立太子を確実なものにするカパローニ侯爵家の令嬢をどうにかしなくてはならない』とそればかり考える様になってしまったんだ!」
「それは…まさか…」
「そんな考えに囚われて数日した頃、また再びあの男が現れ、外国の珍しい茶葉を渡された。そして、それを君の姉君が懇意にしているとある令嬢に下賜する様に言ってきた。親しき友人に是非茶会などで振る舞うように、皆の感想も聞かせて欲しいと添えて…と。そして私は何故かそれを怪しむこともなく実行してしまったんだ…」
それは幻術か何かで操られていたのではないだろうか?とミリアムは思った。もしかしたら、自分は今とんでもない証言を聞いてしまっているのではとも。
「あの事件の後、側近のディーノと話しているうちに自分の過ちに気が付いた。その後は自責の念に駆られる日々だ…今思えば、あの男は伯父上、サンタンジェロ公爵の差金で私の元を訪れたのだろうな…。今更何を言っても言い訳にしかならないが…」
そう話し終えるとイヴァンは顔を覆って俯いた。
「そうだったのですね…」
「今回は君まで巻き込んでしまって、カパローニ侯爵家には本当に申し訳ない…」
「いえ、今のお話ですとイヴァン殿下は操られていた可能性が高いです。こちらこそ、先ほど赦せないなどと、お気持ちも考えず申し訳ございません」
頭を下げたミリアムにイヴァンは慌てて声をかける。
「止めてくれ。君は何も悪くはないんだ。顔を上げてくれ!」
「ですが…」
そう言ってミリアムが顔を上げると、イヴァンは眉を下げて見ていた。その顔が何となくエミリオに似ていて、母は違えどやはり兄弟なのだなと思い、思わず頬を緩めた。
「では、これで謝罪は相殺といたしましょう」
その言葉にイヴァンは泣いたような顔で微笑んだ。
「君は不思議な人だ。兄上や、救国の魔女様方が気にいるのもわかる気がするな」
「そんな……(あら?魔女様…?)…あ!」
「ど、どうかしたか?」
救国の魔女と聞いて、ミリアムはいつも自分の身を以て知っているあの魔法を思い出した。
「空間転移ですわ!イヴァン殿下!魔女様に空間転移で召喚してもらえれば助かります!」
「は!そうか!その手があったな!」
二人は思わず立ち上がり喜び合う。それはもう飛び跳ねる勢いだった。
しかし、そんな二人の会話を聞いていた年若い侍女が「フハハッ」と不敵な笑みを浮かべる。
「お喜びの所に水を指すようで申し訳ございませんがそれは不可能です」
「な、なぜです!?」
「遠隔地からの空間転移自体、救国の魔女と呼ばれる者たちくらいにしかおいそれと出来ることではありませんが、そういう事態が考えられるのであれば、対処しておけば良いだけのこと。この邸の敷地内にいる限り、その方法は不可能です」
「そんな…」
ミリアムは再び突き付けられた窮地にガクッと肩を落とした。




