約束の焼き菓子店
“プロドッティ・ダ・フォルノ”は王都の3番街で人気の焼き菓子専門店だ。価格は庶民が毎日食べるには高いが、たまの贅沢としてなら手が届くもので、特別な手土産としても重宝されている。
また、元は王城で腕を振るっていた菓子職人が開いた店にだけあって、味は確かな為、王侯貴族にもファンが多い。エミリオなどは、その最たるもので、度々城を抜け出しては足繁く通っている。
ミリアムとエミリオは早速店に入ると、喫茶スペースに案内してもらう。この店は焼き菓子を買って帰るだけでなく、口当たりの良い生クリームや自家製のジャム、季節の果物などで美しく盛り付けられた焼き菓子を厳選された紅茶と共に楽しめるのも売りの一つなのだ。
「ぜひ一度お店に足を運びたいと思っておりましたの!ありがとうございます!」
二人は早速メニューを見ながらあれこれ話し、ミリアムはクロスタータ、エミリオはスフォリアテッラというパイ菓子とそれぞれ紅茶を頼んだ。
お目当ての焼き菓子を待っている間、ミリアムが店内の様子をキョロキョロと眺めていると、ショーケースの前にいる身なりの良い長身の男がこちらをチラチラと見ているのに気付いた。
(あの方、こちらをチラチラと見ていらっしゃるけど、エミリオ様のお知り合いなのかしら?お忍びだから声をかけようかどうか悩んでいらっしゃる…という感じに見えますわね)
ミリアムばかり見ているエミリオは気付いていないようなので、そっと耳打ちすることにした。
「あの、エミリオ様、あちらのショーケースの前の男性はお知り合いでいらっしゃいますか? 先程からこちらの様子を窺っていらっしゃるようなのですが……」
「うん?」
エミリオがショーケースの前の男に視線を向けると、男も気付き会釈する。
手招きすると満面の笑みで寄ってきたその男は、ディーノ・ヤニック・ヴァスコ・ズラタノフ。第二王子イヴァンの側近であり、レオナルドの寄宿学校時代の友人でもある。
「これはこれは、ご機嫌如何っすか?エミル殿」
「お陰様で愚弟の分の仕事まで回されて、非常に忙しいよ」
「…それは、面目ないっすね」
ディーノはチラッとミリアムの方に視線を向けるとニッコリ微笑む。
それを見たエミリオはサッとミリアムを自身の背に隠す。
「エミル殿も隅に置けないっすね。こちらの可愛らしいご令嬢はどなたっすか?どうも!俺はディーノっす」
隠されたことを気にも止めずにディーノが尋ねると、エミリオは眉を顰めて、嫌々答える。
「私の婚約者だ」
婚約者と聞いてディーノは瞠目し、もう一度ミリアムに視線を向ける。
「婚約者っていうと、…まぼろし姫?」
「その名で呼ぶな」
エミリオはディーノを睨みつけると、心配そうにミリアムの様子を伺うが、ミリアムは「気にしないで」とでも言うようにニッコリと微笑み返す。
「ミリアムですわ。ディーノ様以後お見知りおき下さいませ」
お忍びの為、家名は名乗らず名前だけ名乗りあった。
「ところで、こんな所で何をしている?」
第二王子イヴァンの側近であるディーノがなぜここにいるのか。イヴァンは表向きは遊学のため、他国を回っていることにして、現在は王都の外れにある離宮に軟禁されているはずである。
「あれ以来主が落ち込んでるっすからね。まあ、好物のビスコッティでも買っていってやろうと言う側近の優しさっすよ」
「…そうか。すまんな。苦労をかける」
「俺にとっても、弟みたいなもんっすからね。おっと、さすがに不敬っすか?」
レオナルドと自分の様な関係のディーノとイヴァン。今は随分疎遠になってしまったが、それでも幼い頃は4人で遊んだ事もあった。
レオナルドとディーノが寄宿学校時代に友情を築き、派閥が分かれてしまった今でも密かにそれが続いているように、今もイヴァンは半分血の繋がった弟に変わりはないのだ。対外的にも心情的にも表立って仲良くする事は今後出来ないだろうが。
「いや、支えてやってくれ。私にはもう難しいことだから」
そう寂しく笑うエミリオに、場の空気がしんみりとした。
「すまない、ミリィにしてみたら許せない人物の一人だろう」
「いえ、それでもエミルの弟君に変わりはありませんから」
アレッシア誘拐の件に関しては最初からアレッシアを狙っていた節が否めない為、イヴァンに関しては犯人にただ利用されたと言えなくもないが、ミリアムの内心は複雑だった。姉アレッシアは誘拐された時からなんとなくボンヤリしている時も見られ、誘拐前と様子が違う様に感じていた。
その原因を作ったとも言えるイヴァンの事を許せない気持ちも少なからずある。しかし、イヴァンは婚約者であるエミリオの異母弟の為、王家に嫁いだ後は義弟となる人物なのだ。
このわだかまりがいつかなくなる日は来るのだろうかと考えはするが、答えは出ない。今はまだ。
「そういえばミリアム嬢は…」
ドーンッ!
ディーノが何か言いかけた時、外から爆発音が響き、急ぎ窓の外を確認すると“プロドッティ・ダ・フォルノ”は赤いローブの集団に取り囲まれていた。
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