ジルベルト
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かつて聖なる竜の末裔と呼ばれた一族がいた。その一族は、悪しき竜が目覚めた、かの時代よりも以前から聖なる竜を祖先として祀っていた。
一族には稀に白銀の髪に金色の瞳を持った者が生まれ、その者は例外なく魔力を持っていたことから、聖なる竜の血を濃く受け継いでいると一族の中では考えられていたからだ。
『おお!この白銀の髪に金色の瞳!お前は聖なる竜の生まれ変わりに違いない!』
『遠き昔に我が一族から聖なる竜を奪ったあの魔女たちから、この国を取り戻すのだ!』
男は事あるごとに息子にそう言って聞かせた。
白銀の髪に金色の瞳を持った赤ん坊が生まれた時、男は長く落ちぶれていた一族の復興を夢見たのだ。
この国で最も尊ばれる三人の救国の魔女を排除し、聖なる竜の血を色濃く受け継ぎ、まさに救国神の末裔と呼ぶに相応しい自分の息子を中心に新たなる救国の魔女を見つけようと…男は国内外に散り散りとなった一族縁の者やかつての仲間たちに一族復興を呼び掛けた。
息子のその神秘的な容貌や、身体から溢れんばかりの魔力に、“救国神”を信じる仲間は増えていった。
そして息子が成人を迎える頃には国内外に多数の構成員を持つ組織へと発展していった。
目印は“赤いローブ”だ。
「ジルベルト」
組織を統べる男がノックもなく扉を開け、部屋に入ってくる。窓の外を眺めていたジルは一瞬眉を顰めるが、微笑みを作り男の方を見た。
「どうされました?…父上」
「どうもこうもない!なぜカパローニの娘を解放した?」
「ああ、そのことでしたか…」
ジルは笑みを崩さず視線を窓の外に戻す。
アレッシアを監禁していた花園の邸は、彼女を解放した後、秘密裏に国の捜査が入った為、現在は別の潜伏先に移動していた。
フェリーネ家が組織…【真・救国神教】に関係している事はバレてしまっている為、そこに関連する場所は使えないが、一族のみならず多数の構成員がいる今は大した問題ではない。
「あれだけ大規模に誘拐しておきながら、なぜ簡単に手放した!“高貴なる者”の候補であろう?」
「“種”は巻きましたから良いのです。後は綺麗に咲いた頃に刈り取れば、全て貴方の望み通りですよ。父上」
「またわけのわからん事を…。“遠きところより遣わされし者”も上手くいかん。異世界と繋いだ時に近くに居た者を引っ張ってくる方法では正直埒があかん」
「先日呼び出せたのは幼い少年でしたか。彼はどうしたのです?」
「魔獣の餌にしてやろうと樹海に捨てたが、運良く樹海の魔女のやつに拾われた様だ。忌々しい」
「…愚かな」
ジルは窓の外に視線を向けたまま、小さな声で呟く。
「何か言ったか?」
「いえ。何も」
再び微笑みながら男へと視線を戻したジルは立ち上がると部屋を出る為、扉へ向かって歩き出す。
父親であるこの男とはあまり同じ空間に居たくないのだ。
「待て、ジルベルト」
男の横を通り過ぎようとした時、肩を掴まれる。
一瞬顔をしかめたジルだが、男の方へと振り向く時には再び笑顔を貼り付ける。
「忘れるなよ。お前は、“混ざりあいし者”、聖なる竜の血を色濃く受け継いだ、救国神の生まれ変わりなんだからな」
「…重々肝に銘じておきます」
部屋を出るなり舌打ちをしたジルは廊下を足早に歩き出す。
(全く愚かな男だな。一族の復興など正直心底どうでも良い…)
白銀の髪と金色の瞳を持って生まれてきたジルは、物心つく前から“救国神の生まれ変わり”、“竜の血を色濃く受け継いだお前こそが真の混ざりあいし者”と言われ続けて育ってきた。
幼い頃は盲目的にそれを信じ、組織の生き神として過ごしていたが、成長し、世の中に目を向け、父に隠れて史実を学ぶと、それに気付いてしまう。
自分は救国神などではない。
ただの落ちぶれた一貴族の子息に過ぎない。
そもそも救国神などというものは存在しやしないのだ。
形だけ人材を集めたところで、聖なる竜もいない、退けるべき脅威もないこの世の中に救国神などという存在は不要に思えた。
一族に代々伝わるその妄言を疑うこともせずただただ狂信し、自らの息子を救国神などと言う妄想の産物に仕立て上げようと本気で考えている父親。それに嫌悪感を抱くのに時間はあまりかからなかった。
ジルは潜伏している邸の庭園に出ると、小さな四阿に腰掛ける。
(君は今何をしてるかな…アレッシア)
ジルがアレッシアを初めて見たのはまだ少年だった頃。王家主催の大規模な園遊会だった。幼い王子達の遊び相手や婚約者の候補を選定する目的で開かれたそれは、国内の貴族で王子達と年齢が近い者が全て招かれた。
数代前に侯爵位から伯爵位に降格し、すっかり落ちぶれていたフェリーネ家も例外ではなかった。
そこでジルは衝撃を受けた。自分とそう歳は変わらなそうな美しい二人の兄妹に息を呑んだ。
眩い金色の髪に紫水晶の瞳。周囲の人物は霞んで見え、色とりどりの花が咲き誇る王城の庭園に佇んだ姿はまるで一枚の絵画の様だった。
特に妹のアレッシアに釘付けとなった。幼いながらも完璧な所作、既に完成された美しさ、陶器のような肌に桃色の頬と薄い唇。
それからはアレッシアに夢中になった。調べられることは全て調べ、一目でも姿を見たくて、出席しそうな茶会や夜会は自分が招待されていようがなかろうが会場に足を運んだ。
ずっと姿を追いかけていると、そのうち自分と近い何かを感じた。
常に自分を抑えているような表情が気になった。まるで“完璧でいなければ”と、自らを縛り付けるようなそれに、“救国神の生まれ変わりなのだから”と、自らの生きる道を生まれた時から決めつけられてしまった自分を重ねた。
「アレッシア…君を解放してあげたいなぁ。本当の君はどんな女の子なのかな」
花園の邸で感情を剥き出しにした彼女を思い出す。きっと他の誰も見たことも無いようなしかめっ面、心底嫌そうな表情、無理やりその唇を奪った時の怒りに満ちた顔。
ジルは思わず吹き出す。
「見事に嫌そうな顔ばかりだ。次は笑顔の君がみたいな。いつもの澄ました微笑みじゃなくて、お腹の底から笑う君を」
想像してみるが、ふっと自嘲する。
「…無理か。さすがに嫌われすぎた」
あの日奪った彼女の唇の柔らかさを思い出し、そっと自分のそれに触れた。




