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ジルの思惑

 ◇



 白木で統一された家具、古いものだがとても大切に、丁寧に手入れをされてきたのが見て取れる。

 少女が好みそうな意匠のカーテンやリネン類も派手さはないが上質なものだ。


 この邸に拐われてきてから二度目の朝を迎えたアレッシアは改めて部屋の中を観察する。


(もともと誰かの部屋だったのかしら?わたくしよりも少し若いくらいの…)


 繊細な格子模様が施された窓や建具の造りは100年程前に流行した様式だ。

 蔓薔薇を模した格子の飾りで縁取られた窓からは、色とりどりの季節の花が風に揺れているのが見える。


「やあ、ご機嫌は如何かな?精霊姫」


 日に幾度も様子を見に来るジルに後ろから声をかけられても、もう驚くことも怯えることもなくなった。


「何かご用かしら?随分お暇なんですのね」

「ハハハッ。暇ではないけど、こんなに美しい君が同じ邸の中にいると思うと、ソワソワしてしまってね!つい足がこの部屋へ向いてしまうんだ!」


 ジルはアレッシアを後ろから抱きしめようとするが、スルリと逃げられる。

 ジルが触れた肩を埃をはたく様に手で払う。


「気安く触らないで下さいまし」


 アレッシアが冷たい紫水晶の瞳で一瞥すると、ジルは顔を紅潮させて破顔する。


「いいね!君のその冷たい感じ!ゾクゾクするよ!」

「……」


 ジルのその様子を眉を顰めてまるで汚物を見るかのようにアレッシアが見つめる。


「ふふ。いつもの取り繕った様な表情でない君はとても素敵だね。君のこんな顔を見たことがあるなんて、きっと僕だけだ!」

「…あまり側に寄らないで下さいまし」


 この丸一日半の間、どんなに冷たくあしらってもめげないどころか恍惚とした表情を浮かべるジルに、アレッシアは辟易としていた。


(一体何なのかしらこの人…意図がわからないわ)


 ジルは跪きながらアレッシアの手を取り口づけると、そのままアレッシアを見つめる。


「侯爵家の中にいる君はいつもどこか苦しそうにしているね。侯爵家に相応しい令嬢である為に己に厳しく、他人にも厳しく。常に自分を律して、その為に大切な妹君に嫌われて…」


 アレッシアは一瞬目を見開くと、サッとジルの手を解く。


「…随分、分かったような事をおっしゃいますのね」

「図星かな?」

「見当違いも甚だしいですわ」

「おや、そうかな?」


 ジルは立ち上がり、両手でアレッシアの頬を包み込むと、そっと自分の方を向かせ、顔を近付ける。鼻と鼻がつくほどに近づいた距離に、アレッシアは眉を寄せて目を細める。


「…離して」

「離さない。君を自由にしてあげたいなぁ。誰にも媚びない、強い眼差し。竜のような君…こんな状態で目を瞑るなんて、不用心なお嬢様だ」


 そう言うと、ジルはそのままアレッシアの唇にそっと自分のそれを重ねた。


「んん!はぁ…」


 段々と角度を変え、貪るような口づけにアレッシアは力いっぱいジルを押し退け、その頬を力強く引っ叩いた。


「な、なんて事をするの!汚らわしい!」


 涙目で震えるアレッシアを見て、ジルは叩かれた頬を押さえながら破顔する。


「ああ!なんていい顔なんだ!感情を剥き出した君の顔を見たかったんだ!澄ましている君も素敵だけど、感情的な君はもっと魅力的だ!いつもそうしていればいいのに!」


 会ったばかりなのに何を言っているのだと、アレッシアがドン引きし始めた時、部屋の扉が勢いよくノックされた。


「いい雰囲気だったのに。邪魔が入ってしまったね」


(全然、全く以ていい雰囲気などではないわ!何を言っているの!?)


 ジルが扉を開けると、赤いローブを着た男が耳打ちをする。


「ふーん。そう。まあ、仕方ないか」


 何か報告されたジルは踵を返してアレッシアの元に戻ってくる。


「残念だけど、一旦お別れだ。第一王子と君の兄上に僕の素性がバレてしまった様だ。この邸の場所がわかってしまうのも時間の問題だろうね。あと半日もすれば君の父上も王都に戻るみたいだし、この辺が潮時かな」

「け、結局目的は何だったのです!?」


 アレッシアの問にジルは首を傾け、少し考えるとニコッと笑い、アレッシアの髪を一房取って口づける。


「強いて言うなら、君と出会うことが目的かな?出会って、君に強烈な印象を残したかったんだ」

「仰る意味がよくわかりませんわ」

「ふふ。今はそれでいいんだ。また会いに行くよ」


 ジルはそう言うと右手でアレッシアの目を塞ぎ、最後に触れるだけの口づけをした。

 次の瞬間、アレッシアの意識は途切れ、ジルの胸の中に崩れ落ちた。


 その日の夕刻、カパローニ家の庭園にある四阿で気を失ったアレッシアが発見された。大量の花と共に。


 カパローニ侯爵家令嬢の誘拐事件は、犯人側からの接触は遂に一度もないまま、実に呆気なく幕を閉じたのだった。

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