美貌の侯爵家
「まぁ、ご覧になってカパローニ侯爵夫人とご令嬢のアレッシア様よ」
王宮の庭園にて、ほう…とため息交じりに周囲の女性たちが囁く。
「侯爵夫人はいつお会いしてもまるで女神の様ですわねぇ。アレッシア様も透き通る凛とした美しさがまるで精霊の様だわ…お召しになっているドレスも本当に素敵」
視線の先にはアーヴィリエバレイ王国カパローニ侯爵家夫人タチアナとその娘アレッシアが談笑していた。
「あら、でも今日もミリアム様はいらっしゃられなかったのね…。お身体が弱くていらっしゃるとか…」
「ええ、ええ。わたくしもその様にうかがっておりましてよ。まだお会いしたことがないですけれど、お母様とお姉様がこれだけの美貌ですもの…。きっと可憐な姫君なのでしょうね」
「ああ、それでしたらわたくしカパローニ卿にお聞きした事がございますわよ。なんでも目の中に入れても痛くない程お可愛らしくていらっしゃるとか」
「まぁ、あのエルフの如き美しさの兄君のカパローニ卿がおっしゃるのですから、それはそれはお可愛らしいのでしょうね…。いつもご自慢されていますものね」
「デビュタントにも出ていらっしゃらないのでしょう?なかなかお並びになっている姿が見れなくて残念ですわ」
そんな周囲の囁きに耳を傾け嘆息しながら、ティーカップを手に取る少女がいた。
先ほどから話題になっているカパローニ侯爵家次女のミリアム・ファリナ・カパローニその人である。
(今日も認識されていませんのね。わたくし…)
本日は王妃主催のお茶会にタチアナ、アレッシアと共に出席していたミリアム。予てより美しすぎる家族に霞んで周囲からカパローニ侯爵家の人間として認識されない事が悩みであった。
(お母様とお姉様の出席している園遊会やお茶会には必ず同行していますし、デビュタントだって終えております。と言うより夜会にだって割と出席していますのに…なぜ、床に臥せていることになっているのかしら…わたくし健康だけは取柄でしてよ…)
ミリアムは心の中で周囲の囁きに反論する。
カパローニ侯爵家の人間は末の娘のミリアムを溺愛している。どこに行くにも必ず同行させ、傍を離れることもあまりない。
しかし、ミリアムは周囲からカパローニ侯爵家の人間と認識されていない。
父は『神々の最高傑作』と呼ばれる美丈夫、母は『女神の化身』、兄は『エルフの如き美貌の次期侯爵』、姉は『社交界の華と謳われる精霊姫』…。
そんな美しすぎる家族の中、ミリアムは父と母の少しばかり残念な部位が集まった様な容姿であった。だが、あくまでも家庭内での比較である。
元々最高傑作やら女神やら言われている人間の残念なパーツなので、そこそこ美少女ではあるのだ。
しかし、この家族が集まる場所にいると“そこそこ美少女”では霞んでしまい、周囲から見れば視界に入らないし記憶にも残らない。
故に家族から溺愛され、たいてい誰かが一緒に行動しているミリアムは、周囲から認識されない事態となっている。
いつも姿が見えない(と周囲に思われている)末の娘は、常に周囲を気にしない兄のレオナルドによる2人の妹への溺愛発言も手伝って、『世にも可憐なまぼろし姫』と呼ばれ、憶測が憶測を呼び、ついに人々の中で病弱で常に床に臥せている儚い美少女という認識になってしまったのだ。
今日も今日とて、口さがない人々の自分に対する噂話に居た堪れなくなったミリアムは、ほんの少しだけこの場を離れたくなり、王宮の庭園を散策することにした。
「お母様、せっかく王宮の庭園に参りましたので、わたくし少し散策をしたいですわ」
ミリアムが隣に座るタチアナに声を掛けると、タチアナは微笑みながら首肯した。
「ええ、構いませんよ。薔薇がとても美しく咲いたとお聞きしたから、せっかくだし楽しんでいらっしゃいな。一人で大丈夫?」
「ええ。王宮の衛兵の方もたくさんいらっしゃるし、大丈夫です。それでは行ってまいりますわね」
「いってらっしゃい。可愛いミリアム」
ニコニコと笑いながら小さく手を振る美貌の母に告げると、ミリアムは席を立った。
その横で姉のアレッシアは冷めた表情でミリアムを見つめていた。
姉の視線に気付いていたが、何か言われる前にミリアムはそそくさと庭園に向かって歩き出した。
「お姉様、怒っていらっしゃる…。お茶会を抜けて庭園を散策なんて、やっぱりいけなかったかしら。でもお母様はいいとおっしゃったし、大丈夫よね」
末の娘を溺愛している家族の中にあって、ミリアムの3歳年上の姉アレッシアだけはミリアムに厳しい態度を取っている。
常にマナーや所作、服装、髪型にいたるまで厳しくチェックしており、ミリアムを捕まえては度々小言を言ってきていた。
「嫌われているんだわ。きっと。お父様とお母様の子供なのに、わたくしだけ美しくないから…」
思わず口に出すと、目尻に涙が滲む。持っていた手巾でそっとそれを押さえると、ミリアムは母の言っていた薔薇を見に行こうと再び歩き出した。
ありがとうございます!




