長男の思い付きに振り回される侯爵家
◇
「今日、午前の執務の後にエミリオ王子殿下をお連れすることになった」
朝食でレオナルドがそう告げるとカパローニ邸は一気に慌ただしくなった。
日頃懇意にしている商会を呼び、王族に相応しい茶葉や季節の果実類などを急遽取り寄せ、玄関ホール、廊下、応接室内などの王子の目につくであろう、ありとあらゆる場所のカーテンやリネン類、生花が交換される。全てを“王族を迎えるのに相応しい状態”に仕上げた。
それは人もまた然り。
先程から侍女が慌てた様子でメイドに指示を出し、賓客を迎えるのに相応しいドレスや小物類が次々と並べられる。
「何でもっと早くに言わないのかしら、この愚息は…!」
珍しくタチアナが怒っている。立ち居振る舞いや声の調子はいつもと然程変わらないが、笑っているようで目が笑っていない。明らかに怒っている。
それもそうだ、本来であれば非公式の訪問とは言え、一週間前、どんなに遅くとも3日前には知らせが届くところを、今回は昨日レオナルドの思い付きで訪問が決まり、帰宅後にすぐに話せば良いものをうっかり言い忘れて、朝食での報告となった為だ。
もう王子の訪問まで数刻しかない。
カパローニ侯爵家の威信をかけ、侯爵家の人間も使用人も一丸となり猛スピードで準備を進める。
「お兄様は何をお考えなのですか?ご自分はすぐにお支度もお済みになるでしょうから良いかもしれませんが、女性はそうは参りません。それに邸の者だって王子殿下を迎えるとなればそれなりの準備がいるのですよ。想像力にかけるのではありませんこと?」
アレッシアが冷たくレオナルドに言い放つと、レオナルドは慌ててアレッシアに駆け寄る。
「そんなに怒らないでくれ可愛いシア!眉間に皺なんか寄せたら目が悪くなってしまうよ!それに今回は王子としてではなく、俺の親友のエミルとして来るんだ。ただの友人を迎えるのにそんなに畏まらなくてもいいよ!」
「王子殿下を迎えるのにただの友人としての準備で良いわけがないでしょう!何をおっしゃっているの!?もう、今はお兄様に構っている時間はありませんわ!大人しく登城なさいませ!お仕事に遅れましてよ!」
フンっと兄から勢いよく顔を背けるとアレッシアはミリアムの侍女を呼んだ。
レオナルドは肩を竦めると従僕に馬車の用意をさせて登城することにした。
「ミリアムのドレスなどはどうなっているのかしら?」
呼び出したミリアムの侍女に出迎え用のドレスはどれにするのか確認する。妹は放っておくとすぐに地味で目立たないような装いになりがちで、何も言わなければ新しく仕立てることもしない為、常に気にかけている。
侯爵家の資産は領民からの税金や事業で得たものだ。こうして社交の為の衣装を仕立てたりすることで経済を回し、時に社交で得た情報を使い領地を繁栄させていくことで領民に還元していくことも重要な仕事なのだ。とは言え何でもかんでも買うのはただの浪費だ。大切なのは過不足なく消費すること。成人し、嫁いで家を出るまでにこの感覚を養わなくてはならない。
「はい、先日仕立てたものの中からこちらのドレスをお召いただいて、髪飾りはこちら、装飾品類はこちらを予定しています」
ミリアムの侍女は目録を手にアレッシアに確認していく。
「そうね、こちらのドレスもいいのだけど、多分あの子こっちの形の方が好みだろうから一応両方出して、選ばせてちょうだい。こちらのドレスにした場合の髪飾りはこのリボンで装飾品は控えめのものにして」
「畏まりました」
ミリアムの装いについて一通り指示を出すと、いつの間にか隣にタチアナが来ていた。
「ミリィの事まで気を回してくれたのね。ありがとうシア」
「いえ、当然ですわ」
微笑みながら自分を見つめるタチアナに訝しげな目を向けるアレッシア。タチアナはそんな娘の背中を優しく撫でた。
「うふふ。そんなにいつも心配してるなら、もっと優しくしてあげればいいのに」
本当は妹のミリアムが可愛くて、心配でたまらないアレッシアだが、やや感情表現が苦手な彼女は優しくしようとすればするほど人一倍厳しくなってしまう。
「…甘やかされてばかりでは、将来あの子自身が苦労してしまいます。誰かが厳しくしなくては…」
「その役目はお父様かお母様がするからいいのよ?」
「いえ、どの道もうきっと嫌われてしまっていますから…」
アレッシアはそう寂しげに笑うと自身も支度をするため、自室に向かった。
◇
ミリアムの自室では先程アレッシアが指示したドレスが並べられ、侍女がミリアムにどちらのドレスにするか尋ねていた。
ミリアムは予め侍女が選んだものと、アレッシアが追加したものとを見比べ、最終的にはアレッシアが追加したドレスを選んだ。
レモンイエローのレース地のプリンセスラインで、襟と袖がフリルで一体となっている可愛らしい意匠だ。腰の部分からスカート部分にかけて青い糸で繊細な蔦模様の刺繍が施されている。
首には刺繍と同色のチョーカーを着け、緩くまとめられた胡桃色の髪も青いリボンで飾る。
「先日仕立てた時に確認しなかったものだけど、お母様とお兄様のどちらのお見立てなのかしら?なんだか今までで1番しっくりくるような気がするのだけど、どうかしら?」
ミリアムは姿見を見ながら侍女に確認する。今まで着飾ることをあまりしてこなかった為、まだ自信が持てない。
「大変お似合いですよ。ミリアムお嬢様」
「ならよいのだけれど」
まだ不安なのか、ミリアムは何度も姿見で確認する。エミリオとは先日のベアトリーチェの邸での出会い以来初めて会うことになる。
あの時はろくに会話も出来なかったが、今日は少しは話せる機会があるだろうか。レオナルドの所に用事があって来るのだろうから、挨拶もそこそこに兄の自室に籠もってしまうかもしれないが、もしお茶の一杯でもご一緒できるなら嬉しい。ミリアムは名前のわからない感情に高揚していた。
そうこうしている間にレオナルドの帰宅と第一王子エミリオの来訪が告げられ、カパローニ家の面々は玄関ホールへと急ぎ集まった。




