カパローニ邸にて
◇
ミリアムはレオナルドによって馬車に詰め込まれ、カパローニ家の邸へと帰ってきていた。
従僕が馬車の扉を開けて待ってくれているが、いつもと違う装いと、王妃のお茶会を抜け出してそのままいなくなってしまった事への罪悪感で馬車を降りることが躊躇われた。しかし、ずっと乗っている訳にもいかない。
意を決して馬車から降り、邸の玄関へと進むとタチアナが迎えてくれた。
「まあまあ、私の可愛いミリィ。薔薇園から戻ってこないから心配したのよ」
「ただいま帰りましたわ。お母様、今日は申し訳ございませんでした」
タチアナは謝罪を口にするミリアムの肩にそっと手を添える。
「いいのよ。ちゃんと連絡は受け取ったから。でも次からは気をつけなさいね。中央の魔女様のお邸に招かれたのでしょう?」
「はい、薔薇園でドレスを引っ掛けてしまい、困っていた所を助けていただきました」
「そう、それでその素敵なドレスなのね。やっぱり可愛いミリィには明るい色がよく似合うわ!中央の魔女様にはお父様からお礼の書状を出していただきましょうね」
「はい」
「今日は疲れたでしょう?夕食までゆっくり休みなさい」
タチアナと別れ、自室に向かう為に階段を昇ると、2階のホールでアレッシアが待っていた。
「おかえりなさい」
「…ただいま帰りました。お姉様」
精霊姫と称される姉、アレッシアの冷たい視線を浴び、ミリアムは背筋が凍るような感覚を覚える。
「今日のお茶会。途中で席を立つなんてどういうつもりなのかしら?」
ニコリともせずに問いかけてくる姉をミリアムはずっと苦手に思っていた。
両親と兄がミリアムを溺愛するなか、アレッシアだけはずっとミリアムに厳しい態度を取っている。
「お母様がいくらお許しになったとしても、侯爵家の人間としての自覚が足りないのではないかしら?お茶会だって社交の場なのです。それとも貴女は遊びに行っているのかしら?」
「…申し開きのしようもございません」
絶対零度の視線にただただ身を縮こませるミリアムに、アレッシアは嘆息する。
「次からは重々気をつけなさい。わたくしたちの行動一つ一つに、侯爵家の威厳がかかっている事を忘れてはいけないわ。侯爵家に何かあれば、領民達の生活を脅かすことになるのですからね」
「…はい」
アレッシアの言うことは常に正しい。甘やかされがちなミリアムが我儘な令嬢とならなかったのは、そんなアレッシアの存在によるところが大きいのだが、当のミリアムはただ恐れるばかりで姉妹の仲は良いとは言えない状態であった。
「自室に戻ります」
そう告げて、アレッシアの横を通り過ぎようとした時、ふいに呼び止められる。
「…そのドレス、中央の魔女様にいただいたのでしょう?お礼はきちんとしてきたの?」
クルリとミリアムの周りを一周しながら、魔女たちから贈られたドレスを眺める。
「いつも選ぶドレスの感じとは随分違うけれど、貴女こういう色や形、好きだったの?」
「今までは、似合わないと思って避けていたのですが、魔女様がこちらの方がよいと…。それに、わたくしも嫌いではありません」
「…そう。呼び止めて悪かったわね。もういいわ」
(ドレス…相応しくないと思われたのかしら…やっぱり、私には似合わないのかもしれない)
姉からの指摘に少し落胆しながら、ミリアムは自室に入った。
一度も振り返らず自室まで来た為、その後も姉がずっと自身を見ていたことには気付かなかった。
「好きだったのね…明るい色…」
ポツリとこぼした言葉はミリアムには届かなかった。
自室に戻ったミリアムは侍女に着替えをしてもらうと、鏡台の前に座り、魔女たちの言葉を思い出していた。
『あなたの胡桃色の髪の毛はフェルとアナ…あなたのご両親の髪の色を混ぜたような色でとっても素敵よ』
『持っているものを数えるんだ。“こんなに違う”ではなく“こんなに同じ”だと思うんだ』
『誰が何と言おうとあんたはフェルとアナの娘。カパローニ侯爵家の人間でしょ』
家族がどんなに愛してくれても認められたくて仕方なかった。いや、愛されていることがわかるからこそ、周囲から認めてもらえない自分が歯痒かった。
しかし、魔女たちはそんな自分をカパローニ家の娘だと認めてくれた。
父と母の娘だと。似ていると言ってくれた。
ミリアムはそれが嬉しくて堪らなかった。誰かが認めてくれた。それだけで天にも昇る気持ちだった。
「眉毛の形と瞳の色はお父様、お鼻の形はお母様、この髪の毛の癖は若い頃のお母様にそっくりだとも仰っていたわ」
ミリアムはそっと自分の眉に触れ、鼻に触れ、髪の毛に触れた。
「同じところを、わたくしが持っているものを数える。なんで今までそうしなかったのかしら…」
ミリアムはそっと目を閉じて今日の出会いに感謝した。
救国の3人の魔女はこの国で最も尊ばれる存在だ。例え登城して謁見を求めた所でもう魔女たちに会うことは叶わないだろうと思っていたのだ。
まさか、今後幾度となく魔女たちのお茶会に強制的に召喚されるとは思いもせず、カパローニ邸の夜は更けていった。




