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ぼっちとの訣別




 あまりにも唐突な鷺沢さんからの告白を受けた僕は、16年の人生で最大の岐路に立たされていた。


 

 ……色恋事はおろか、友達すらゼロの万年ぼっち奥村真一に、まさかここまで露骨な恋愛フラグが立つだなんて……。そんなことは夢にも思っていなかった。

 よりにもよってそのお相手は、学内有数のアイドル的存在ともいえるあの鷺沢麗奈である。




『絶食系ぼっちの僕が学年一の美少女を冷たくあしらったら、何故かガッツリ惚れられてしまいました』



 ……なんていう前代未聞のふざけた現在の状況を、一体どこの誰が予測できたであろうか。



 なにせ、僕は彼女をオトそうだなんてことはこれっぽちも考えていなかったし、事実として現在に至るまで、好感を持たれるようなことは何一つ言っていないのだから。

 ……いや、むしろ僅かなフラグでさえ全力でへし折りにいくような、圧倒的ヤンキープレイばかりかましまくっていた気さえする。



 そう、すべては鷺沢さんの境遇や考え方があまりに特殊すぎたせいだ。

 

 そのせいで、僕が放った言葉の数々が、意図せずしてありえないほど奇跡的なピンポイントで彼女の心に深く刺さってしまったのだ。

 


 つまり、こんな訳の分からない事態に発展してしまったのも、運悪く数々の偶然が連続してしまった結果であって、決して僕にその責任はない。

 

 そうだ、僕は悪くない。完全なる無実だ。

 …………なのに、これ以上一体どうしろと?



 そして、なかなか返事をよこさない僕にしびれを切らしたのか、鷺沢さんがさらにこう畳みかけてくる。


「こうしている今もどんどん気持ちがこみ上げてきて、胸が苦しいです。このとめどなく溢れるあなたへの想いを、恋と呼ばずして何と呼びましょうか!? ……さあ、どうか返事をください、奥村くん! これ以上は私の心が持ちそうにないのです」

「ちょっ……!? どこぞのバラードの歌詞みたいなクサい台詞やめて!」

「そ、そんなぁ……! ぅう、酷いです……私はこんなにも本気だというのに」



 どこかポエムじみており、なんだか恥ずかしい言葉を紡ぎだした鷺沢さんに僕がたまらず苦言を呈すると、彼女は涙目になりながら抗議してきた。


 ……いや、真剣なのはわかるんだけどね。

 こっちだって、「はい! 喜んで」なんていう二つ返事じゃ快諾できない事情があるわけで。

 


「……あのさ、なんでわざわざ『交際を前提に』なんて言ったん? ふつうに『友達になりましょう』とかじゃダメなの?」

「……それは、非常に勝手な理由で申し訳ないのですが、単なる友人関係ではすぐに私のほうが我慢できなくなるが目に見えているからです。……それくらい、私はどうしようもなくあなたに夢中で……とても今の自分ではこの気持ちを抑えきれそうにないのです」

「…………ッ!? ふ、ふーん……そっか」


 

 ……いや、その表情(かお)でその台詞はズルだわ。


 そこまでド直球な好意を向けられたら、流石に僕でもきついと言いますか……。

 平静を装って『ふーん、そっか』なんて言ってみたけれど、まるで動揺を隠しきれていない。我ながらくそダサい対応だったと思う。


 さっきからなんか顔が熱いし、心なしか心臓の鼓動も早くなっている気がする。

 ……ちくしょう、調子狂うなあもう。



「……なんというか、その気持ちは非常にありがたいんだけれど……、じゃあ何故ストレートに『好きです。付き合ってください』って言わなかったの?」

「それは、昨日の今日で告白なんしてしまったら、とても信じてもらえないと思ったからです。……なので無理矢理にでも、形式上は『友達になりましょう』という体にしたかったといいますか」

「でも交際を前提にしてる時点でほとんど告白だよね? それじゃあただただ回りくどいだけというか……」



 うーん、薄々感づいてはいたけど、鷺沢さんって実は結構アホの子?

 色々突っ込みどころがありすぎて、こっちが疲れてきそうだ。



「……ぅう、そんな理詰めで問いたださないでくださいよぉ……このやり方だって、浮ついて普段通りじゃない頭で、それでもなんとか私なりに暗中模索した結果なんです……だから、どうか責めないで……」

「――わ、悪かった! ごめん、もうこれ以上は訊かないよ。……だから、そんな悲惨な顔してうつむかないで、ね?」

「…………っ!?」



 自分のペースを乱された腹いせで、つい大人気なく鷺沢さんに意地悪をしてしまったことに気付く。


 あまりにも痛ましく、悲壮感漂う様子の彼女を見て、僕は謝るだけでは飽き足らず、思わず彼女の両肩をガッと掴んだ。そして今にも壊れてしまいそうな硝子(がらす)の瞳をまっすぐ見つめる。


 柄にもないキザな行動に、自分でもつい笑ってしまいそうになる。

 けれど、誰かが触れて温もりを分けてあげなければ、たちまち儚く散ってしまいそうなほど、今の彼女の声や表情は弱々しく、哀愁に満ちていたのだ。



「……鷺沢さん、僕のことをそれだけ熱心に想ってくれてるのは、素直に嬉しいと思ってるよ。……けど、僕は君が思っているような人間じゃないと思う」

「……? どうしてですか?」

「その……、他人の容姿に頓着する方じゃないっていうのは間違いじゃないけど、言い換えれば他人……というか恋愛全般に興味がないっていうことだし……それは君が求めてるような、内面を重視することとイコールではないというか」



 彼女は、どうも僕のことを誤解というか過大評価している節がある。

 平均的な高校生男子と比較すれば、僕の面食い度は低いのかもしれないが、かといって別に他人の性格的な部分をしっかり見ているわけでもない。

 

 平たく言ってしまえば、恋愛自体にほとんど関心がないだけなのだ。



「…………いえ、今はそれで十分です。私の容姿に、こんなにも価値を見出さずにいてくれる男性と巡り逢うことができた――それは私にとって、この上ないほどの幸運なんです。……だから奥村くん……、あなたが今のその価値観を捨てないでいてくれる限り、ずっと私にとってのオンリーワンなのです」

「……ッ!? そ、そんな手放しの全肯定をされたら……こっちも――っていやいや、……で、でもさ、流石にそれは楽観的過ぎじゃないかな?」

「…………ふふ、確かにそうかもしれませんね。……でも、入り口は友達からなんですから、これから一緒に時を重ねてゆく中で、奥村くんが本当に少しずつでも私のことを受け入れてくれて……そしていずれは『恋愛も悪くないな』って思うようになってくれれば……、それで嬉しいです。」



 ……やめてくれよ。


 ――そんなまっすぐな想いをぶつけてこないでくれ。

 ――そんな可憐な微笑みを僕に向けないでくれ。


 ああ……、頭がおかしくなりそうだ。



「今の奥村くんが、私に対して好意はおろか、関心すら抱いてくれてないのは重々承知です。……けれど、それでも私は――やっぱりあなたのそばにいたい。そして、やがてはあなたにとっての特別になりたい。……そう願う気持ちは、今でも止められそうにありません。」

「…………鷺沢さん」

「無理を言ってごめんなさい。……けれど、私も知らなかったんです……。自分に芽生えた恋心が、こんなにもワガママなものだったなんて」

「……フフッ。……鷺沢さん、またポエマーになってる」

「――――!?」



 さっきまであんなに悲壮感に満ちていたのに、すぐまたクサいポエマーモードに切り替わった彼女がおかしくて、僕はつい吹き出してしまった。


 そして鷺沢さんはというと、もともと大きな目をさらに大きく見開いて僕の顔を凝視している。



「……何?」

「……いえ、愛想笑い以外で初めて、奥村くんの笑ったところを見られた気がして」

「……ふーん。まあ……、僕が学校で心から笑顔になる瞬間なんて、長期休み前の終業式くらいのものだからね、うん……。レアなものを見れて良かったんじゃない」

「はい!! ますます好きになっちゃいました」

「――ふごッッ!!?  ちょ……、ホントそういうのずるいって……マジで」

「…………?」


 

 ……だからさあ、そういう無自覚ムーブほんとやめて。

 僕の精神がもたないというか、正常な判断力がゴリゴリ削られていくのがハッキリわかるんだよなぁ。




 ………………。




 でも……たった今、僕の中で返事は決まった。

 


 大きく息を吸い、まっすぐに彼女の瞳を見据える。


 僕のその動作から全てを察したのか、鷺沢さんは背筋をピンと張り、やや畏まった表情を浮かべた。

 精巧な硝子細工のようなその瞳は僅かに潤んでおり、期待と不安に揺れているようだった。



「鷺沢さん、さっきの返事なんだけど…………」

「――は、はいっ!! 覚悟はできています! ……今日だって、清水の舞台から飛び降りるつもりでここに来たのですから」

「……お、おう。リアルでその言い回しを使う人は初めて見た…………ってそんなことはどうでもよくて、……その、えっと……」

「……はい」



 ……………………よし。




「――――あなたの熱意に負けました!……その、僕で良ければ友達になってくださいっ!!」

「――――ッ!?」


 

 ああ……、言ってしまった。もう後には引けない。

 

 ……でも、これでいい。後悔なんてしていない。あるはずがない。


 

 ……そりゃあ、僕が後ろ向きで他人への興味が薄い根暗ぼっちなのは間違いないでしょうよ。

 周囲が苦労して人間関係を築いていく中、一人『面倒だから』と逃げ回って、お気楽に孤独を満喫できるくらいには、社会不適合者でしょうよ。



 …………だけど。



 呆れるくらいまっすぐで、そのうえどこか夢見がちでポンコツな、可愛いらしい少女――鷺沢麗奈さん。

 そんな魅力的な女の子から、一途な想いを全力で向けられて、何の感情も抱かないでいられるはずがなかった。


 ……その程度には、まだ僕にも真人間としての心が備わっていたようだ。



「…………うわああああぁぁぁぁん!!!! 奥村くうううぅぅぅぅん」

「――え!?……ちょっ!!!」



 ガバッ



 いきなり抱き着かれた。……あ、いい匂い…………って、あれ?



「ちょっと……さ、鷺沢さん! まだ恋人になるとまでは言ってなくない!? い、今はあくまで友達だと思うんだけど?」

「これは友情のハグですっ!! 異論は認めません!!!」

「……あぅ、ちょ、あ……離れて……スキンシップとか無縁のぼっちにそれはマジでキツい……おっふ、……ア、アカン、頭おかしなるで」

「イヤですっ!! もう絶対離しません♥」

「……あアァ~ッ!!!! ホンマ堪忍してつかあさぁい」






 一冊のとあるエロ小説が結んだ縁は、やがて二人を幸せな日々へと導いてゆく――






最後までお読みいただき、ありがとうございました。



「面白かった」「ここが気になる」等ございましたら、僭越ながら評価や感想等でフィードバックしていただけると、作者としては非常に嬉しいです。


また、好評でしたら後日譚かヒロイン視点の話のどちらかを書こうかと考えております。


お目汚し失礼致しました。


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[良い点] こういう主人公、意外と好きです!
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