責任を取ってくれと言われても……
「どうか私と、交際を前提にお友達になってください!!」
「………………は?」
16年の人生で一番間抜けな声が出た気がする。
この人、今なんて言った?
……交際?? お友達? ハア? 何言ってんの。
さっきまでの僕の完璧な無心状態は、彼女の爆弾発言により見事解除されてしまったのだった。
「……ですから、私と交際を前提にお友達に――」
「待って待って……いきなり何で? …………あぁ罰ゲームの告白的な?」
「違いますッ!!!!!!」
ヒエっ……こ、こっっわ……めちゃくちゃ睨まれた。
まあいくら突拍子もない申し出とはいえ、優等生の彼女を他人の心を弄ぶような下劣なクズ共と安易に一緒するのは流石に失礼だったか。……うん、今の発言は軽率すぎたな。反省。
「……ご、ごめん。でも、あまりにも唐突すぎて信じられないというか……それって僕個人の人間性に関心があるとか、そういうレベルを超えて、異性として魅力みたいなのを感じてるってこと?」
「当たり前じゃないですか。……それにしても、なぜそんな回りくどい言い方をされるんしょう? 私は『交際を前提に』とはっきり申し上げました。その時点であなたに好意を持っていることはきちんと伝えているはずなのですが……」
「……いやいや、だっておかしいでしょ。僕たちは今までまともに話したことなかったのに、昨日の一件でいきなり好意を抱くとか……。しかもあの時って――自分で言っといてアレだけど、僕、鷺沢さんに相当失礼なことを言ったよね? 常識的に考えて、自分のことコケにするような真似をした相手に好感を持つとかありえないでしょ……逆はあっても」
あの一連の無礼な言動のどこに、好感を抱く要素があったというのか。まったく理解不能である。 ……Why? ワケガワカラナイヨ。
そして、ただただ困惑する僕をよそに、鷺沢さんは言葉を続ける。
「……初めてだったの」
「……へ?」
「今まで私に言い寄ってくる男の人たちって、皆まるで何かを期待するような目をしていたんです。一見親切をしてくれているように見えて、その目には隠しきれない下心がありありと滲んでいる……。もうずいぶん前から気付いていたんです。結局、彼らは私の見てくれが人より多少良いから優しくしてくれるのであって、誰も私の内面なんて気にかけていないことに」
「はあ……」
うーん、言っていることはわかる。……が、今の話は僕に好意を寄せることに全くつながらない気がする。
僕は今に至るまで、鷺沢さんが求めているような、彼女の内面を評価するような発言は一切していないし、そもそも知りたいと思ったことすらない。
逆に、「外見がいいからって自惚れるなよ」的なことを言った覚えはあるが。
「そんな経緯から、私が今のように若いうちは、男性とまともに恋愛をすることは無理だと諦めていました。だって同年代の男性は、皆私の容姿にしか興味がないと思っていましたから……。けれど、彼らも歳を重ねてゆけばいずれ外見以外の重要性に気付いて、いつかは私の内面も見てくれるようになるはずだと。」
「……う、うん」
「だから、その時が来るまで恋愛事はお預けにしようと決めていたんです。……でもそうはいっても、私だって一応は年頃の娘ですから、色恋に無関心でいられるはずもなく、憧れは日に日に募っていくばかり……。そして、そのやり場のない思いのはけ口が、あの……え、エッチな小説だったのです」
「……そ、そうだったのか」
なるほど、どうやら彼女があんな小説に手を出していた背景には、うら若き乙女の知られざる苦悩が隠されていたらしい。
……でも、寝ぼけていたとはいえ、カバーすらかけず学校にそんな危ないモノを持ち込んじゃう神経は全く理解できないがな!
「けれどあなたは違った。私に色目を使うどころか、途中からまるで残念な人を見るかのような冷めた目で私を貶し、挙げ句去り際には『僕は君のことなんて何とも思ってないし、容姿が良いからってだけで君を好きになるなんてありえない』とまで言い放ったのですから」
「……そ、その節は大変申し訳なく――」
「確かに、あの時私が失礼な誤解をしてあなたに不快な思いをさせたのは事実です。……ですが、最後のあの一言はさすがに堪えました」
「…………返す言葉もございません」
「……屈辱でした。あの後あなたが教室を去ってからしばらくの間、私は言い知れぬ怒りと悔しさに一人震えていました。……男性の方からこれ程までにぞんざいな扱いを受けたのは、あのときが初めてでしたから……」
「…………。」
いや、もうホントすみませんでした!
あの時は、こっちがリスクを冒してまで落とし物を届けようとしてたにもかかわらず、当の鷺沢さんからは露骨に面倒くさそうな対応をされたことに、少なからず鬱憤がたまってたんですよ。
しかも僕のことを、口止めの対価に体を要求するようなゲス男だと思ってたみたいだし。
だから少しでもそれを晴らそうと、ついつい毒づいちゃったという……。
「でも、あの冷めた憐みの視線を思い出すたび、体がぞくぞくして、ひどく胸がざわめきました。手ひどく貶されたはずなのに、同時に私の容姿など歯牙にもかけない男性が身近にいることを知って、その事実がたまらなく嬉しくて……どうしようもないほどに心を躍らせる自分がいました。」
「…………ん?」
「あなたの口ぶりや表情から、あの発言が単なる虚勢や強がりではないことははっきりと見て取れました。だからこう思ったのです。『この人なら、外見に囚われずに、真剣に私の内面を見てくれるのではないか』、と。」
「……いや、流石にそれは飛躍しすぎ――」
「それからというもの、寝ても覚めても奥村くん……あなたのことしか考えられなくなりました。そして、しばらくして気が付いたのです。『……ああ、これが恋なのか』と。……奥村くん、どうか私の心を虜にした責任を取ってください」
「…………。」
頬を赤く染め、若干上目がちになりつつも僕の瞳をまっすぐ見据え、真剣な眼差しを向ける鷺沢さん。
今までの発言については色々思うところがあるものの、その真摯な声のトーンや表情から察するに、彼女の想いが本物である事にもはや疑いの余地はあるまい。
僕に対して嘘偽りのない本音をさらけ出してくれているのも、はっきりと伝わってきた。
しかし…………しかしだ……。
『責任を取ってくれ』なんて言われても困るんだよなあ……。
期待を込めた眼差しを向ける彼女を前にして、僕は明確な返答も出せぬまま、ただただ困惑するばかり。
……やはりこの難局を乗り切るには、まだ少し時間がかかりそうだ。
次回でクライマックスです