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少しやり過ぎました



 ――――時は来た。

 

 放課後、終礼が終わるや否や、僕は屋上入り口の扉の前のスペースに直行していた。

ちなみに、例の小説は肩にかけているカバンの中に入ったままだ。


 最初からソレを手に持っていたほうが説明も省けて手っ取り早いのだが、万一ここに彼女以外の誰かが来た場合、僕が人気のない場所で隠れていかがわしい本を読んでいると誤解されかねない。

 エリートぼっちの僕は、集団の中で目立たないよう常に不測の事態に気を配っており、リスク管理にも余念がないのだ。

 



 そして、『できれば放課後すぐ』という僕の頼み通り、待つこと数分で件の人物は姿を現した。


「……あ、早く来てくれてありがとう。その……今更こういうこと聞くのもアレなんだけど、無理言ってなかったかな?」

「……いえ。特に何もないのでお気になさらず」

  

 待ち合わせの場に現れた彼女は、相変わらずの無表情に加え、冷ややかでそっけない反応だった。

 ……ハァ、その様子じゃやっぱり気づいてくれてないのね……。もう期待してなかったけどさ。

 


「あー……、わざわざ僕がここに鷺沢さんを呼んだ理由なんだけど――」

「――――!」

「!? ど、どうしたの?」


 僕の発言の何かが引っ掛かったのか、どこか虚ろで退屈そうだった彼女の瞳が、急にパッっと見開かれた。

 ……まさか、アレを渡そうとしてることに今この瞬間気付いたのか!?



「……今、“僕”って――あ、……いえ、何でもないです! 忘れてください」

「………………あー、そういうことね。……うん、この見た目で一人称が“僕”ってやっぱり違和感あるよね……ハハハ」

「……あ、いえ……そんなことは」

「いいよいいよ。実際、初めて話す人にはよく言われるし。『自分のこと僕っていうんだ、意外』って」

「……そ、そうなんですか」


 いや、そっちかーーーーーい。

 ……まあ、確かに言われ慣れてるし、自分でもそうだと思うんだけどね。


 そういえば、今まで自分の見た目について言及してなかったが、僕は結構な強面だ。

 まず目つきがかなり悪いうえに、身長は180ジャストで肩幅もやや広めと、体格もそこそこいかつい。

 

 そんないかつい面した野郎の一人称が“俺”ではなく“僕”なのだから、そりゃあ違和感を覚えるのは無理もない。……まあ、どれだけ他人に笑われようが、断固として“俺”などに鞍替えする気はないが。



 性格だけでなく、この威圧感を与える外見も、僕がぼっちである要因に一役買っているのだ。



「……まあそれはともかく、僕が『渡したいモノ』っていうのは、単刀直入に言うと……昨日鷺沢さんが落とした本なんだよね」

「……本、ですか……?」

「……あー、その様子だと落としたこと自体気づいてない感じか。……えっと、これなんだけど――」


 相変わらずいまいちピンと来ていない様子の彼女の眼前に、僕はカバンから取り出した例のエロ小説を差し出す。


「どう? この本に心当たりある?」

「――――ッ!!!!?」



 パシィッ!!!!



 少し前までの無表情が嘘のように、ワ●ピー●のエネ●顔負けの驚愕の表情を浮かべた鷺沢さんは、光の速さで僕の手から例のブツをひったくった。うむ……さすが雷神。


「どどどどうしてこれを!!?」

「……いや、鷺沢さんは覚えてるかどうか知らないけど、昨日の放課後、僕とぶつかったじゃん? そのときカバンから散らばって回収され損ねたものがソレなんだよね。……なんせ事故現場からちょっと離れたとこに落ちてたから、発見できなかったのも無理ないけど」

「…………そ、そんな。確かに『ないな』とは思っていました……。でも、おかしいです……コレを学校に持ってきた覚えなんてなかったのに……」

「うーん……、じゃあ間違えてカバンに入れちゃったとかじゃない? 鷺沢さん、朝弱かったりする? だとしたら、寝ぼけてノートとかと一緒にカバンに突っ込んじゃったっていう線も……」

「――――はッ!!! そ、そういえば……!」



 まさかの図星かい。



「……あの、つかぬことをお聞きしますが、この件をすでにほかの誰かにお話しされたりとかは……?」

「もちろん誰にも言ってないよ。……というか、そのためにわざわざこんな所にまで呼び出したんだからね。言いふらすとしたら、そもそも本人に返しになんか来ないよ」

「そうですか……。あ、ありがとうございます」


 秘密が暴露されていないことを伝えると、鷺沢さんはほっと胸をなでおろした。

 そしてここでようやく、彼女は僕に呼び出された理由を理解してくれたようだ。


「どういたしまして。……まあ、余計なお世話だろうけど、今後は気を付けた方がいいよ。悪意を持った第三者に拾われたら、それこそどうなるかわからないからね」

「……は、はい。でも……」

「ん? どうかした?」


 軽く忠告をして、僕はそろそろこの場を去ろうとしたのだが、鷺沢さんの方はどうやら何か言いたげだ。

 

 何故か顔を赤らめつつ、両手で自分の体を抱くように身を縮め、僕から一歩後ずさる。



「……それで、私は何をすれば良いのでしょうか? 勿論タダというわけにはいかないのでしょう?」

「…………は? 何の話?」

「で……ですから! 口止めの見返りに……い、いやらしいことを要求するんでしょう? この……、エッチな小説みたいに……」

「……いや、するわけないじゃん。馬鹿なの?」

 

 何を言いだすかと思えば……。この子は阿呆なの? それとも色ボケか?



「ばっ……!? バカ!?」

「……あ、これは失礼。でも、流石にそれはないんじゃない? そういう漫画や小説の読みすぎじゃないかな?」

「んなっ……!?」

「大体さあ……、口止めの対価に体を要求とか……、悪いけど僕、そんな下衆みたいな趣味は持ち合わせてないんだよね。……いくら僕が根暗ぼっちだからって、そんな風に思われるのは心外なんだけど」

「……あぅ、ご……ごめんなさい」


 流石にゲス男扱いされて黙っていられるほど寛容な性格はしていないため、いくぶん語気が鋭くなってしまう。

 それにこの際だし、最初彼女に話しかけられたとき嫌な顔をされたり、ため息をつかれたりしたことについても、それとなく詰めておこうか。……意趣返しの意味も込めて。



「あとさ、僕が最初に鷺沢さんに声をかけたとき、すごく嫌そうな顔してたよね? その後ため息までついてたし」

「……そ、その節については本当に申し訳――」

「まあ大方『また面倒な男に絡まれた』とでも思ってたんだろうけど、とんだ誤解だからね? ……こう言っちゃなんだけど、僕は鷺沢さんのことなんて(はな)からまったく興味なかったし、現に今だって別に何とも思ってないから」

「…………ぐふっ!!?」

「そもそも、ぼっちガチ勢の僕が、『多少見た目が良いから』なんて単純な理由で、一度も話したこともない人を好きになるとか、まずその前提からしてあり得ないんだよね。……まあ他の男の人がどうかは知らないけどさ」

「…………。」



……いかん、ついつい怒涛の勢いで苦言を浴びせてしまった。


 そして、その被害者である鷺沢さんのほうはというと、まるで魂が抜けたかのような虚ろなまなざしで、呆然とこちらを見つめている。

 そのやつれきった表情は、まるで生気を搾り尽くされたゾンビのようだった。


 もはやこの状態では、せっかくの美貌も台無しである。

 ……うん。少しやり過ぎたな。


「……あ、いや……ごめん。つい言い過ぎちゃった。……その、用も済んだことだし……じゃあ僕はこれで」



 それだけ言って僕は回れ右をすると、そそくさと階段を降り、逃げるようにして彼女のもとを去ったのだった。



 最後はアレだったものの、肝心のブツは他人に目撃されることなく無事に届けられたし、この件は一件落着とみて問題ないだろう。

 そう、こうして学内の平穏は守られたのだった。……ほかならぬこの僕の尽力によって。

 


(……ふぅ、これで明日から、またいつもの平和で気楽なぼっちライフに戻れる……。どうせこの先彼女と関わるようなこともまずないし、変に恨みを持たれていない限りは大丈夫だろう)




 ――ところが、僕のそんな甘い見通しは、翌朝あっけなく裏切られることになる。






「――おはようございます。奥村くん」


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