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灰塵の崩落

作者: 鈴木龍

悩みを相談するなら、どんな人がいいでしょう。

そりゃ親身になってくれる人の方がいいのかもしれません。でも、たまには無責任に答えてくれる人の方がいいこともあると思います。そんなお話です。

灰塵の崩落




鈴木龍




 灰が降り積もったような空。その空は崩れ落ち、落ちた灰の欠片は、私の頭に白く降り積もる。空は崩れても崩れても、太陽をひた隠しにした。目の前が見えなくなる。この状態で自転車に乗るのは不可能だろう。諦めた。


「ううん」


 ふざけるな、という感情を込めた嘆息。全く雪が降らないな、などと抜かしていたのは一日、なんならほんの八時間くらい前なのだが。今日の一限目に間に合うわけがない。諦めた。というか、ほぼ確定で単位を落としている。そんなもののために必死になる必要はないのではないだろうか。そう思っていることが伝わったのか、風が、私の残りわずかなやる気を吹き飛ばした。


 やめた。やってられるか。


 私は、轍をなぞっていくことにした。空が落とした灰は、私の轍を隠していく。この空は私を前に進ませたいのか、そうでないのか、はっきりしない。だが私は帰る。決めたのだ。この寒空の下、わざわざ布団から出て、わざわざ自転車に乗り、わざわざ駅まで来たが。その全ての苦労、苦痛を以てしても、私の足を学校へ向かせることはできなかった。


 ――俺さ、最近不安なんだよね。このままでいいのか。


 何となく、八時間前のことを思い出した。同じ学校の友達と、深夜までオンラインゲームに興じていた。別に、寝坊したのはゲームとは関係ない。シンプルに、やる気と部屋の気温の問題である。


 彼は、仮称A君は、私と同じ学部、学科の同級生。フルネームは、まぁ、彼のプライバシー保護のため、伏せようと思う。で、そのA君は大学一年生の後期にして、将来に不安を抱いているらしい。単位のことをはじめとして、人間関係、就活、友人関係、などなど。彼曰く、人生に不安を感じるのは仕方ない。だからどうにかそれを減らしていきたい。どうすればいい。ということなのだ。正直、知らねぇよ、と言ってやりたいところではある。しかし、相談してくれるということはそれなりに信頼の証だろうし、無下にするのは良心が痛む。私の天秤は、知らねぇよ、よりはマシな答えをする方に傾いた。


 とはいえ。同い年の私にそんなことを相談されても、彼の納得する答えを返せるとは思えない。別段特別変わったところもない私に、何故こんな相談をするのか。いや、だからこそかもしれない。


 そこまで考えた時、はっとした。私の悪い癖である。思考が関係のない方にばかり動き、肝心なところが進まない。直さねば、とは思うものの、それで治れば苦労はしない。


 不安を感じるってことは、向上心の表れだと聞いたことがある。現状に満足していないから、不安を感じる。よりよくなれると思っているから、不安を感じる。不安を感じてしまうことは、何も悪いことではない。悩みのポイントは、不安を感じる。それだけに絞られる。私には未来予知の能力も未来決定の能力もない。そのため、彼の将来への不安を直接解決することはどうしてもできない。であれば、私にできることは、その不安を認めることだろう。不安になることを、前向きに捉えられるようにする。それが、悩みを相談された私にできること。不安を感じるのは仕方ないと彼は言う。しかしそれでも感じているということは、自分のその仕方ない、という言葉で消化しきれていないということなのだ。


 向上心がある。ならば、きっかけを与えれば上達するだろうし、やればできるのだろう。こういう時は、数がモノを言う。資格をたくさん取ったりとか、そういう風に目に見えるとなお良いかもしれない。


 私は、「私は自分の発言に責任は持たないけど」といつもの前置きをする。彼は「それでもいいよ」と言う。


――不安を感じるってことはまだできる、って思ってるってことだと思うんだよね。その気持ちをどこかにぶつけてみればいいんじゃないか。新しいことに挑戦するとか。なんか資格取ってみるとか。幸い大学一年生だ。時間はある。できることを増やせば、不安も消えるんじゃないかな。


 私の返答に、ボイスチャットの向こうの彼は、なるほど、と息を吐きながらつぶやいた。


 家にたどり着き、玄関前に自転車を止めて、扉を開く。ガレージに車がないから、多分誰もいないのだろう。家の中の空気は、五度くらいに感じた。広くてからっぽな玄関で一つ息を吐いて、私は靴を脱いだ。すぐ左手の自分の部屋に入り、コートを脱いで、気が付いた。コートやリュックに積もった空の灰は、溶けて水になって湿らせていた。部屋のカーペットまで濡らしたくはない。私は玄関へ戻ると、コートとリュックをはたいた。


 あぁ、実に、実に理不尽極まりない。私は何もしていないというのに。少し寝坊して、少し遅刻して、少しさぼって、少し単位を落としただけなのに。外へ出るだけでこうなるのなら。私はずっと家の中にいたい。


 コートとリュックを所定の位置に戻して、ベッドの枕元にある充電器を、机に挿しかえる。ポケットからスマホを取り出すと、仮面ライダーの上に通知がいくつか重なった。LINEがきていた。公式アカウントの、実質スパムメールみたいなものの中に、例の彼から写真が送信されているのを見つけた。


「行動力の化身かよ」


 どうやら、昨日のアドバイスは、多少彼の役に立ったらしい。


 私は、少しだけ前向きな気持ちになった。カーテンを退かして、部屋に光を取り込む。部屋の窓から見える世界は、崩れ落ちた空の灰で埋め尽くされていた。つくづく、外にいなくてよかった、と私は自分の行動に先見の明を感じる。


 そして、彼のおかげで少しだけ前向きになった気持ちで、PS4の電源を付けた。


 とりあえず、私も何か挑戦してみよう。九時間前と同じ体勢でモニターに向かい、同じゲームを起動した。


「目指せプレデター」


 私は、最高ランクを目指して指を動かし始めた。




――特に意味はない。しかし、何となく、こうじゃなくちゃダメなのだ。


 私は雪だるま奉行だった。いや、そういう言葉が存在するのかどうかはわからないし、まぁ恐らくそんな言葉は存在しないだろう。しかし、私の在り様はまさしく雪だるま奉行であった。つまり、鍋奉行のようなものだ。雪だるまを作るときに、とやかく口を出す。小学生くらいまでの話だが、今思い返せば何故そんなことをしていたのかよくわからない。


 ただ、特にその行為や言動に意味はなく、でも何となく、納得いかないのだ。


 今日も今日とて空は灰に埋め尽くされ、大地には、空に留まり切れなくなった灰が降り溜まっていく。ここに来るまでに何度か心が折れかけたが、今日休んだら単位を落とす、という事実が私の足を進ませた。駅前からはスクールバスがあるし、それに乗ってしまえばあとはあっと言う間なのだが。バスに乗るまでが大変なのだ。


「ねぇ、聞いてる?」


 何も聞いちゃいないが、私は適当に「聞いてる、聞いてる」と相槌を打つ。


 彼女、仮称Bさんは、疑わし気な目を向けてきた。まるで、ほんとかなと言わんばかり。失敬な。嘘だとも。


「私はチキン派かな」


「は? 何の話?」


「え? ビーフオアチキンの話じゃないの?」


「全然違う!」


 まぁそんなことは百も承知だとも。華の女子大学生が学食でお互いに豚の生姜焼き定食を食しながら、そんなことを話すわけがない。いや、ゼロではないかもしれないけれど。ちなみに、私は本当にチキン派だ。


「バイトがだるいって話!」


 うーん、至極当たり前のことである。どうせそんなことだろうと思っていたからなんの興味もなかったのだが。まぁ、意味のない会話にひたすらに時間を費やすのもいいのかもしれないな。バイトしてないから私は暇を持て余しているし。


「そーぅだなぁ」


 仕事はだるい。面倒。つらい。苦しい。でなくては、アルバイトなどというものは存在しないし、労働の意味がない。苦労して稼いだお金だから大切だし、そのありがたみがわかるというものなのだろう。私はアルバイトなるものをしたことがない。故に知った風な口はきけないだろう。それで怒るような友人ではないが、彼女が求めているのはそれではないのだ。


「まぁ、だるいよね。仕事だしね」


 私が適当に同意すると、彼女はえらく頷いた。彼女は私がバイトしていないことを知っているはずだが、そんな奴の適当極まりない同意でいいのだろうか。いいのか。じゃなきゃ私にこんなこと言わないもんな。


「なーにが嫌ってさぁ、面倒臭い客が来るんだよね。しかも私のシフトのタイミングに合わせてるのか、ってくらい完璧なタイミングで」


 うーん、私は敏感に面倒事の匂いを感じた。しかし、ここで上手く話を切る口実も思いつかない。仕方なく私は彼女の話にもう少し耳を傾ける。


「私は基本、毎週金曜の夕方にシフトなんだけどね。その時間になると毎回、面倒くさい客が来んの。近くのキャバのキャッチのお兄さんなんだけど。しつこく声かけてくるんだよね」


 どうせそんな話だろうと思っていたが案の定で、私としてはとても避けたい事案である。何せキャバの!キャッチ!ろくでなし!九割くらい偏見だが、あながち間違いではないだろう。少なくとも、今回のケースのキャッチはろくでなしということだ。


 彼女が駅前のラーメン屋でバイトしているということは知っている。場所までは知らないが、まぁキャバがあるということは、位置は何となく想像がつく。シフトが把握されているかもしれない、と聞いたときはえげつない面倒事の予感があったが。まぁ入る時間がある程度決まっているのなら、客側でも簡単に予測を付けられるだろう。さて、問題はここからである。


「キャバで働かないか、って?」


 彼女は頷いた。で、なんだ。という話だがまぁ、これは言ってはいけないというか、察せという話だろう。つまり、彼女はバイト先にくる面倒な客に困っている。のでどうにかしたい。その解決に向けての一案を出せ。そういうことであろう。


 うん、わからん、知らん、面倒くさい。と、いう気持ちを押し込めて、私は必死に頭を動かす。彼女は、適当な返しをしただけでは納得したり満足したりするようなタイプではないということはわかっている。満足しなければ同じ話を延々と聞かされる。それなりに現実味のある対抗策を講じる必要がある。


 その道のトラブル解決のプロではない私やBさんでは、相手との対話によって解決を目指すのは危険。それに、上手くやれる自信はない。となると、解決策の方向性として最も現実的なのは、Bさんに動いてもらうことである。


「シフトの時間ずらせないの?」


「うーん、できないこともないけど。でも、それはそれで大変なんだよね。今の講義の流れ的に、一番いいのは金曜の夕方なんだよね。他の曜日、時間だと微妙に合わない」


 まぁ、それが出来れば苦労はしていないだろう。期待はしていなかったが案の定であった。では、何か他に方法はないか。話を聞く限り、Bさんのバイト先は一定の時間でシフトを回すタイプっぽい。そうなると、一時間だけずらす、ということができない。だとすると、時間を変えると、大きく予定も変えなくてはいけないのだろう。


 いっそバイトを変えたらどうだ。と、言えないわけではない。だがまぁそれは最後の手段だろう。彼女には彼女なりのコミュニティがあったり、都合があったり、プライドもあるかもしれない。


 誰かに相談する、というのはどうか。まぁ現に私に相談を持ち掛けているわけだが。私が思っているのはもっと解決力のある大人に相談する、という意味だ。しかしこれは事を大ごとにする可能性がある。彼女がそれを望んでいないなら、そうすべきではないだろう。


 ほかの人に相談したら?とか、バイト辞めたら?とか、そういうのは投げるのと変わらない。他の方法を考えなくては。


 Bさんがふっと立ち上がって「相談料。学食おごったろう」と言った。私は対策を考えていた頭からの切り替えに一瞬時間を要する。そして、少し間をおいて「カツ丼」と言った。彼女は「了解」といって券売機の列の一部となる。


 日時、場所を変えずに、対応する方法。そして、キャッチの男と直接対応せずに済む方法。


 ……思いつかない。どこかを妥協する必要がありそうだ。


 そもそも、私は彼女から相談を持ち掛けられるといつも、「自分の発言に責任は持たない」と言っている。そんな奴にこんな重要なことを相談するな。という気持ちにも少しずつなる。しかし、相談料として学食おごってもらうし、私も一瞬、三八〇円のうどんを頼もうとして、四八〇円のカツ丼に切り替えたのだ。投げ出しては申し訳が立たない。


 そもそも、なぜ彼女がキャバのキャッチマンに働かないか、と誘われているのか。おそらく見た目がそれなりに派手だからだろう。あと若いから。


 ――見た目か?


 私は、お渡し口のところに並んでいる彼女を眺める。明るい髪色、少し濃いメイク。ひざ丈くらいのスカート。うーん、キャバで働いていてもおかしくはないかもしれない。学食のおばちゃんからカツ丼を二つ受け取って、私のところへ戻ってくる彼女に、第一声「見た目だ」と言った。


「え?」


「人当たりがよくて、見た目がそれなりに派手で、そして若い。キャバで働くには最適な人材といえば最適なんだよ。誘われるのもわかる」


「お、おう?」


「これからできる対策は全部で三つだ」


 私はカツ丼を受け取り、食べる前に手を合わせ、そして箸を丼に挿しいれる。卵にとらわれたカツをひと切れ、箸で持ち上げる。


「一つ。シンプルに曜日、時間を変える」


 カツを口に入れる。卵、衣、めんつゆの味が立て続けにやってくる。肉をひと噛み、ご飯を口に入れる。ご飯にも染みた、めんつゆの塩味。噛むほど増すご飯のほのかな甘み。もう一つ、私はカツを箸で掴む。口の中のカツとご飯を飲み込んで、「んで」と続ける。


「二つ。バイトを変える」


 また、カツを口に入れる。作り置きのカツは、出来立てよりもサクサク感がない。しかし、だからこそ、卵とめんつゆがよく合う。一切れ食べて、リュックに入っているお茶を一口。そしてもう一切れを箸で掴む。


「三つ。見た目を変えるんだ」


 一つ目、二つ目は予想通りだったらしいが、三つ目はどうやら盲点だったらしい。Bさんは首を傾げた。


「どゆこと? 整形?」


 Bさんがどこまで本気で言っているのかわからないが、少なくとも私は全力で首を横に振った。


「ほら、女は化粧で化けるっていうじゃん。つまりそういうこと。声をかけられるのは少なくとも見た目の影響もあるだろうし」


 Bさんは、ふむ、と顎に手を当て、考えるような仕草をする。私は、彼女が吟味している間に、カツ丼の残りをかき込んだ。そして、時間を確認する。


「げ、もう十二時二十分過ぎてるよ」


「え! うそ!? マジだ、ヤバ!」


 私とBは、慌ただしく席を立つと、食器を下げて、走った。そして、その日の講義はもう終わりで、私はそそくさと帰った。別にBさんと特に仲がいいわけでもない仲が悪いわけでもないが、特別話すこともないだけである。今日が特別だったのだ。


 私が家に着いた頃、Bさんからの通知に気が付いた。今日はありがとう、参考になった。と、彼女は律儀に連絡してくれた。


 私は、少し照れくさいような、しかしやはり面倒くさいような気持ちで、一言、「何か起きても責任取れないからね」と、相変わらず無責任極まりない返事をした。


 結局、私は一度も理想の雪だるまを作れたことなどなかった。雪だるま奉行でありながら、試行錯誤の末にたどり着いたのは、妥協。仕方ないだろうとは思うものの、同時にどこか悔しさもあった。


 部屋の窓の外の景色は、日に日に空の灰に埋もれていく。なんだか、お葬式みたいだなと思う。やはり冬は死の季節だ。しかし、冬には冬の生がある。雪だるまは冬しか生きられないのだから、その典型例だろう。


 少しだけ、外に出てみようか。久々に奉行の血が騒ぎだした。


 ヒーターが効いた部屋から出ると、無駄に広い玄関はものすごく寒く感じた。


「やめよ」


 思考には一瞬の隙も無かった。どこへ行ったか奉行の血。


 結局私は、いつも通りPS4の電源を付ける。はてさて、私が外へ出ずにこんなことをしていて、しかしいつかプレデターになれるのか。それなら、若いうちに外に出た方が遥かに有意義なのでは?


 私は邪念を振り払い、ゲーム画面に向かった。


「とりあえず、キルレをあげないとなぁ」


 キル……、敵を殺した数と、デス……、敵に殺された数の比率をキルデス比とか、キルレベル、キルレと言ったりする。


 大学生の本業は人生最後の長期休暇を満喫すること。即ち、寒い思いして外に行くことではない。家でゲームすることこそ、正しい大学生のあり方であるのだ。




 私は、そんなに悩みを相談してほしそうな表情をしているだろうか。それとも、そんなに悩みを相談しやすいだろうか。


 私に特別悩みはない。なんか悩みは? と聞かれれば正直にない。と答える。それがいけないのだろうか。しかし、大学生の悩み=恋、みたいな風潮がある世の中、少なくとも私の身の回りでは、迂闊に悩みがあるなど言うのは自殺に等しい。


 かと、言ってだ。


 こうも立て続けに悩みを相談されては私も困るのだ。なぜなら面倒事大嫌いな怠け者マンだから。さらに、自分の発言で誰かが面倒事に向かうと思うと、なお嫌である。何か起きた時に責任取れないし。


 この一週間、色々な人から悩みを相談された。


 月曜日。高校が同じだった友人から、「彼女が欲しい」と言われた。


 私は、以前からこいつがこう言っているのを知っている。なんなら一番聞いている。だからこそ、そのうえで私は、「知らねぇよ。自分磨きしろカス」と言ってやった。


 火曜日。学科が同じ友人から、「お金がない」と相談された。


 そんなもの、社会で生活している人間であれば一生言っている悩みではないか。現に私もお金ない。まぁ、バイトもせずにゲームばっか買ってりゃそうなるか。兎にも角にも、私にはどうしようもない。彼女には一つ上の彼氏がいるのを知っているので、「彼氏にねだるしかない。色仕掛けだ」と言っておいた。その後、彼女のTwitterのタイムラインに上がった写真を見る限り、彼氏にちょいちょいおごってもらっているらしい。


 水曜日。違う学科の友人から、「一人暮らしが大変」と言われた。


彼女は、よく一人暮らしマウントを取ってくるタイプの人間だから、まぁ今回のもその一種なのだろうが。死ぬほどどうでもいい。だって私は実家暮らしだもの。君の一人暮らしがどれだけ大変だろうが、私には一ミリも関係ない。そして、共感もできない。が、そうは言えない。無用なトラブルほど面倒なものがないのも知っている私は、「そっかぁ、大変やね」と、適当な相槌を打っておいた。


 木曜日。同じ高校出身で、同じ学科の先輩から、「一年生ってノリ悪くない?」という相談を受けた。


 いや、私も一年生ですし、なんなら一年生で一番ノリ悪い自信ありますがね。まぁそういうことじゃないんでしょう。わかってます。一年生のノリの悪さは、度々言われることだ。まぁ、今年の一年生の多くはノリが悪く、真面目な生徒が多い。私はそれがダメなことだとは思わないが、まぁ確かに何度誘っても断られたりしたら、誘う側は辛いだろう。私は、「先輩が怖いんじゃないですか」といいつつも、「もっと交流しやすい場を増やすといいんですよ。飲み会じゃないヤツ」と、答えた。


 そして、金曜日。今日に至る。


 しかし今日は、まだ誰にも何も言われていない。このまま授業が終われば逃げ切れるのだ。さっさと帰りたいとはいつも思っているが、今日はいつも以上に思うのであった。


 しかし、何故みんな私に悩みを相談するのか。


 それも、どれもこれも、基本的にはどうしようもない話ばかり。まぁ、彼らも私の意見のみを頼りにし、そしてそれを行えば解決するだろう。なんて思っているわけじゃない。と信じたい。が。


 私は、自分がよくわからない。昔色々あったせいで、自分が男なのか女なのか、その辺の境界も曖昧だ。身体は女だが、心は女ではない。とは思うが、別に男なわけでもない。こういう精神病とかもあるのだろうが、知らない。興味もない。


 別に、だから何が変わるわけではないのだ。医者に言って、病名があれば治療もできるだろう。しかし、今私は困っていないし、病気だとも思ってない。加えて、他の皆も特段気にしていない。


 別に、私は普通の人間なのだ。運動が得意なわけでも、絵が得意なわけでもない。でも、誰かと比べて、自分が劣っているとは思わない。


 何がどうあっても、私は私なのだ。


 これから先も、ずっと。未来も、過去も。それは変わらない。


 未来に不安を抱くこともない。なぜなら、未来も私は私だから。今が幸せで、でも、もっと幸せになる方法もあるだろう。それをしないのだ。もしこれから先、どんな時代になったとしても、私は何も変わらず、こうしてゲームをしているだろう。


 誰かに声をかけられることなど、まぁそもそもあまりないが、それも別に何でもない。何処にいようが、私は私。何をしようが、それが私。好きとか嫌いとかではない。純然たる事実がそこにある。それだけなのだ。そして、もし嫌な外的要因があるなら、それ相応の対応策がいるだろう。その過程で、私に身体的実害が少なさそうなものを選ぶ。例えば、髪を切ったり、化粧を変えたり。でもそれが変わっても、中身は変わらない。であれば、どんな格好でも、同じだろう。


 恋愛対象がどっちかわからないが、誰を、もしくは何を好きになり、何に性的興奮を覚えようが、それは私。受け入れられる、とか人と違う、とかじゃない。それが私だ、ということである。


 お金はないが、持っている金の限界で活動する。ゲーム買いまくって、家でひたすらやる。それで終わり。外へは行かない。別に、それを辛く感じることはない。だってゲーム楽しいし。


 一人暮らしは大変だろう。でも、一人暮らしだろうが、実家暮らしだろうが私は私。多分何もやらない。堕落の果てにどうなるのかわからない。もし、溜まりに溜まったらやるかもしれない。でも、それは私がそういう人間であった、というだけで、それが別に大変とかそういう話ではないだろう。


 ノリが悪いことも、別に私は問題に思わない。問題を感じている人はいるかもしれないが、私はそういう人間なのだ、と受け入れてほしいものだ。自分の波で生きている。人の波に乗れるかどうか、というのがノリがいいというのなら、私は下手なサーフボーダーでいい。一生波に飲まれていい。


 そうか。と何かが腑に落ちた。私は、こういう人間だから。これでいいと思うから、誰かに何かを相談されても、それを受け入れるから相談されるのか。


 悩みがある人は、常に誰かに助けを求めている。それを受け入れる存在であれば、きっと彼ら彼女らは、喜んで頼るだろう。そういう存在として、私が認知されてしまっているのだろう。


「うーん」


 悩みを相談されるのは、面倒である。しかし、だ。でも、悩みを受け入れるのは私。それも私である、というそれだけなのだ。じゃあ、もうなんでもよいのではないか。


 これから先も、悩みを相談されても、今まで通り、適当なことを言っていればいい。


 こんなことを考えるということが、そもそも時間の無駄だったのだ。


 正面出入口から外に出ると、灰の空に穴が開き、その穴から光が降っているのが見えた。街に刺さる光を見て、いよいよ死の季節を超えたな。という感じがした。


 春は生の季節だろう。紛れもなく。


 季節は不死鳥のようだ。所謂火の鳥。


 生まれ、燃え盛り、燃え尽き、灰になり、また灰の中から生まれる。


 無限の灰の空は崩落しつくし、綻びが生まれ始めたのだ。


 さっさと家に帰ってゲームやろう。春の陽気に当てられ、私は今日もコントローラーを握るのだ。



私は人の悩み相談に対して、割と無責任に答えてます。基本的に必ず、俺は責任持たないぞ、と言ってから答えてます。そんなシンキングがスタートのお話でした。


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