表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ここにいるよ

作者: 曲尾 仁庵
掲載日:2020/03/07

 喫煙室で一人、


 煙草を吸っている。


 煙と共に吐き出した何かが


 目に染みた。


 優秀でもないし、


 特別でもない。


 何かを為し得たわけでもない。


 だけど、


 実力も実績もない人間は


 生きていてはいけないのだろうか?


「ここにいるよぉー」


 そうつぶやいた自分の声に


 少し笑った。




 夕暮れの歩道橋の上で、


 ふと足を止める。


 歩道橋の下では無数の車が行き交い、


 どこかへと向かっている。


 慣れないヒールにつま先が痛む。


 新品のスーツが似合わない。


 必ずお役に立ちますなんて


 そんな嘘ばかり並べて。


 夢や明確な目的なんて持っていない。


 だけど、


 自分を言葉で説明できなければ、


 すべてを否定されてもしょうがないのだろうか?


「ここにいるよ」


 夕日がまぶしすぎて


 少し笑った。




 大きなホールのエントランスで、


 着飾ったママが何か言っている。


 ――この子は本当に手のかからないいい子で


 ママの後ろであいまいに微笑む。


 ――お勉強も習い事もなんでも一番なの


 好きでやっているものは一つもないけれど。


 好きなものがあったはずなのに、


 何も思い出せない。


 それはあなたにふさわしくないと、


 ママがそう言ったから、


 夢を見るのはやめてしまった。


 からっぽの自分が、


 たまらなく嫌い。


 だけど、


 いい子でなくなった僕を、


 ママは見捨てずにいてくれるだろうか?


「ここにいるよ」


 飲み込んだ言葉の代わりに


 少し笑った。




 帰り道、


 じゃあね、と言って手を振った。


 後ろ姿を見送り、


 手を降ろす。


 仲の良い、


 たぶん、仲の良い友達。


 明日の他愛ない会話のために、


 今日もこれから興味のない動画を漁る。


 置いていかれないように。


 浮いてしまわないように。


 だけど、


 本当の私を深く沈めて、


 私はいったい何がしたいのだろう?


「ここに、いるよぅ」


 つぶやきをさらう風の冷たさに、


 少し笑った。




 病院のベッドで、


 風に揺れる白いカーテンを見つめる。


 窓の外からは


 子供の笑い声が聞こえる。


 枯れ木のように細る身体。


 人の手を借りてようやく命をつないでいる。


 自分自身のことでさえ


 自分では何もできない。


 だけど、


 何もできない命は、


 本当に価値がないのだろうか?


「ここに、いるよ……」


 そう言ったはずの声はただの呻き声になって、


 少し笑った。




 ここにいるよ



 今日も誰かの小さな声が


 通りの影に消えていく



 ここにいるよ



 誰にも届かぬ小さな声が


 空気に溶けて消えていく



 ここにいるよ


 ここにいるよ


 ここにいるよ


みつけて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] せつなさが染み入ります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ