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第3話:落日のアルケミア

 紅蓮に燃え立つ業火の色が、城塞都市アルケミアの方々を包んでいる。

 炎と共に伸び上がる黒煙は濃く太く空へと向かい、棺めいた死出の彩りで豊かだった栄光を染め上げた。

 見渡す先に四方を埋めるのは瓦礫。原型留めぬ家屋の残骸が、かつての街路を閉ざして積み上がる。

 辛うじて形を保つのは、堅固な施設の基部だけだ。それとて支えとしての力は既にない。

 店舗は軒並み、宅地は言うに及ばず、公園に設けられた噴水や遊具の一つとってまで、徹底的な破壊の爪痕を刻んでいた。まるで悪い冗談のよう。律儀に過ぎる程の執拗な蹂躙は、この地に一切の被造物を認めぬという、直向きな狂気のみを伝えてくる。

 昼には昼の、夜には夜の賑わいで、人々の笑い声が満ちていた様はもはや幻。今や喧騒と活気に取って代わり、遠慮会釈なく走り回る怪物共の咆哮と破壊音が支配していた。

 突破された防壁跡から次々に侵入してくる神骸獣は、長らく人々が暮らしてきた街並みを踏み躙り、広大な都市域を着々と潰し続ける。


 雄叫びを上げながら砕けた街路を駆けるのは、黒く燃える炎の群だった。

 黒炎が形を作り、地を踏む四肢と、荒ぶる毛並み、伸ばされた尾に、飢えた獣の頭部を象っている。それは暗色の炎が野犬を模して実体化した姿。引き裂けた口部には尖った牙が並び、眼部の位置では血錆び色の負光がギラつき灯る。

 神骸獣を構成するのは、魔族や人類、それ以外の動物達が持つ血肉ではない。息絶えた神が遺す引き絞られた滅意を、世界さえ築いた創造の力が、疑似的な活動体として形成するモノ。

 この怪物達は寝食を必要とせず、疲れを知らず、破壊衝動と殺戮本能以外を持っていない。痛みも恐怖も感じないため動きは鈍らず、目につくものを襲い壊し、力尽きるまで暴れ回る。神の落とし子、神威の残滓。それこそが神骸獣だ。


 野犬型の黒炎群が八方へ走った後、今度は小山のような体躯に、反り返った長い双牙を具えた、猪姿の炎が通り抜けていく。

 曲がり角をも構わず直進し、経路上に建つ家屋の壁を突き破って尚止まらない。破砕された瓦礫を吹き飛ばし、轢き潰し、短い四肢を繰ってひたすらに前へ前へと突撃を繰り返した。

 更に後ろからは先行体より二回りも大きな体をした、異形の神骸獣が歩いてくる。

 黒い炎が象るのは、人の形をした獣。二肢で立って、自由に動く両腕を持ち、先端に生える爪は鋭い。体は引き締められた筋肉で漲り、炎が深い毛皮のように揺らめいていた。人型をする体の上には狼の頭が乗り、裂けた口から長い牙が伸び出す。

 荒々しい呼気を吐き、冷たく輝く血錆び色の眼光が、討つべき獲物求めて周囲を探った。

 獰猛な野獣と人種の組み合わさった姿を描く神骸獣は、本来生物以上の凶暴さを晒し、都市内を我が物顔で闊歩する。その異様はまさしく終わりの象徴。


 人狼の異形体は、野犬の群や猪が進んだ先とは別方向、くずおれた家々の脇から続く路地へと踏み込んでいった。他に神骸獣の姿はなく、人狼体は其処が自分の場ででもあるかの如く悠然と進んでいく。

 だが、途中でその歩が止まる。進行方向の幾許か前方で、然して広くもない路地に佇む者の姿を見たからだ。

 血錆び色の目玉が映すのは、海原へ近しい蒼い髪と、澄んだ琥珀瞳の若者だった。

 線が細く女性と見違う可憐な顔立ちに、しなやかで華奢な肢体を持つ。着衣は白いワイシャツに黒いジーンズという軽装。僅かに開いた胸元から蜜一滴さながらの瑞々しい素肌が覗き、男臭さや無頼の感はまったく見られない。

 端麗な青年は、首に小さな銀板の認識票を提げていた。銀板は魔王幕下四天王直営統合魔族軍所属者の証。表面には『都市防衛部隊上等戦士長フユ・トバリ』の名が刻まれる。

 戦士長の肩書が示す通り、フユの背には一振りの剣が担がれていた。黒塗りに精緻な金細工の施された大鞘だ。一般的な刀剣と違い、鞘へ納められている武器の柄は透き通った独特のもの。

 神骸獣が正面に立つ彼の姿を見るように、フユもまた琥珀色の双眸に怪物の姿を捉えた。互いの眼には明瞭な敵意と戦意が宿っている。

 人狼は喉奥を低く鳴らすと、両脚で足場を踏み叩き、獲物目掛けて力強く駆け出した。

 牙を剥いて腕も振り上げ、両手の先で鉤爪が鈍く光る。


「来い、化け物。僕達はまだ負けてないぞ」


 向かい来る神骸獣を睨みつけ、フユは吐息と合わせ背中へ右腕を伸ばした。

 回された手は、背に負う透き通った柄を握り、五指でしかと握り締める。次の瞬間、一息でそれを引き抜いた。

 黒塗りの大鞘が外側へ振れ、斜めに肩へ掛けられた鞘口より、一振りの刃が外気へ躍る。

 現れ出たのは握られた柄と同じ、澄んだ透過度を誇る結晶体で仕上げられた、美しい剣身。強い魔力を帯びる一繋ぎの水晶から、名工が持てる技術を注いで削り出した巨大な剣だ。

 持つ者の身長にも匹敵する長大な剣が、フユの肩上を滑りながら、涼やかな音を発てる。

 吹いた風に逆らい進む刃。風を受けて靡く海蒼の髪を、その真横にして翔け放たれた。

 前からは人狼の神骸獣が迫り、牙と爪をおぞましく振り翳す。

 闘争と破壊しか考えない獣脚が瞬く間に距離を詰め、息つく程度の間で、敵対者への肉薄を遂げる。

 眼前に神骸獣が踏み込んだ。

 同じタイミングで、対峙するフユの両瞳内奥へ、必滅を期する闘志の猛火が迸った。

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