第2話:人魔始暦2111年、極北大陸現状
極北大陸の南端は『無神禁足地』への境界線だ。
北と南の両大陸が交わる中間点であり、地理の上でも世界の中心と位置付く。世界を創造し、次いで破壊しようと目論んだ神が、混沌と秩序の二大守護者に敗れ息絶えた場所。そして守護者に心臓を砕かれた事で、神の骸が溶けて生まれた血錆び色の大泉を擁する土地。かつての争いから2000年以上が経つ今も尚、負浄の瘴気を吐き続け、生者の侵入を許さない其処が、無神禁足地と呼ばれてきた。
凡そ100年周期で神の血泉から狂猛なる破壊者『神骸獣』が生まれ出るため、これに抗するべく極北大陸の南部、南方大陸の北部は共に、堅牢な要塞都市が連なる。後方に広がる大陸内奥へ、邪悪の獣群を通さないよう組まれた防衛戦線だ。
戦いはここから始まり、神骸獣を迎え撃つ。戦域を可能な限り抑え込み、両大陸の生活圏を侵させないことが肝要だった。
しかし人魔始暦2108年から起こる第21次生存戦争の初戦、極北大陸側の要塞都市は一角を食い破られ、神骸獣の侵攻を許してしまう。
直接の原因は、それまでの戦史に記録されていなかった大型神骸獣の出現にある。見上げるほどの巨体が歩く破城鎚となり、予想外の突破力を発揮した。圧倒的な突撃は多段に重ねられた防壁を打ち砕き、進路上の全てを容赦なく踏み拉いていく。
負傷兵の呻きと怒号が飛び交い、まさかの事態に混乱が広がる中、崩れた防衛線へ神骸獣が殺到したのは直ぐ。要塞守備隊が態勢を整えるより先に、押し寄せる怪物が破られた一点から流入し、瞬く間に要塞都市は側背を攻められた。
これより程なくして、最前衛であった第1防衛線は壊滅の憂き目をみる。極北大陸南域の第2防衛線まで、無事に後退出来た兵は少ない。素早く回り込んだ神骸獣の群勢に退路を断たれ、殆どの兵員が要塞都市から逃れられなくなっていた。
彼等は籠城して懸命に怪物と戦ったが、総戦力の差による包囲網は苛烈を極める。貯蔵物資が尽きるより先に、際限なく増え続ける敵勢力の猛攻へ耐え切れず、要塞と運命を共にした。
極北大陸の戦場は、南域城塞都市群へと移る。第2防衛線は要塞都市に勝るとも劣らない堅固な防備を敷き、大型神骸獣への警戒情報も回ったため、初撃を凌ぐことは成功した。
防衛部隊の主力は巨大魔導騎兵『皇靭』。機動躯体に適合した魔法戦士の魂を核として、適合者自身が搭乗して操運する。
混沌と秩序の守護者から与えられた破神の御業を基に建造される騎工兵装は、神骸獣との戦いに無くてはならない存在だ。かつて誇る武威は神骸獣を一蹴し、絶対的な勝利の旗印として讃えられた。
だが百年単位で性能と総数を増大させてくる神骸獣は、徐々に対抗力を身に着けていき、皇靭の優位性を揺るがしに掛かった。現在では中型個体と単機あたりが、皇靭のほぼ優勢というところまで詰め寄られている。
そんな中で要塞を抜くまでの大型神骸獣は、皇靭複数機が集中的に挑んでようやく止められるという規格外の危険体である。これほどの難敵が現れたことは、極北大陸の支配勢力たる魔族軍にとって、頭の痛すぎる問題だった。
ましてや第1防衛線が瓦解した折、幾機もの皇靭とこれへ連なる有能な戦士が喪われている。貴重な戦力の損失は危機的状況へ拍車をかけ、戦団の実情と精神的な苦悩をより深いものとした。
残存戦力への負担はいや増し、それで以ってしても防戦一方という状況。21度目の生存戦争は開始から3年目を数える時点で、薄氷を踏むようなギリギリの戦いを強いられている。
城塞都市アルケミアは、極北大陸南域第2防衛線を支える壁衝の一つだった。
北上するほど寒冷化が進む極北大陸にあって、南部地域は住み易い温暖な気候が続く。開けた原野に築かれ、人類勢力圏とも近しい土地柄から、戦前は多くの旅人や商家で賑わう交通の要所として栄えてきた。人々の生活水準は高く、治安も良好。多様な物品や情報が集い、出会いと別れが繰り返される宿場町としての顔も持つ。
されど第21次生存戦争の幕開けによって環境は一変した。
無神禁足地に接する要塞都市連が陥落したことにより、都の門を叩く者は朗らかな商人から、暴虐の怪物へと転じた。
神骸獣の大群が押し寄せて地平を埋め尽くす頃、都市民の多くは僅かな家財だけを持って住み慣れた故郷より離れ、北方の遠地へと逃げ去っている。城塞都市に残ったのは逃げ遅れた憐れな民と、生死を賭して都に留まると決めた頑固者と、魔族軍の防衛部隊だけとなった。
そして始まる神骸獣の大侵撃。近郊に連なる他の城塞都市では、今時の開戦後に確認された大型神骸獣を食い止めと朗報が響いたが。喜びに沸く暇もなく怪物群は攻め立ててくる。
多くの魔法戦士が命懸けで防戦へ当たり、不退転の決意で臆することなく戦った。攻防は3年間に渡って続けられ、けして少なくない数の神骸獣を屠ってきた。
しかしまるで引かない敵勢の大波によって、防衛線の綻びは少しずつ大きくなり、次第に無視できない亀裂へと変えられていく。戦場に立つ者は誰しもが全力で抵抗したが、それでも限界を回避することは不可能となる。
間断ない攻撃に防衛戦力の一部が潰され、遂に穴が穿たれると、一気呵成の猛進がこれを突き崩した。
神骸獣の市内侵入を防ぎきれなかった時、アルケミアの終焉が始まってしまう。