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奇妙な話

紙からペンを取ってもらった話

作者: 水沢ながる

 これは俺がバカな中学生だった頃の話だ。


 その日、俺は悪友の田中に呼び出され、朝一番で教室にやって来た。まだ他の奴は誰も来ていない。

「おう、水沢」

 田中が俺を手招きした。

「何だよ、田中。こんな朝早く」

「まあまあ。……水沢、ちょっとそこのペン取ってくれねー?」

「ペン?」

 見ると、田中の机の上に一枚の紙があり、その上に一本のサインペンが置いてある。

「なんで俺が?」

「いいから」

 俺は言われるままにペンを取ろうとしたが、取れない。良く見ると、そこにはペンはなく、紙の上に超絶リアルなペンの絵が描いてあるのだった。

 田中はにやにや笑っている。

「騙されたか?」

「騙された。すっげー騙された」

 俺は心底驚いていたが、バカな中学生だったのでこのくらいの語彙しかなかった。

 田中は元々絵の上手い奴だったが、まさかここまで描けるとは。よく見ると絵だと判るのだが、光の当たり具合で目茶苦茶本物っぽく見える。

「徹夜して描いたんだ。おまえなら騙されてくれると思ったぜ」

 それは褒め言葉なのかどうか微妙なところだったが、驚いてた俺はあまり気にしなかった。それより、俺も誰かがこれを見てびっくりする顔が見たくてたまらなくなっていた。

 その時、教室の戸が開いて、入って来た生徒がいた。クラスメイトの正兼だった。

 正兼は親の仕事の関係で転校が多い為に、あまり皆に積極的に関わろうとしない奴だった。成績は良かったが、正直無愛想な奴だった。

 いつも澄ました顔をしている正兼が、驚いている顔が見たい。俺は田中を振り向いた。田中も同じ考えだったらしく、無言でうなずいた。

「正兼、ちょっとこっち来てくれ」

 俺が無理やり気味に引っ張って来ると、正兼は迷惑そうに訊いて来た。

「何だよ?」

「正兼、ここにあるペン取ってくれないか?」

「はあ? 何で僕がそんなことを?」

「いいから、取ってくれよ」

 仕方ないな、と言った感じで正兼は紙に手を伸ばした。俺と田中は内心でにやつきながらそれを見ていた。

 が。

 次の瞬間、俺らは目玉をひんむく勢いで驚いた。


 正兼は、紙の上からひょいとペンを取り上げて、俺に渡して来たのだ。


「これでいいか?」

 言って、正兼は自分の席に戻って行った。

 俺と田中は呆然とペンと紙を見た。紙は最初から何も描かれていなかったように真っ白だったし、ペンはどこからどう見ても普通のサインペンでしかなかった。

 その日は二人ともあまりの衝撃で全く授業に身が入らず、何回も先生に注意された。正兼は対照的に普段と全く変わらず、淡々と授業を受けていた。


 それからすぐに正兼はまた転校してしまい、何がどうなっていたのか訊くことは出来なかった。今の消息はクラスの誰も知らない。

 田中はその後持ち前の画力を生かして、イラストレーターになった。そこそこ売れているらしい。

 俺は仕事のかたわら、こうやってネットに文章を書き散らかしている。例のペンは未だに俺の手元にあるが、いつ見てもやっぱり普通のサインペンなのだった。


 最後に、正兼君。大河原中学の水沢です。今度同窓会をするので、もしこれを見ていたらぜひ連絡を下さい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)タイトルどおりに読者を裏切らない話、そして充分にその起きた出来事を味わえる内容でした。最後の問いかけ?はとても洒落が効いてるなと感じましたが、いや、まあ、普通にそうなりますよね(笑)…
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