竜星を探しに。
屋敷へと辿り着いたデリカが、ダーグにリゼルの手紙を渡す。
ダーグが手紙を読み、暗い表情で深いため息を付いた。
「そうか…リゼルは行ってしまったか…大きな借りが出来てしまったな」
「俺…リゼルを探しに行くよ!」
「待てデリカ。リゼルは十五歳で成人したら出ていくと思っていた。それが早くなっただけだ」
「だからって!」
リゼルは二年前に保護された時、酷い錯乱状態で母を呼んでいた。
ダーグも当時のリゼルを知っているからこそ、止める事はしない。誰もリゼルの母親を連れ戻そうと言ってくれた者は居なかったのだから。
族長という立場だから危険な道に進む事が出来ず、歯痒い思いをした記憶が甦る。
「大丈夫、リゼルは強い。お前も見ただろ? あの特殊な竜変身を」
「……あれは…本当に竜変身?」
「さぁな。白竜族の特性は謎に包まれたままだ。成人するまで竜変身が出来ない事も多いらしいし…能力も様々。あんな事が無ければ今頃……」
「……白竜族?」
「ん? 知らんのか? リゼルは白竜族だぞ」
「知らない…母親の事も知らない…」
ダーグは訓練場で何度もリゼルと子供達が話している光景を見ていたから、てっきり知っているものだと思っていた。
実際は子供達がリゼルに悪口を浴びせていただけなのだが…
「いつも訓練場で話をしていただろ? 何を話していたんだ?」
「それは…」
下を向き視線を泳がせるデリカに、ダーグが疑問に思う。
他の子供達にも聞いてみるが、皆一様に視線を落とす。
嫌な予感がしたダーグが、子供達を集めてリゼルとどんな会話をしていたかを問い詰めた。
その様子を、大人達は手を止めて静観している。
暫く沈黙が起きていたが、リゼルを嫌っていた女子が口を開く。
「あんな落ちこぼれ、出て行って正解だと思います」
「…何? 落ちこぼれ?」
「はい、私達は早く余所者に出て行って貰いたかったんですよ。だからあの女に落ちこぼれは出て行けと言っていました。人間が来たのもあの女のせいですよ」
「……」
ダーグは絶句し、天を仰いだ。
母親が人間に拐われた事は、大人達だけが知っている。
子供達がリゼルを刺激しない為と思って言わなかったのだが、それが裏目に出ていた。
「リゼルに落ちこぼれと言った者は手を上げろ」
「「「……」」」
「手を上げろと言ったんだ」
ダーグが威圧を込めて言うと、ほとんどの子供が手を上げる。
目眩が起きそうな光景だが、ダーグはそれぞれの親を呼び事情を伝える。
それからダーグは痛む身体を我慢しながら立ち上がり、デリカの前に立つ。
そして…
「ぐぁっ!」
デリカの顔をぶん殴った。
ドカッと壁に激突し、デリカは困惑した表情でダーグを見詰める。子供達もギョッとした表情でダーグを見詰めた。
「殴られた意味を…しっかり考えろ…」
そう言ってダーグは里を出る準備に取り掛かる為、その場を去った。
他の子供達も親に叱られている。
ほとんどの子供は納得いかない表情なのだが、デリカは解っていた。
解っていたからこそ、後悔が押し寄せる。
変なプライドを持っていたせいで、皆を止める事をしなかった自分を責める。
顔の痛みよりも…心が痛かった。
「…ちくしょう」
後悔したところで、リゼルが戻ってくる事は無い。
しかしそう思ったところで…リゼルは元々この里への興味が無いからもう気にしていないのだが…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リゼルは雑木林の奥へと進み、森に到達。
落葉が折り重なった腐葉土を踏みしめながら、カイとの会話を楽しんでいた。
久しぶりのまともな会話に、リゼルの頬が弛む。
≪先ずは竜星を集めよう。まだまだ足りない≫
「足りないって…後どれくらいあるの?」
≪さぁ…正確な数は俺にも解らないが…近くに行けば竜星を感じられる≫
「……」
≪まぁ焦るな。アリーシャを探しに行きたいのは解る…解るが人間のあの強さを見ただろう? もっと強くならなければリゼルが無駄死にする≫
それは解っているが、焦る気持ちがある。
あれから二年…もしかしたらもう生きていない…そんな考えが頭を過る。
リゼルは小さな口を尖らせ、ムスッとした表情で森を進む。
気持ちが荒れていたが、頭では理解している事。
時々目に入る木漏れ日が、少しずつリゼルの心を落ち着かせていった。
「……何処に向かえば良いの?」
≪先ずは南、だな。このまま真っ直ぐ行って山を越えた先≫
「解った……ねぇ、もっとお話しよ」
≪あぁ…良いぜ≫