旅立ち。
家に帰る途中、リゼルは黒い竜星を取り出し眺めていた。
喋る石にリゼルが興味を持つのは当然で、先程の透き通るような声を思い出す。
「ねぇ竜星さん。お名前あるの?」
≪あぁ…カイだ≫
「カイ、よろしく。…どうして今まで黙っていたの?」
≪……人見知りなんだ≫
「……ふふっ、私と同じだね」
黒い竜星…カイは別に人見知りという訳では無い。
リゼルを昔から知っているカイにとって、娘のような存在。
だからこそ、リゼルが自身の竜変身を完成させてから話し掛けようと思っていた。
しかしリゼルにとっては初対面。
そんな事は…わざわざ言うべきでは無いと判断している。
「……あの時…」
あの時に出てきてくれたら…リゼルの脳裏に母が連れ去られた光景が浮かぶ。
しかし頭を振って口から出掛けた言葉を止めた。
悪いのは人間。
カイを責める事は筋違い…頭では解っているが、少しだけ…ほんの少しだけ心に引っ掛かりを覚えた。
林道を歩き、訓練場を通り過ぎ、家が連なるエリアを越えた更に奥……雑木林の中にある小さな家に入る。
ここはリゼルがこの里に来た時に希望した空き家。
人見知りが故に、里の端の端に住んでいた。
家に入り、余計な物が無い部屋を見渡す。
そして机の引き出しから紙を取り出し、族長に宛てた手紙を書いた。
≪…もう行くのか?≫
「うん、里の人達と喋る事なんて無いし」
小さなタンスから着替えを取り出し、鞄に詰める。
日用品も必要な物だけ入れ、少し重い鞄を肩に掛けて家を出る。
家から出て振り返り、二年間お世話になった家に頭を下げた。
「お世話になりました」
里の外へは雑木林の奥に行けば直ぐに出られる。
リゼルは迷いの無い足取りで雑木林の奥へと歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
族長の屋敷では、怪我を負った竜人達が集められ治療を施されていた。
無事な大人達は集まり、会議を始めている。
族長ダーグも痛む身体に鞭打って会議に参加していた。
「人間達に里の場所がバレてしまった。近日中にはまた攻めてくるやも知れぬ」
「里を捨てるしかないですね」
「受け入れてくれる里はあるのですか?」
人間達を追い返したは良いが、その後が問題。
人間が攻めて来た以上、もう攻めて来ないという事は有り得ない。
早々に行動する事が最善だった。
デリカを含め子供達は大人が会議をしている様子を不安そうに眺めている。里を捨てる…それは故郷が無くなる事を意味し、それを理解した子供は泣いていた。
「受け入れてくれそうな里は…青竜の里か地竜の里…あとは黒竜の里」
「「……」」
受け入れてくれるとしても、距離が遠い。
それに軽い旅行に行くような気持ちでは辿り着けない場所にある。
この里でさえ、周囲は森を抜けると山と崖に囲まれている。
「仕方無いですね。死ぬよりはましです」
「人間が来る前に早く出ましょう」
「決まりで良いか? …早くていつ頃出発出来る?」
大人達は里を捨てる事に同意。
決まれば行動は早い。
動ける者は手分けして準備に取り掛かった。
「デリカ、ちょっと来てくれ」
「あっ、うん」
会議が終わり、ダーグがデリカを呼び出す。
デリカは不安そうな顔を浮かべながらソワソワしていた。
「リゼルに皆で里を出ると伝えてきてくれ」
「分かった……あの、親父…リゼルは何の竜人なんだ? あんなの見た事無い…」
「れっきとした竜人だ。ただ、確かにあんな変身は俺も知らない……恐らくあれは…いや、先ずは伝えてきてくれ」
推測を言おうとしたが、その話はいつでも出来る。先ずは現状をなんとかしなければいけなかった。
デリカは了承し、リゼルの家へと向かう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「リゼルー! デリカだ! 出てきてくれー!」
リゼルの家へと到着したデリカが、リゼルを呼ぶが返事が無い。
疲れて寝ているのかと思ったが、ダーグの伝言を伝えなければならない。
家の扉をノックした後、まだ返事が無かったので扉を開けてみる。
「鍵が開いている? 無用心だな…リゼルー入るぞー」
少しドキドキしながらも、デリカが扉を開けて中に入ってみると…
誰もいない室内。
外に居るのかと首を傾げながら、家から出て周りを見てみるがリゼルの姿は無い。
どうしようかと思い、家の中に再び入るとやけに殺風景な部屋に違和感を覚えた。
綺麗に掃除された部屋の中は畳まれた布団、タンス、机。
小さな台所には大きめの鍋が置いてあるだけ。
本当に最低限の物しか無い部屋だった。
そこでふと机にあった手紙を発見。
族長ダーグに宛てたものだった。
「なんで手紙? ……嘘だろ」
手紙には…
『私のような余所者を里に置いてくださり、ありがとうございました。私は母を探しに里を出ます。この御恩は忘れません。リゼル』
と、簡単に書かれていた。
デリカが震えながら手紙を読み、族長の屋敷へと走り出す。