三話
「…!?は、離せ、離せよ…!!」
僕は思わず声を震わせながらそう叫んだ。でも、その力はあまりにも強く、また、後ろから取られていたことから崩しを掛けることも出来ず、なすすべもなくずるずると建物の中へ連れ込まれた。
そして、ドアがしまった瞬間、手を離された。僕は勢いよく振り返り、手を振り上げた。でも、その拳もまた空振りして、そのまま腕を拘束された。
「離せ、この野郎!!ふざけるな!」
「おい、落ち着けよ、えっと、クレイジー?」
どこかで聞き覚えのある声だ。
僕はちらりと上を向いた。
すると、腫れ上がった顔が目に飛び込んできた。
でも、そのかおもまた、見覚えのあるものだった。
「…え、まさか、昨日会ったやつ…?」
「そうだよ、思い出してくれてよかった。いやびっくりしたよ、突然警報が鳴り出すもんだから敵襲かと構えていたら誰も入ってこないんだもんな。いや、そうか、まさかお前だったとは…。」
「なんですか、お前お前って!馴れ馴れしいですよ、このイタリア人!」
「イタっ…!?お、俺には、フロイヤードという名前が…、って、そうじゃねえ。お前、コールノターンのスパイじゃねぇだろうな?」
…なんだそれは。そんな単語聞いたことないぞ。僕の勉強不足か…?
「…え?なにそれ。というか、もう敬語要らないよね?よし、いいな。で、なんだ?その…コール…イン?なんだか。」
「コールノターンだ。いや、知らないならそれでいいんだ。それよりも、昨日はすまなかったな。危ないところを助けてもらったのに、気が立っていて、礼をかいたまねをした。是非ともお礼をさせてくれ。」
「そうか。じゃあ、すみやかに僕の腕を掴んでいる手を離し、公園へ戻る道を教えてくれ。」
僕はそう言って、ブンブンといまだ捕まれている腕を上下に振った。なのに、なぜかこいつはさらに腕を掴む力を強くしてきた。
「いやいや、でもそれだとあれだから、カフェに行って紅茶でも一杯奢ってやろう。」
「え、なんで珈琲じゃなくて紅茶?」
「え、お前フランス人かイギリス人かそこら辺だろ?紅茶好きなんだろ?」
「謎。まぁ、好きだけど。」
「好きなのかよ。」
なんだこの会話。まるで長年の友達のような会話じゃないか?裏社会の人間と関わるなんて真っ平ごめんだ。そんなもののためにイタリアまで来させてもらった訳じゃないのだ。
「とにかく、もうここから出させて…「おい、何を騒いでいるんだ、フロイヤード。敵なら早く殺せとボスからのお達しだ。」
早く帰らせてくれと、そう言おうとしたら隣にあった階段の上の方から突然声を被せられた。
「あ、いや。こいつは敵じゃない。昨日、俺がコールノターンの連中に殺されそうになっているところを助けてもらったんだ。」
「へぇ、そいつがお前のいっていたやつか。思ってたよりガキじゃねぇか。まだ12歳くらいか?なんでそんなやつがお前を助けたんだよ。経緯を話せ。…というかなんでそいつがここにいるんだよ。そいつ、一般人なんだろ?ここの場所ばら蒔かれたら俺ら終わるぞ。どうするんだよ。」
「あっ、そうか…。どうしよう…。そういえばなんでここにお前いるんだっけ?」
突然自分に振られた声に驚きながらも答える。ここで変に疑われたくもない。
「いや、普通に迷ったんだよ。」
「迷う?ここは迷うような場所じゃねぇだろ、ガキ。正直に言えよ。」
「いや、だから、本当なんだって!ウルバーノ・デッリルノ公園で本読んでて、ふと読み終わったから顔をあげたら何かが目の前を通ったような気がして、そっちを見たら小さな道が見つかったから、好奇心擽られて思わず入ったら同じような道が沢山ありすぎて迷ったんだよ。」
僕は一息で階段の上にいる奴に説明した。そしたら、そいつは大きな溜め息をついた。
「…お前、馬鹿だろ。普通あんな薄暗い道はいりたがらねぇよ。…とにかく、お前の処遇をどうするかはボスに決めてもらう。来い。」
フロイヤードにどんまい!と小声で言われてちょっとイラッとしたけど、ついていかないわけにもいかず(一緒にいかなかったら銃で撃たれそうな雰囲気だった)、階段を登り始めた。
三階まであがると、突然そいつは止まった。そして奥の方にある一つの部屋に僕をいれ、縄で縛り始めた。
「ちょっと!」
「黙ってろ。こうしないとオマエが死ぬぞ。うちのボスは怖いんだよ。すぐに怒るし、ちょっとでも触れたりしたら殺されるぜ。運が良ければ指を切り落とされるだけだがな。」
「なにそれ怖!!マジ恐怖じゃん!なんでそのボスにお前ついていってるの!?」
「いいから歩け。」
「いや、話してきたのそっちじゃん!」
理不尽な物言いに言い返しながらも、腕を縛る縄を上に引っ張られ、強制的にたたされる。なんか今日はすごく乱暴に扱われてばかりな気がする。
四階にあがると、かなり開けた場所になっていて、一つ大きくて立派な扉があった。そこにボスがいるのかと思ったら違うらしく、目隠しをされて、かなり薄暗いところを通された。そこを出て明るくなってくると、ようやく目隠しが外された。
でも、僕の視点はたった一つのものから外れなかった。
人形がいた。いや、違う。正確には、人形のような人間が椅子に座っていて、なにやら此方を凝視していた。あり得ないほどの美しさをたたえたその人は微動だにしない。僕もまた、その完璧すぎるほどに完璧な顔に硬直してしまっていた。
でも、腕をつんつん、と指でつつかれ、僕はハッとした。そうだ、見とれている場合じゃないのだ。僕はこの人に、今から一生を左右するであろう判断をされるのだ。生か死か。自由か拘束か。
僕はだれも何も話さない雰囲気に負けて、思わず声を出した。
「''ボス"。殺すなら、早く殺してよ。もう、死ぬ覚悟は出来てる。神への祈りの時間は必要ない。そもそも、信じていないからね。」
そう呟けば、"ボス"は目を細めて、僕の隣の人を見た。
そして、初めてその口を開いたのだ。
「…お前は一体どんな説明をしたんだ?メリア。こいつはフロイヤードの野郎の恩人なんだろう?俺たちとしても、今一人でも人員を失うのはきつかったはずだ。それを救ってもらったのだから、それ相応のことをするべきだ。そうだろ?メリア。縄をほどけ。」
「へ、へい!ボス!」
僕は縄をほどかれながら呆然とした。
まさか、こんな展開になるとは思わなかった。殺されると思っていた。
これがイギリスなら、確実に殺されてた。
さすが仁義の国、イタリア。あれ、それ中国だっけ?いや、日本だったか?まぁ、とにかく僕は助かったのだろうか。じゃあ、今すぐにここからダッシュでアーダの家に帰ってもいいだろうか。
ああ、まだ家を出てから数時間しか経っていないはずなのに、もう何ヵ月も帰っていない気分だ。
「おい。」
「…えっ、なに。僕?」
「お前、強いのか?いや、強いんだよな。
フロイヤードを助けてくれたんだろ?感謝する。
だが、お前はこのアジトを知り、俺の顔を見た。そう簡単に解放するわけにはいかない。
悪いが俺らは今、生きるか死ぬかの瀬戸際に立っているんだ。
だから、一人でも強い人間を仲間に入れたいと考えている。…ここまで言えば、何を考えているのか分かるな?」
うん、わかる。分かりたくないけど、分かる。
…つまり、こう言いたいのだろう?僕を解放するには僕がこいつらの仲間にならなくてはいけないと。
そう、言っているのだろう?
答えなんて、決まっている。そんなの…、
「いやに決まってるだろ。なんで僕がお前ら犯罪集団に手を貸さなくてはいけないんだ?僕にはそんな義理ないね。…って、普段の僕なら言うんだろうね。でも、帰して貰えないっていうなら話は別だ。嫌だけど、本当に嫌だけど、仲間になるよ。」
「…すまない。助かる。これを首に着けておいてくれ。」
そう言って渡されたのは、黒いパンク首輪のようのチョーカーとイヤホン型超小型マイクだった。お洒落なものと違う点は三つ。
一つは、超小型マイクと接続されており、仲間がチョーカーについているボタンを押せばすぐにそちらの声が伝わり、また、僕もなにか伝えたいことがあったらすぐに伝えることが出来るようになっている。戦闘において役立ちそうである。
二つ目は、なにやらよく分からない機械が取り付けられている点である。聞けば、裏切ればすぐに大動脈の動きで分かるようになっているとのこと。こわ。
三つ目は、一度着けたら外せないように、後ろに鍵が着いていて、その鍵はボスが管理することになっていること。
…なんか、あまりにも徹底しすぎというか、ここまでやってたら逆に敵にこっちの状況がヤバイですって言ってるようなものじゃない?
そう思ったので口に出して呟けば、ボスは少し唇を歪めて、こう言った。
「安心しろ、イヤホンは本物にしか見えないように設計したし、ボタンも飾りをつけたから分からない。鍵は裏側についているからよく見ないと分からない。なにより、最近イタリアでこれに酷似したものが非常に流行っているんだ。どちらかというと、これをそれに似せたのだが。だから、基本的にこれに違和感を覚えるやつはただの人外か、最近ここに来たばかりの外国人だけだ。」
「…なるほど。そういうことか。」
「おい、お前!あんまりボスのこと見くびるなよ!ボスはIQ200だぞ!すっげえ頭いいんだからな!!」
そう突然割り込んできたのは、先程俺をこあでつれてきたやつだ。ボスには、メリアと呼ばれていた男だ。
「うるせえ、メリア。おい、お前の名前はなんだ?」
「…耳、貸して。」
僕はそう呟いて、ボスに近寄った。そして、耳元でボソッと、ローク。でも、クレイジーって呼んで。と言った。
ボスが頷くのを確認すると、僕は少し離れて、ボスは?と言った。ボスは少し迷って、メリアに出ていくように伝えた。メリアは驚いたような顔をしたけれど、10秒後には出ていっていた。
ボスは此方を見て、小さく囁くように言った。
「…エーデルワイスだ。でも、エーテと呼んでくれ。」
「…わかった。これからよろしく、エーテ。」
僕がそういって手を差し出せば、エーテは迷うことなくその手を握り返し、ああ。と言った。それだけで、充分だった。
後に、この出会いのことを僕たちは運命と言うこととなるが、今はまだ、誰もそれを知らない。