ちょい怖な日常 1
智也「今日から大学もしばらく休みだな。予定立てとけば良かった。」
朋子「智也ー!ご飯ー!」
智也「はいよー。」
「いただきます!」
正博「大学はどうだ。」
智也「まあまあだよ父さん。」
正博「夏休みになった途端に生活が不規則になっていないか?そんなんじゃ休み明けに遅刻するぞ。」
智也「昼夜逆転生活も繰り返せば元通りになるよ。」
朋子「もーそんな事言ってー、大学は簡単に落とされるのよー?留年なんてお母さん嫌よー?」
正博「そうだそうだ。凛を見てみろ・・・お前の将来が写し出されてる様だ。」
凛「もー!うるさいなー!ちゃんと試験通ったでしょ!?」
智也「教授にめっちゃ頭下げてたけどな。見てて恥ずかしいですよ先輩。」
凛「んん、お前はテレビでも見とけよ。」
智也「(平和だ。そこそこな大学生活にそこそこな友人。テレビは旅番組しかやらない。俺の周りはとことん平和だな。)」
テレビ「わぁー!羊さんが沢山居ますねー!何でもこの牧場は明治の・・・。」
正博「母さん、味噌汁まだあるか?」
朋子「えーあるわよー。」
凛「あ、私も。」
智也「あ(あれ?)、じゃあ俺も。(頭がぼーっとする。)」
智也が目を開けるとよく知る自室の天井。外は暗く部屋の電灯もエアコンもパソコンも全て消えていた。
智也「(・・・ん?部屋?・・・暗いな、いつの間に部屋に戻ったんだろう。晩飯は?)」
ゴンッ
智也「!?母さん?」
ズズズズズッ
智也「(晩飯は夢か?夢にしては随分ショボい夢だな。とりあえず下に降りよう)」
智也「あ、母さん。ご飯まだ?随分暗くなったけど。てか俺ご飯食べたっけ?・・・母さん?」
朋子は笑顔で振り返った。
朋子「ゴハデデデデデデデデデデデ。」
朋子の頭部は小刻みに揺れていた。
智也「母さん・・・?」
朋子「デデデデデデデデ・・・。」
智也「(な、なんだこれ。てかテーブルに姉ちゃんも父さんも居るじゃん。)」
智也「と、父さん、母さんがずっとふざけてて・・・。」
凛「アアアアアアアアアアアアアアアア。」
智也「なっ、と、父さん?これ・・・何?」
智也は声を出したまま動かない二人を交互に見ながら正博の元まで歩いた。
智也「なぁ、なぁ父さん!」
智也が震え声を出し終わった瞬間、正博の手が智也の肩を勢いよく掴んだ。
智也「えっ・・・。」
正博「・・・んーーーーーーーーーー!」
目を見開いたまま唇を強く閉じたまま声を荒らげる父親。異様なのは母親と姉も同様。智也の脚は勝手に玄関へと向かい、気付けば外に出ていた。
智也は一度自分の家を振り返るとまた直ぐに走り出した。
智也「(どこに逃げる!?・・・警察だ、警察なら何とかしてくれる!)」
交番に着いた時、智也の服は汗が染みていない部分の方が少なくなっていた。
警官「ど、どうしたの君。裸足だし、何かあったの?」
智也「い、家に!家が!」
智也は何を何から話せば良いか分からなかった。焦りとただならぬ恐ろしさが智也の口を思うように動かさなかった。
警官「家?泥棒か!?」
智也「いや、違くて、あ、家。」
警官「落ち着きなさい。ここは安全だから。」
その言葉は智也にとって産まれて初めて聞いた母の声よりも落ち着けるものだった。
智也「家の・・・家族が皆おかしくなっちゃったんです!父さんも母さんも姉ちゃんも皆!」
警官「それは・・・うーん?とりあえず空き巣とか強盗とか、事件ではないんだね?」
智也「はい!でも・・・!」
警官「とりあえず家の人と話してみるから、電話番号教えてくれるかな?大丈夫だから。」
智也「わ、わかりました。」
警官「・・・あ、もしもし私◯◯交番の者なんですが、近隣の方からそちらのお宅から騒音がすると通報を頂きまして。何か心当たりございますか?あ、はい、はい。はい分かりました
夜分遅くに申し訳ございません、失礼します。」
警官「電話の対応は普通だったけど、君の事は話さなかったね。」
智也「ほ、ほら!やっぱりおかしいんですよ!」
警官「でもねー、うーん。家までついて行くから、案内してくれるかな?」
智也「え、嫌です!もうあんな所戻りたくない!」
正博「智也か?」
氷の塊が背中に抉り込むような冷たさを智也は感じた。
智也「え、あ、と、父さん?」
警官「お父様でいらっしゃいますか?」
正博「ええ、はい、うちの子の帰りが遅いもので駅まで迎えに行こうとしたんですが、途中でこの子の声が聞こえてきたのでまさかと思いまして。」
警官「あ、そうだったんですか。」
智也「違う!こいつは俺の親じゃない!」
正博「なっ、智也!人様の前でみっともないぞ!さぁ、家に帰ろう。」
智也「こいつを撃ってください!殺される!」
正博「また、何を・・・。」
警官「・・・お父様、ご自宅までお送りしてもよろしいでしょうか。」
正博「え、あー、別に構いませんが。」
智也「俺はこの警官の人と一緒に歩く!お前は前を歩け!」
正博「何だその口の利き方は!家に帰ったら説教だぞ!」
警官「えー、大丈夫ですか?」
正博「・・・大丈夫です、すみません。行きましょう。」
智也は警官の横に張り付き、目の前の背中を向ける正博から目を離さなかった。
智也「い、いざとなったら撃ってください。」
警官「ん・・・。(この子は精神病だな、親御さんも可哀想に。)」
そこから家に着くまで三人の中の誰も口を開かなかった。そして家に近付くにつれて、あの恐ろしい記憶が智也の頭を内側から叩いた。
正博「ここです、入りますか?」
警官「では念の為に。」
智也「(着いた、どつしようどうしよう、逃げるしかない!)」
後ろを振り向いた智也の腕を正博が力強く掴んだ。
正博「お前はまだ人様に迷惑を掛けるつもりか?」
その声は低く胸骨まで響いた。それと同時に智也の心は完全に折れてしまった。
警官「まぁまぁ、とくに異常は見られませんでしたので、今日はここで失礼します。」
智也「あ、ああ・・・。」
智也はこれから自分に起こりうる事を考えると声が出なかった。警官は暗闇に消え、智也はもう身体のどこにも力が入らなくなっていた。
しかし、それは恐怖から起こる筋肉の弛緩ではなく、家族がおかしくなってしまう前の食卓で味わったあの感覚だった。
智也「(あれ、また、ぼーっと・・・。)」
目を開くとそこにはよく知る自室の天井、電灯はついておりエアコンは稼働中、パソコンの画面には真っ白なレポートが写し出されていた。
智也「(あれ?え?夢?いや、でも・・・。)」
朋子「智也ー!ご飯ー!」
智也は安心と恐怖を同時に感じた。ドアを開け階段をゆっくりと降りると、そこにはいつもの光景が広がっていた。
テレビを見る父親、スマートフォンをいじる姉、エプロンを外す母親。
朋子「あら、智也、いつから居たのよ。早く食べましょ。今日はグラタンよ。」
智也「あ、あ・・・。」
正博「ん、おい智也、早く来なさい。」
凛「ママー、コーラってまだ残ってるー?」
朋子「ご飯の時はお水かお茶、それ以外は認めません。」
正博「そうだそうだ。炭酸で腹が一杯になっちゃうじゃないか。」
智也「(夢だったんだ!全部!戻ってきた!)」
智也は涙を堪えつつ椅子に座った。
正博「よし、食べるか。」
「いただきます!」
正博「そう言えば、智也、大学はもう休みに入ったのか?」
智也「ん、今日から休みだよ。しばらくはダラダラしたり、友達と海でも行ってくるよ。」
正博「・・・智也?」
智也「えっ?」
凛「何今の。」
智也「え、何が?俺なんか変な事言った?」
朋子「智也?大丈夫?」
智也「な、何がだよ。」
智也はとてつもない寒さを感じた。
智也「(まだ戻ってない!おかしいままだ!)」
智也はまた裸足のまま交番へ駆けつけた。
智也「すみません!助けてください!」
警官「え?」
智也「え?」
智也は疑問に思ったのは、交番に居る二人の警官が自分を奇怪なモノを見る目で見たからだ。
警官「君、身分証は持ってる?」
智也「え、あ、いえ、とにかく助けてください!」
警官「落ち着いて、何か薬とか葉っぱとか吸引した?」
智也「いや本当に助けてください!家族がおかしいんです!」
騒ぐ智也を尻目にもう1人の警官がどこかに電話をかけ始めた。
しばらくすると1台のパトカーが交番の前に止まった。
警官「お疲れ様です。えーと、この人?」
警官「あ、そうです。僕達ここ離れなれないんで、よろしくお願いします。」
警官「はーい、じゃ君立って。署までご同行ね、大丈夫ね?」
智也「え、はい。(なんだ?でもあいつらからは離れなれる!)」
智也は取り調べ室まで連れてこられた。
警官「過去に覚せい剤等の薬物を使ったことはある?」
智也「いえ、ないですけど。」
警官「・・・ダメだなこりゃ。」
智也「え?何がですか?」
警官は部屋の外に出てため息をついた。
警官「念の為尿検査をします、薬物反応が出るかも知れませんので。」
朋子「は、はい。」
正博「あいつがまさか・・・。」
警官「あの様な症状はいつ頃からですか?」
正博「いや、昨日までは何も・・・。でも夕食の時から急に『あー!』とか『い゛ー!』しか話さないようになって・・・。」