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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第9話 エーデリアの記憶(後篇)

 --黒翼の七騎士--

 その名を聞くと、未だに体が震え上がり恐怖で息ができなくなる者がいる。

 七騎士は一人で少なくとも五百人を相手に余裕で戦える能力があったとされる。

 事実、大陸戦争時には、反リデア連合軍千五百人の部隊が、行軍中に黒翼の二名と偶然遭遇し、ほんの一時間ほどで壊滅させられたと記録されている。

 俺は黒翼の七騎士の一人だった、と悲しそうな目で語る。ライヴィスさんでもそんな顔をするのだと驚いた。

 「……エーデリアにいたんじゃないんですか?」

 「裏切りだよ。珍しい話じゃない」

 彼は事も無げに言う。

 「その戦闘をキッカケにリデアを裏切った。どの国も腐ってるって理解したからな。アメリアが死んでから、俺はエーデリアと行動するようになった。エーデリアの敵はリデアだけじゃなかったしな」

 「それはどういう……?」

 まだわからないのか? とでも言いたげな目で、彼は僕を見据える。

 「エーデリアは強すぎた。敵にとっては勿論だが、それを危険視したアイネスの貴族もいたんだよ」

 「……まさか!」

 「そのまさかだ。エーデリアが壊滅したのは裏切りがあったからだ。リデアの大軍と、アイネスの一部の貴族たちが送り込んだ傭兵達の攻撃に挟まれてな」

 歴史の裏に消される事実は多々ある。消された真実は往々にして残酷なものだ。

 ライヴィスさんは苦い顔で淡々と述べていく。

 「アメリアはエーデリアとしての誇りを持っていた。だからあいつは、裏切った味方を殺すのを躊躇してしまった。俺がリデアを裏切って、その戦場からアメリア達を連れ出した時にはもう手遅れだった」

 セライラは知っているのだろうか、お姉さんの死の事実を。知らないのであれば、彼女は真実を知っておくべきだ。そんな気がした。

 彼女の、姉に対する感情は非常に強い。真実を知れば激昂し、その貴族の家に単身乗り込んでいくかもしれない。その場面が容易に想像できてしまった。

 ふとセライラが崖から落ちた瞬間を思い出す。かなりの高さから落ちてはいるが、下には川が流れていた。無事であることを祈るばかりだ。無事でなければそんな事実を知る機会すら得られないのだから。

 セライラの事を考えている間、ライヴィスさんは何も語らず、ただ月を眺めていた。

 無言の時が流れ、そよ風が僕たちの頬を撫でてゆく。

 幾度か風を受け入れたところで、僕は再びライヴィスさんに視線を戻す。

 「ライヴィスさんは……何故リデアを裏切ってエーデリアに味方したんですか?」

 「リデアの中でも色々あってな。嫌気が差したんだ。……それにエーデリアのことは敵だったが尊敬していた。そんな相手が味方に殺されるなんて悲劇以外の何物でもない。まあ、今はこれだけで納得してくれ」

 ライヴィスさんは、それからその戦闘の話、アメリアさんをアイネスの家まで送り届けた話、エーデリアの一員として終戦までリデアに刃を向けた話、それらを、まるで自分の記憶へ刻み込むかのように語り続けた。


 全てを語り終えた時には、既に夜が空を包んでいた。

「シルフィが今みたいな強さを手に入れたのはアメリアの死がきっかけだった。アメリアを守れなかった自分が許せなかったんだ。未だにそれを引きずっているあいつが、アメリアの妹までも失ったら、今度こそあいつは立ち直れねえだろうな」

 僕は無言でその言葉を受け止める。僕の沈黙を同意だと感じ取ったのか、ライヴィスさんはふうっと溜息をついた。

 「マルセロ、お前は先に戻ってろ。俺は少し歩いてから帰る」

 柄にもなく喋りすぎたと、別れ際ライヴィスさんはそう呟いた。

 その言葉の中には多くの悲しみを含んでいた。

 宿への道を歩く。ふと見上げた空は雲が月をうっすらと覆い、地上に不安定な光を落としていた。

 時間が過ぎるほど、頭の中には悪い予想ばかりが生まれてくる。セライラは本当に生きているんだろうか。

 今この瞬間に何もできない自分に腹が立つ。その鬱憤を晴らすかのように、僕は足元に転がる石を力任せに蹴飛ばした。


 宿へと戻る道すがら、酒屋に座っているシルフィさんを見つけた。

 相当飲んでいるのだろうか、酒瓶を持つその手は震えていて安定しない。目に見えて分かる程酔っており、心配した酒屋の店主がこれ以上の深酒を諫めていた。

 今は一人にしておこう。ライヴィスさんの話を聞いていなければ、僕は無遠慮にも酒屋の店主と一緒になってシルフィさんから酒瓶を取り上げていただろう。

 シルフィさんがそこまで想う人は、アメリア・ドーシュという騎士は一体どんな女性だったのだろうか。いつかシルフィさんとセライラに詳しく聞いてみよう。

 日が明ければ、僕たちはグローデンの中心へ向かう。セライラと合流できると信じて。

 僕たちの夜は明けてゆく。それぞれに思いを抱えて。


 その川は山から流れ、谷を巡り、やがて大陸の中心へと清水を流し込む。

 グローデンの山々はその川の始発点として豊かな水を運んでいる。

 そんな川の畔に一人の女性が佇んでいる。どこか高貴な雰囲気を漂わせるその女性と、足元にはもう一人。

 鮮やかな金色の髪を水に濡らした少女であるが、小さく呼吸をする以外に動きは無い。

「あらあら、水を汲みに来たら珍しい。まだ生きてるのね。死体以外が流れ着くなんて久し振りだわ」

 軽口を叩きながら、女性は少女を担ぎ上げる。

 その時、少女が腰に帯びる剣に刻まれた銘が目に入ると、女性は思わず少女を落としかけてしまう。

 少女の顔をじっと眺める。そして、薄く呼吸を繰り返す少女を抱きしめると、

 「運命って面白いものね。……あなたは死なせないわ。私が必ずあなたを守ってみせる」

 そう力強く呟いた。

 誰にも届く事の無い言葉は、月に照らされながら川の流れに掻き消されてゆく。

 力強く少女を抱きしめた女性は、夜が明けるまで少女の手を握り続けていた。

次はなるべく早く更新します。

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