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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第7話 急襲

 「止まれぇ!」

 僕達の上からドスの利いた声が響く。

 声のした方へ視線を向けると、身なりの汚い男たちが山肌を滑り降りてくるところであった。山賊だ。

 僕たちの前後に各十人程度、ナイフや斧で武装している。

 「てめえら! 命が惜しければ金目のもんは全て置いて行け! そうすれば命だけは助けてやらぁ」

 男たちはニヤニヤしながら僕たちを眺めている。見逃すつもりなどないことは誰の目にも明らかだ。

 「こんな人たちがいるなんて……野蛮ね」

 荷車の中から出てきたセライラが呟く。山賊たちの中から口笛と下衆な笑い声が起きる。セライラ自身も、自分に向けられた、まるで舐めまわすような視線が何を意味するのか悟り、心底不快感を露わにする。

 「おいおい、女神の祈りってのは……アイネスの領内を出たら届かねえんじゃねえか?」

 ライヴィスさんが呆れたように呟く。

 「一応女神さまは大陸全土を守ってくれているはずなんだけどね」

 シルフィさんも困ったような顔を作って軽口を叩いている。

 そんな二人の様子に、山賊たちが黙っているはずもなく、

 「テメエら……舐めてんのか! 死にたくなければ荷物を置いて行け!」

 じりじりと距離を詰めてくる。

 「マルセロ、きみはライヴィスの後ろで前方の敵を警戒。セライラは僕の後ろで後方の敵を警戒してくれ」

 「前は俺一人でいい。マルセロ、お前は馬見とけ」

 武器を構え、双方の陣営が対峙する。

 じりじりと彼我の距離が縮まり……最初に動いたのはライヴィスさんだった。

 ガリッという音と共にライヴィスさんが斬り込む。

 強いとは思っていたが、僕の想像を遥かに超えていた。ほんの一呼吸の間に四、五人を斬り、まるでゴミを捨てるかのように谷底へ落としていく。

 恐ろしいほどの強さに山賊たちは不利を悟り、迷うことなく後退してゆく。だが、それを許すほどライヴィスさんは優しくない。

 ほんの少しの間に、前方にいた山賊たちは血の花を咲かせ物言わぬ骸と成り果てた。

 後方ではシルフィさんが敵の肩口をレイピアで的確に突き、最小限の攻撃で山賊たちを無力化してゆく。

 その姿は、無益な殺し無きアイネスの騎士道を体現していた。

 「かしら! これじゃ無理だぜ、退こう!」

 「……チィッ!」

 後方の山賊たちも諦めて撤退を開始した。

 シルフィさんは追撃することなく山賊たちの撤退を見送る。しばらくすると山賊たちの気配は完全に消えた。

 「相手を見て喧嘩売れねえから雑魚なんだ阿呆が」

 ライヴィスさんがつまらなさそうに剣をしまう。シルフィさんもそれを見て戦闘状態を解除した。

 「あれならマルセロたちの実戦訓練にもなれないからなあ。まあ、敵が弱いなら楽でいいさ。……さて、邪魔されないうちにさっさと進もう」


 山賊に襲われはしたが、特に被害を出すこともなく歩を進める。

 再び馬の手綱はライヴィスさんが握り、荷車の後方ではシルフィさんが横になって紅茶の葉の匂いを嗅いでいる。

 二人とものんびりとしているように見えるが、常に周囲の警戒は怠っていない。

 「お前ら、そんなに気を張ってると身体が持たねえぞ。もう少し肩の力を抜け」

 ライヴィスさんが僕たちを見ずに語りかける。

 僕とセライラはその言葉にお互いを見やる。二人ともいつでも剣を抜けるよう剣に触れ、いつでも立ち上がれるよう不自然な座り方になっていた。

 セライラの顔を見る。彼女は、口をへの字に結んで僕の顔を睨みつけていた。おそらく僕も同じような顔をしていたのだろう。顔を見合わせていると、お互いに笑いが込み上げてしまった。

 「まあ、警戒を怠らない姿は感心だ。学んだことを活かしているんだから教官としては嬉しいねえ」

 「経験さえ積めばいい戦士になる。やっぱり俺の目に狂いは無いだろう?」

 「そこまで考えてこの二人を同行させた訳じゃないだろうに」

 違いねえ、と御者台で愉快そうにライヴィスさんが笑う。

 まるで山賊の襲撃が無かったかのように、二人の穏やかな会話は続いた。


 しばらく順調に進んでいたが、日も傾いてきたところで、ライヴィスさんが馬の歩みを止める。

 グローデンの山岳地帯には数多くの洞窟があり、陽の高いうちに山を越えられなかった者たちはその中で夜を過ごす。

 寝ている間に山賊が来るのではないかと不安になったが、シルフィさん曰く、夜の闇に紛れて商人を襲うことは稀だそうだ。大抵の者は無理してでも日中に山を通過してしまうし、仮に洞窟で夜を過ごす者がいたとしても、多くの洞窟の中から人がいる場所を捜し出す労力や、闇夜に山道を歩いて崖から滑落するリスクを考えると、夜間に襲いかかるのは割に合わないらしい。

 「まあ、全く無いわけではないからね。僕とライヴィスの二人で警戒にあたるから、セライラたちは馬と荷物を頼むよ」

 

 洞窟に入り、空には月が出てから時間がかなり経った。

 現在はシルフィさんが洞窟の外で紅茶を啜りながら見張りを行っており、入口の近くでは、壁にもたれかかった状態でライヴィスさんが仮眠をとってる。

 洞窟の奥では、僕とセライラが馬の寝息を聞きながら横になっている。お互いにうまく寝付けていないことは、なんとなく察していた。

 「ねえマルセロ。寝ないと明日身体が持たないわよ」

 「セライラこそ」

 無意味に寝返りを繰り返す。セライラに背を向けて目を閉じるが、睡魔はまだ襲ってこない。

 「……私は何もできなかった」

 セライラが呟く。僕がセライラの方へと向き直ると、セライラは僕をしっかりと見据えていた。

 「貴方は山賊の襲撃にも動じていなかった。……私は正直恐ろしかったわ。明確な敵意を向けられることがこれほど怖いとは思わなかった」

 そう言うと、セライラは僕から視線を外し、僕に背を向けた。

 「貴方が羨ましいわ。正直、嫉妬してしまうほどにね」

 それからセライラは一言も発することなく、頑なに僕に背を向け続けた。

 僕は寝付けそうにないなと、天井を見つめる。洞窟には、シルフィさんが紅茶を啜る音が響いていた。


 夜が明けると同時に行動を開始する。

 山賊の襲撃や警戒で日程が狂ってしまったが、今日は山から下りることができるだろう。早く山を下りて不愉快な揺れから解放されたいものだ。

 今日はシルフィさんが手綱を握り、荷車の中ではライヴィスさんがせっせと何かを作っている。

 「ライヴィス、絶対荷車の中で吸わないでくれよ!」

 「分かった分かった。お前は本当に紅茶の事になると必死だな」

 「僕の紅茶に煙草の匂いを付けたら殺すからな!」

 シルフィさんがこんな物騒な事を言うのを初めて聞いた。紅茶の事になると見境が無いのは知っていたけれど、ここまでくると引く。

 荷車の中、僕の対面にはセライラが座る。昨夜セライラはあまり寝られなかったのか、目の下にうっすらと隈ができていた。

 僕が見ている事に気が付いたのか、一瞬僕の方を見やると、その後は露骨に僕から視線を外す。昨夜の事もあり、僕からもセライラに声が掛けにくい。

 僕たちの間には微妙な空気が流れる。そんな僕たちの様子が面白いのか、ライヴィスさんがニヤリと笑っていた。

 不意に馬が止まる。僕たちが荷車から飛び出すと、昨日の山賊たちがそこにいた。

 「懲りないなきみ達も。急いでいるから通してくれないかな」

 シルフィさんが呼びかけるが、山賊たちは言葉を返さない。言葉を返す余裕が無いのか、今にも襲いかかってきそうな空気を纏っている。

 「俺たちゃ舐められたら終いだ……舐められちゃ終いなんだよ!」

 山賊の頭目が叫ぶと同時に、山賊たちが僕らへと駆ける。

 「マルセロ! セライラ! きみ達は後ろに下がって自分の身を守れ!」

 ライヴィスさんとシルフィさんが次々と山賊たちを斬り捨ててゆく。

 「脅威にもなりゃしねえが、死ぬ覚悟で突っ込んでくる奴らほど面倒なものはねえな」

 二十名ほどいた山賊が、もはや数名にまで減らされていた。山賊たちの最後の一団が覚悟を決めたのか突っ込む。

 その中の山賊の一人がシルフィさんに向けて投斧を放る。投げられた本人はつまらなそうに、首を傾け避ける。


 鈍い音がした。

 皆の視線が音のした一点に集まる。山賊の放った投斧が勢いを無くし、地面に落ちる。


 守られるだけの自分を良しとしなかった少女が前線に立とうとしていたことに気が付かなかった。

 守られるだけの自分を良しとしなかった少女が前線に立とうとしていたことを止められなかった。


 それは直撃していた。少女、セライラの頭に。

 彼女は意識を失い、バランスを崩す。その先、崖に向かって。

 「セライラァァァァァァァァァァァァァァ!」

 シルフィさんの手がのびる。だが、その手に彼女を掴むことができなかった。

 ドボンという小さな音が耳に入る。

 セライラ・ドーシュの姿は見えない。

 生死不明。

 僕たちの中で最悪の結果が頭を過ぎっていた。

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