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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第31話 反攻

初めてレビューなるものを書いていただき感動しております。

自分が書きたい物を書かせてもらい、それを読んでくださっている方がいる。

本当に感謝の気持ちで一杯です。

 西の方角で一つの殺意が消え、その代わりに一つの微かな狂気が生まれた。

 ただの一兵卒である自分が気付くほどの変化だ。

 前線において、既に一時間以上敵の猛攻を凌いでいる老兵と剣士も、その空気の変化を感じ取っているはずだ。

 優秀な兵士であればある程、その変化を敏感に感じただろう。その所為か、リデア兵の侵攻が少しだけ弱まる。

 

 「ライヴィスよ! ありゃあお前んとこの若いのだろう! 行かんでええのか?」

 

 「あっちにはランスリッドもいる。 悪い方に化けたら……そん時は斬るしかねえな」


 「お前の弟子じゃねえのか? 道を違えぬための師匠だろう! お前は思いやりを持つべきだな!」


 「そもそも弟子じゃねえし、思いやり云々についてはジジイに言われたくねえな」


 東門に集う兵士たちは、全く以って運に恵まれていないのだろう。

 城壁を破壊するまでは良かったのかもしれない。だが、その先に待ち構えている者が大陸屈指の実力者だったのだ。突撃を繰り返すも、悉く返り討ちにされてゆく。

 前線の指揮官も無能ではないようで、いたずらに兵を失う突撃命令は撤回したらしい。

 押し寄せるリデア兵は、破壊したベントリーの城壁を通り再び自陣へと戻ってゆく。


 「また城壁吹っ飛ばした攻撃が来るかもしれねえな! そいつは拙いと思うが……押し込むか?」


 「精鋭残して数人連れて出る。指揮を引き継げる奴は居るか?」


 「よぅし! グランツ! 後は任せる! ワシらはリデアにひと泡吹かせに行ってくるわい!」


 「勘違いすんな。まだ深追いするつもりはねえぞ」


 暴れたがりの指揮官を持つと、部下は苦労するものだ。

 城壁を出て敵の方へ駆け抜けて行った老兵たちの背を見送る。

 溜息をついたのは自分だけではないだろう。全く、あの老兵は自分勝手だ。

 だが、悪い気はしない。

 単純明快な指示は、この場を守る兵士全員への信頼の裏返しなのだ。そして、その指揮を引き継ぐ者として、その期待に応えたい。

 

 「部隊を分けて防御陣を張る! 城壁崩しの攻撃に備え、間隔を取って展開せよ!」


 リデアの猛攻を受けたものの、士気は未だ衰えていない。

 守り抜く、それが我らの勝利条件だ。


 

 ― ― ― ― ―

 「報告! ベントリー兵約二十名程、こちらへ進軍!」


 「たかが二十なら早々に討ち取らせろ! 何を手間取ることがあるか! 前線の兵長どもは愚図か!」

 

 「率いるはハルク・ダブラー及びライヴィス・クロノス! 最前線の分隊が瓦解しています!」


 「ならば吹き飛ばせ! いくら『大隊殺し』のライヴィスでも砲弾には勝てぬはずだ!」

 

 将軍の元から戻ってきた伝令により、将軍の指示が伝えられる。

 城壁を吹き飛ばすために作られ、実際に鉄壁と謳われたベントリーの城壁を破壊した威力を持つ兵器を人間に向けるのだ。当たれば跡形も残らぬだろう。


 「大砲の準備ができました! いつでも撃てます!」


 「よし……撃て!」


 轟音と共に大砲が火を噴く。

 残念ながら直撃はしなかったようだが、重装兵のうち数人は戦闘不能にできたようだ。

 再び大砲に砲弾を装填する。こちらの大砲の位置を見つけたのか、ライヴィス・クロノスたちは進路を変えてこちらへと駆け出す。大砲を無力化する腹積もりだろう。


 「もう一度撃て! 今度は外すんじゃないぞ!」


 兵たちが慌てて大砲の準備を進め、もう一度轟音を響かせた。


 ――                 ――


 何が起きたのか、大砲の付近にいた兵士たちが蹲っている。

 大砲は跡形もなく弾け飛び、砲兵として側に居たはずの兵の姿も見えない。部隊は混乱の坩堝に飲み込まれ、泣き叫ぶ声が周囲を包み込んでいた。

 状況確認のため、努めて冷静に周囲を見渡す。

 視界に、砲弾を積んでいた荷車にも火が燃え移る状況が映り込む。


 「……っ伏せろ!」


 叫ぶと同時に、砲弾が四方八方に弾け飛ぶ。

 リデア軍の前線は阿鼻叫喚の様相を呈していた。


 ― ― ― ― ―

 リデア軍の前線は混乱に包まれ、指揮系統は既に崩壊していた。砲弾の山が爆発し、広範囲に多大な損害を出している。

 その隙を、彼らが見逃してくれるはずもない。


 「がはは! 敵陣突破は血が滾るわい!」


 「喋ってる暇があったら手を動かせよジジイ」


 他愛ない会話を繰り広げながら、最大の脅威が自陣を突き進む。

 大した抵抗も出来ぬまま、各小隊の兵長たちが優先的に狩られてゆく。混乱に乗じて指揮官を失えば、大軍とはいえ最早烏合の衆と成果てる。

 火薬を詰めた鉄球を撃ち込む事ができる大砲という新兵器を引っ提げ、意気揚々とベントリーの城壁を破壊していたのがまるで嘘のような体たらくだ。

 この戦場における最大戦力は、我々リデア軍のはずだった。

 それなのに、我々は目の前を突き進んでくる男たちを止めることができない。そもそも、この者たちは我々を障害とすら認識していないのだ。

 圧倒的戦力差、たった二十名の兵士に見せつけられる。

 最強の軍隊は次第にその陣形を瓦解させられてゆく。


 「何をしている! 早くそいつらを止めんか!」


 「ここは我々が抑えます! バリオス将軍は一度後方へ退いて部隊の立て直しを!」


 後方からは、我々を率いる将軍の大声が響く。声が届くほどの所まで彼らは迫っているのだ。

 その声色の中には既に焦りと恐怖が含まれている。

 何事にも動じず、冷静に的確な決断を下すことができる者が名将と言われるのであれば、この戦場に名将と言われる存在は何処にも居ない。

 この戦場にいる全ての者が、十数年という時を経た血の匂いに興奮を覚え、恐怖しているのだから。

 

 総大将であるバリオス将軍が兵を率いて後退してゆくのを見守る。大軍を率いる器ではない方ではあったが、総大将を守るのが私の与えられた使命なのだ。その任は全うしなければならない。

 迫り来る敵部隊に目を移す。

 先の大陸戦争を生き延びた者として、目の前に迫るこの男と剣を交えることに並々ならぬ興奮を感じているのだろうか。指先から全身にかけて微かに震えてゆく。

 攻め掛かる兵士を斬り倒しながら歩む男に剣先を向ける。

 大陸で最高の剣士であり、我らリデア祖国最大の裏切り者へと。

 男と目が合う。その男の目に宿る狂気に、避けようの無い死を感じた。

 リデア軍将軍護衛部隊の一員として、先の大戦から今日まで生き延びたというのに。

 そんな私の人生を嘲笑うかのような、それほどまでに圧倒的な差がある。百も承知の上だ。

 私は誉れ高きリデアの騎士。敵を前に逃げることなど露ほども考えることは無い。

 男はこちらに身体を向ける。

 私はここで死ぬだろう。ほんの数合の、若しくはたったの一合もできぬ間に。

 だから私は、死の恐怖を取り払うかのように声を張り上げる。


 「行くぞ……ライヴィス・クロノス!」


 駆け出し、剣を振りかぶった。



 視界が崩れ、色を失ってゆく。

 ああ、斬られたのだ。

 痛みも感じないほど、綺麗に斬られたのだ。


 「……もう眠れ、シェーンベック」


 男は呟く。

 薄れゆく意識の中、私は確かに聞いたのだ。私を見据えながら、確かに呟いたのだ。

 安らかな気持ちだ。最高の剣士が私の名を呼んだのだから。剣士としてこれ以上の餞は無いだろう。まるで勝負と言えぬ立ち合いで。

 血と臓物に塗れ地に伏して朽ちていく最後ではあるが、誇り高き兵士として生き、剣士として死ねる。

 ああ、なんと幸せなことか。

 空は既に灰色。怒号が止み、雲が動きを止めた。


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