表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
30/33

第30話 圧倒

風邪が治ったと思ったらおかわりが来ました。

今冬の目標は「せめてインフルエンザは回避する」ですな。

 古来から繰り返された戦争は、時代の流れと共に様々な発展をもたらしてきた。

 石を投げ合い、木の板で身体を守っていた頃から比べれば、現在の戦争というものはなんと進んだものか。

 鉄を用いて剣を作り、甲冑で身を固め、馬で機動力を得る。

 弓や投石機などを用いた遠距離攻撃の手段も、初めて実戦で用いられた時には脅威だったのだろう。

 この戦場においても、堅牢さでは大陸随一と言われるベントリーの城壁を、いとも容易く破壊した得体の知れない兵器がリデアによって登場し、戦争に新たな時代を作ろうとしている。

 そんな発展の中で、古来よりその本質を変えることなく受け継がれてきたものがある。

 

 「生身でも甲冑でも、結局のところ叩き割っちまえば問題は無い訳で」


 重量のあるメイスを軽々と振り回しながら、ナッシュは私に語りかけてくる。

 生身だろうが、甲冑で固めていようが、メイスで殴られれば同じ事だ。ベントリーの重装兵ですら甲冑ごと叩き割られてしまうのだから。

 視界の端にマルセロが見える。クーパーと激しく斬り合っているようだ。その戦闘は激しさを増し、何人もその空間には入り込むことができそうにない。

 

 「余所見は危険ですぜ、お嬢さん」


 身を屈めて横薙ぎに振るわれるメイスをかわす。剣で受け流そうとすれば、間違いなく剣ごと私の身体もへし折られてしまうだろう。下手に剣で受けることはできない。

 自身の持つ武器で相手の攻撃を受けられないということが、私の取れる行動の幅を一気に狭めてゆく。背筋に気持ちの悪い汗が流れた。

 そんな私の思いを見透かしているのか、ナッシュは私との距離を一定に保つ。

 きっちり私の剣が届く必殺の間合い、私が剣を振れば確実にその首を刎ねることのできる距離を。


 「はてさて、こちらの思惑も分かってるでしょうし、お嬢さんの考えもようく分かりますもんで……どうしたもんですかいね」


 飄々としたものだ。言葉の中から焦りなど全く感じない。それに対し、私は有効な攻撃手段が分かっていないのだ。その時点で、私とナッシュの戦いの結果は見えている。

 剣を構え、ナッシュとの距離をもう一度測り直す。

 そんな私の様子には目もくれず、ナッシュはマルセロとクーパーを見つめていた。


 「ダメですねえ」


 彼は苦笑いを浮かべて呟く。


 「あれじゃあダメでさあ」


 「何を言ってるの?」


 「あい? ああ、うちのカシラは負けるでしょうなあ」


 リーダーであるクーパーが負けると言い切ったことに、私は少し面食らってしまう。この男は自分の仲間に対して信頼というものを持ち合わせていないのだろうか。


 「あの坊っちゃん……ふむ、残念ながら時間がなさそうで。うちのカシラが負けちまうと困っちまう。いくらチビで身軽とはいえ人間一人担いで逃げなきゃなりませんからねえ。そいつは疲れるんで嫌なんでさあ。とりあえず応援にいきたいんで、お嬢ちゃんは寝てておくんない」


 メイスを肩に担ぐと、ナッシュは一気に彼我の距離を詰めた。


 気が付いた時には、私の視界に青空が広がっていた。

 慌てて立ち上がろうとするが、脇腹から激しい痛みが全身に広がる。

 その痛みに引きずられるように、私は再び膝を地につけた。


 「おっほー。まともにぶち当てた感触はあったんですがね。まさか起き上がるとは驚きましたね正直。まあ、暫くまともに動くこたあできんでしょうが」


 ジワリとした、気持ちの悪い汗が全身から噴き出ている。

 完全に骨をへし折られているようで、痛みで呼吸が整わない。

 どうも一瞬ではあるが、確かに私は意識を手放していた。死ななかったのは運が良いのか悪いのか。


 「悪運……なんでしょうね」


 自虐的に呟く。意識は手放しても、剣だけは強く握りしめたままだったことに気付いた。

 何故だかそれが可笑しく思えてしまい、ついつい私は途切れ途切れの笑いを洩らす。


 「あら、間に合いませんでしたかい」


 荒い呼吸の先から、飄々とした言葉が聴こえた。


 「ツキがねえのはお互い様……ってとこですかねぇ」


 ナッシュはそう言うと、メイスを背中に収めた。

 その行為の意図を考える時間は必要なかった。


 「うちのカシラが負けちまったようでさあ。なんて呆気ねえんでしょうね。あんな惨めな負け方、あっしは御免ですぜ」


 ナッシュの溜息が向けられた方向へ視線を動かすと、仰向けに倒れているクーパーと、それを見下ろすマルセロがいた。



 「カシラが負けたんで勝負ありですわな。あっしらは殺されんうちにトンズラさせてもらいましょうかね。坊っちゃん、あっしらは撤退しますんで見逃しておくんない。そこでボロ雑巾みたいなっとりますが、一応あっしらのリーダーなもんで回収させてもらいやすぜ」


 ナッシュはクーパーを担ぎ、私達に背を向ける。


 「次会う時は、是非とも敵対したくないもんでさあ。女を殴るのも些か罪悪感がありやすし、何より坊ちゃんとやり合いたくないですからねえ」


 「命を取るつもりはないよ。僕は聖アイネスの騎士だ。無駄な殺生はしない」


 「坊っちゃん、嘘言っちゃあいけねえ」


 ちらりとマルセロに視線を向ける。ナッシュはにやりと笑い、


 ――あんた、殺人鬼の目をしてやすぜ――


 そう言い残して、彼らは西の城門に向け去って行った。


 「……何が罪悪感よ。躊躇なく殴り飛ばしたくせに。ねえ、マルセロ?」


 その横顔は、忘れることはできないだろう。


 「ああ、そうだね」


 私の言葉に明るく答えるマルセロ。


 「セライラ、大丈夫かい? 一度退こう」


 その顔は薄く笑いを浮かべていた。


 「ええ……ごめんなさい、肩を貸してもらえるかしら?」


 「もちろん、生きて戻ろう」


 ほんの一瞬だけ浮かび消えたその表情。


 ――それはまるで、無邪気な悪魔のような――

次回も数日内に更新したいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ