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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第29話 激化

岡山マラソンがありました。

色々な色のウェアを着たランナーの方々が走り抜けて行く様は中々に綺麗でしたなあ。

 「……いったい何が起きているのだ」


 北方面を守るゼトは進退を決めかねていた。

 北部に展開している敵の兵士は積極的に攻めてこない。こちらが動けば下がり、こちらが下がれば迫り来る。我々をこの場に引き留めることだけを目的としているのだろう。苛々させられるが、これも敵の戦略なのだ。ならばその戦略を上回る知恵を出せば良いだけの事。それが対峙する指揮官としての務めだ。

 だが、じっくりと思案する時間は与えてもらえない。その上、東側の戦況が伝わってこない。指揮するには情報が少なすぎる。

 ダブラーの守る東の城門から爆音が響き、黒煙が舞い上がってから少し時間が過ぎている。東方面で怒号が響き渡っているのを聞くに、恐らくダブラーの部隊がその堅牢さを以ってリデアの侵攻を防いでいるのだろう。

 だからこそゼトは考える。東側は信頼に足ると。

 だからこそゼトは遅れる。更なる敵による一手に。


 


 怒号を聞くのは今日で2回目になる。

 その方向に目を見張る。

 東の城門からではない。その対面、西の城門から煙が立ち上る。

 完全に虚を突かれてしまった。

 西側にリデアの部隊が展開していなかったはずだ。どこかに兵を潜ませていたのだろうか。

 どっちにしろ西の城門で戦闘が開始されたことに変わりない。そっちから攻められる事は無いと踏んでいた私の責任だ。少数の部隊は残しているが、急いで救援に向かう必要があるだろう。

 だが、現状救援に向かうことは難しい。

 今から西へ向かうには、北の城門を通り、街の中を進まなければならない。

 しかし、今この場を離れてしまえば敵部隊が我先にと押し寄せてくるだろう。

 ここに至り、ゼトは苦虫を噛み潰した表情を隠せなくなった。

 悪い知らせとは続くものだろう、青ざめた表情の兵士が駆け寄ってくる。


 「報告いたします! 東城門はリデアの攻撃で崩壊! 現在ダブラー様が防衛中! また、先程西の城門が突破されました! 東はリデア兵、西は……愚者の芸猟団と思われます!」


 「忌々しい犬どもが! リデアに雇われて尻尾を振りやがって! ……ローク! 兵を半分連れて城壁内へ向かえ! 何としても民を守れ!」

 全く、心労が絶えない。ダブラーのように脳筋でいられたらどれだけ楽だろうか。

 馬の手綱を繰り、敵に向き直る。

 城壁の堅牢さに胡坐をかいていたことは反省だ。

 もはや余裕など無いに等しいが、都市部には心強い味方がいる。

 全てを信じ、為すべき事を為すしかない。ゼト・ノエルは今一度敵部隊へ駆け出した。


― ― ― ― ―

 

 あらかた街の人々が居住区に避難できた頃、東の方向から轟音が響いた。

 東に視線を向ける。微かに舞う硫黄の匂いと、舞い上がる砂煙の中から金属の擦れる音と怒号が地鳴りのように響いてくる。

 何が起きているのかは皆目見当が付かないけれど、東側には隊長も居るのだから問題は無いだろう。

 東の戦闘が激化した頃、西の方向でも命が刈り取られたような叫び声が上がる。

 ダブラーの部下である重装猟兵団の一団が食い止めているようではあるものの……時間の問題かしらね。

 戦力的には少し心許ないが仕方が無い。隊長は東、シルフィは北。残された戦力を分けるにはこれしかないのだから。


 「マルセロ、セライラ……貴方達は西の守りへ。私は中央へ向かうわ」


 「わっ、わかりました!」


 「気をつけなさい。西から来たのはおそらくクーパーよ」


 セライラの顔が強張っている。セライラにとって先の戦闘は敗北だったのだろう。無意識に恐怖が身体を支配してしまっているのかもしれない。


 「大丈夫、勝てるよ」


 マルセロが呟く。思わず私の目がマルセロに釘付けになった。


 「行こう、セライラ」


 もう既に少年はいない。目の前には確かに一人の戦士が立っていた。ほんの少しの間に大きくなったものね、と母性めいたものを感じて微笑んでしまう。


 「任せたわよ、二人とも」


 戦士は無言でそれに答え西へと駆けてゆく。

 その背中を見送り、私は街の中心へと歩み始めた。


 ― ― ― ― ―

 西を守るダブラーの部下は後退を余儀なくされている。

 彼らが弱いからではない。西から迫り来る敵とは単純に相性が悪いのだ。


 「進め! 全員蹴散らせ! 分かれて街の中央広場へと向かえ!」


 先頭を歩く男が叫ぶ。その両手は既に赤く染まり濁る。

 その姿に思わず私は震え、掌には汗が滲んだ。


 「マルセロ……」


 「大丈夫、 僕たちは一度勝ってるんだから」


 その心にある不安を見透かしたようにマルセロは呟く。

 全く情けない話だ。騎士学校では私の方が強かったのに、今は彼の半歩後ろで震える手を押さえつけている。

 視線の先に居た男がこちらの存在に気付き、狂った笑顔を浮かべた。


 「来るよ!」


 男は一気に彼我の距離を詰め、マルセロに斬りかかった。


 「マルセロォ!」


 その目には、もはやマルセロの命しか映っていない。

 マルセロと競り合うクーパーに向け、剣を振るう。

 だが、その剣先はクーパーに届く事は無かった。


 「お嬢ちゃん。悪いがサシでやらせておくんない」


 細身の、顔色の悪い長髪の男が私の剣を素手で止めていた。


 「ナッシュ、その女は任せたぞ」


 「……死にそうになったらトンズラしますぜ」


 身の危険を感じ、一気に距離をとる。その判断は正解だったようで、私が立っていた場所には、いつの間にか振り下ろされたメイスがめり込んでいた。


 「あら、避けられましたかい。 新人さんと言えど伊達じゃないってことですかいね?」


 飄々と、徐々に殺気を露わにしてゆく。


 「ま、カシラはあのお坊ちゃんにご執心らしいんで。こっちはこっちで遊んでおくんなし」


 そう言うと、ナッシュはメイスを振りかぶり、私に向けて飛び込んだ。

 私とマルセロ、それぞれの戦いが始まった。

次回は二、三日で更新予定です。

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