第28話 砲火
最近ハッカ油なるものを買いました。
鼻づまりに効くとのことでマスクにかけてみました。
鼻より先に目に効きますね。
「ふぅん……試作品にしてはなかなかの威力じゃないか」
リデアの丘の上から、ベントリーの東の城壁を眺める男がいた。
「ベントリーもこの兵器の前には丸裸のようなものだな」
「ヴァン・ドレイク様、さらに砲撃を継続し、城壁の完全なる破壊を致します」
「いちいち報告しなくてもいい。この戦場はお前が指揮官だ。違うか? ミゼル将軍」
恭しい敬礼の後、将軍は全軍に指示を伝える。
正直に言えば、全く使えない奴だ。
この程度の奴がリデアの将軍になれてしまうのだ。リデアという国は最早、自らの力を以って過去の栄光を取り戻すことができないのだろう。
先の戦争で多くの有能な将校がこの世を去った。残りカスによって統率される軍事大国など、こけおどし以外の何物でもない。
だからこそ、一個人である俺が付け入ることができるのだ。精々、俺の為に働いてもらうとしよう。
しかしつまらない戦場だ。結果の見えている戦場ほど退屈なものは無い。
終わるまでの我慢だ。どうせ、もう既に俺の本来の目的は果たしている。暇潰しにもならないだろうが、この無能の雄姿でも拝んでやろうか。
本陣に置かれた椅子に深く背を任せ、ヴァン・ドレイクは静かに笑う。
破壊された東の城門から、リデア兵が押し寄せる。城門を吹っ飛ばした物が何なのかは皆目見当が付かない上に、今も継続して城壁が吹っ飛ばされている。
これ以上城壁を削られるのはよろしくねえ。だが、こんな危険な状況下こそ戦場の醍醐味と言うものだ。
「がははっ! 戦場らしくなってきたじゃねえか!」
ダブラーは心底楽しそうに雑兵を薙ぎ払う。
ベントリー兵の間には多少の動揺が広がったが、老兵の存在がその影響を最小限に留めていた。
「発奮せよ! 我ら重装猟兵団に撤退の文字は無いぞ!」
重装猟兵団の面々は雄叫びを持ってその言葉に応じる。東を守るベントリー兵の士気は最高潮に達した。
乱れた隊列を再び整え直すと、迫り来るリデア兵を待ち構える。
「城門ブッ飛ばされようが、脳筋ジジイとその部下には関係ねえんだな」
東門から街の中心部へと通じる道の上に屍を築きながら、ライヴィスは呆れ顔になっていた。
「当然だわい! ワシらは強いぞ! この鉄壁の布陣を抜けるものならやってみるがよいぞ!」
ダブラーが笑うと同時に轟音が響く。
地面が弾け飛び、その周辺で隊列を組んでいたベントリー兵が四方八方へ吹き飛ばされる。
残された兵たちが大盾を構え防御態勢を作るも、再度響く轟音の前には何の意味ももたらさなかった。
「抜かれてんぞ、鉄壁」
「何が起きてんだ! 出鱈目すぎるだろうが!」
幾度かの轟音の後、重装猟兵団の隊列は崩壊し、ベントリー東側の城壁も大きな穴を開けられていた。それを確認すると、リデア兵はベントリーへの攻勢を強めてゆく。
大軍を進めるため、先程までの攻撃は行わないらしい。流石に仲間を巻き込みたくはないのだろう。
「あの攻撃を続けられりゃ拙かったが、白兵戦なら負ける気がしねえな」
「よぅし! 人間相手なら戦えるぞ!」
「えらく限定的な鉄壁だな」
老兵と剣士は並び立つ。
ベントリーという国を背に、彼らが退く事はない。
突撃命令が下ってからどれほどの時間が経ったのか、次々と命を刈り取る様を見せつけられ、リデア兵の足取りは次第に鈍くなってゆく。
どれだけ苦痛にまみれた研鑽の日々を重ねたとしても、目の前に立つこの剣士には何の価値もないのだろう。
目の前に立ち塞がるこの男は、未だその手に、その腰に提げた武具を用いていないのだ。
まるで己の武器を使う程でも無いと言うかのように、リデア兵から鹵獲した剣を使い捨てていた。
「貴様の剣を抜け! それが騎士としての礼儀であろうがっ!」
リデア兵の誰かが叫び、ライヴィスは動きを止める。
立て続けに声が響く。
「騎士の命を冒涜することはっ! 何者にも! 女神にすらっ……!」
ほんのわずかの間ではあったが、名もなきリデア兵とライヴィスの間には沈黙が生まれた。
「冒涜か……」
リデア兵が斬り込む。あと数センチというところまでその剣が振り下ろされた。
「まったく、その通りだ」
崩れ落ちるはリデア兵。
その右腕には見慣れぬ形の剣が携えられている。
「東にある島国で愛用されている武器だそうだ。刀というらしい」
鉄で作られた胸当てごと切り捨てられたリデア兵を見て、その切れ味に息を呑む。
ライヴィスは薄く笑い、刀の切っ先をリデアに向ける。
「冒涜と感じたならばそれは悪い事をした。これより剣士としてこの場に立たせてもらおう」
黒き羽が再び羽ばたき始めた。
概ね一週間を目処に更新します。