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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第26話 押し寄せる波

最近、自分の頭にソーラーパネルを乗せて自家発電しながら酢を飲む夢を見ました。

一体何だったのか全く分かりません。

 私と隊長がダブラーから解放されたのは、既に月が燦然と輝いている夜半だった。

 哀れみの目を隠そうともしないダブラーの部下に案内され、私達はベントリーの城内にある空き部屋へと入る。

 既にシルフィ達もこの部屋に案内されており、私達が到着すると苦笑いをこちらに向けてきた。どうやらゼトは極めて紳士的で常識的な対応をしたのだろう。

 「災難だったね。おじいちゃんは元気だったようで何より」

 「……斬るぞ」

 隊長が悪態をつくが、倒れ込んだベッドからは動こうとしない。

 ここまで隊長を疲弊させることができるのは、ある意味あの老兵だけかもしれない。

 「私達がダブラーに捕まっていた間……貴方たちはとーーーーーってもお楽しみだったようね?」

 「うん、その通り。ゼトと会っていたよ。良い店があってね、酒も料理も満足な……ランスリッド、槍を構える必要は無いんじゃないかい?」

 ゼト・ノエル。ダブラーと双璧を成すベントリーの要ではあるが、ダブラーと違ってまともな男だ。こちらの惨状が想像できた上で楽しんでいたのなら、私は今すぐここでシルフィを討っても問題なさそうだ。

 「待て待て待て! ただ飲み食いして楽しんでた訳ないだろう!」

 「はあ……彼は何か言ってたのかしら?」

 「リデアに送った斥候が全員帰ってきていないらしい。……たぶんもう死んでるんだろう」

 「それはいつのこと?」

 「ひと月前、全部で8人だ。定期連絡がパッタリ途絶えているそうだよ」

 全員が戻ってきていないのなら、状況はかなり深刻だと言える。こちらの斥候の情報は筒抜けなのに敵方の情報はまるで掴めないのだから。

 「リデアの出方が分からない以上、ベントリーの兵士にできるのは戦闘準備だけさ。そもそも進軍するほどの兵力も無いし、はなから籠城戦を想定した国と軍だ。リデア軍の動きが早いか遅いか……だね」

 情報が無い中、いつ来るとも分からない敵を待ち構えることは非常に精神を蝕む。だからと言って、ベントリー兵は進軍するほどの戦力、戦略を持っていない。

 そもそも過去にリデア兵を何度も押し返した城塞都市だ。その優位性をむざむざ手放すことは無い。

 ふと窓の外を眺める。

 城壁の先には、かつて私と隊長が愛した国がある。

 もう一度あの国と血を流さねばならないことに、私は微かな悲しみを覚えた。

 ゆっくりと夜は更けてゆく。空を眺める私の気も知らずに。


 


 ベントリーに到着してから4日が過ぎた。驚くほど世界は平穏で、僕たちが想像していた戦争という事態が起きる気配は未だに感じられない。

 この4日間、ベントリー兵は常時警戒態勢であるが、僕たちアイネス組は思い思いの時間を過ごしていた。

 ……ライヴィスさんを除いて、ではあるが。

 「ライヴィス! さあ今日も平和だ! 有意義な日にしようじゃないか!」

 「うるせえ耳元で叫ぶな! あと何日俺に苦行を与えるつもりだ!」

 ベントリーに到着した日から今日に至るまで、ライヴィスさんはずっとダブラーさんに捕まっている。

 肩に手を回されたまま、ライヴィスさんはまたどこかへ連れて行かれる。そんな様子を、僕たちは哀れみの目をもって見つめるのだった。

 ライヴィスさんたちの姿が見えなくなり、特にすることのない僕とセライラは、少しベントリーの街でも歩いてみようかと話していたその時だった。

 

 街の東と北の方角から角笛の音が響く。その音を受け、街の中央の鐘楼がけたたましく打ち響かされる。

 鐘の音が響いた途端、道を歩いていた人々は一斉に駆け出し、それぞれの家の中へと入っていった。

 何事かと、僕たちは周囲の様子を窺うと、次第にベントリー兵の声が響き始めた。

 「敵襲! 敵襲! 東門の方向、リデア軍およそ三千! こちらへ侵攻中!」

 「北門もだ! こちらは約五百!」

 ベントリー兵も即座に所定の位置へと移る。

 「ランスリッド、きみはエルネリアでの傷が癒えていない。マルセロたちと一緒に市民の避難誘導を助けてやってくれ! 僕は鐘楼へ向かう!」

 そう言うと、シルフィさんは中央広場へと走って行った。

 「マルセロとセライラは、みんなを教会や宿屋へ誘導しなさい! 急いで!」

  

 避難誘導も終わり、辺りは不思議なほどの静寂に包まれている。

 僕たちも中央の鐘楼へと向かうと、鐘楼の上ではライヴィスさんとダブラーさんが何やら話をしていて、シルフィさんとゼトさんは、その下の広場で防衛戦闘の作戦を確認している所だった。

 「この国の堅牢さはリデアもよく知っている故、下手に攻めては来ないだろう。ダブラー、我々は北に当たるぞ!」

 「おうゼト! 北の分隊は任せるぞ! ワシらは攻め込んでくる本隊を削って……あいつら投石機で何か飛ばしてきたぞ!」

 「投石機からの攻撃なら城壁を越えてくる事は無いでしょう。それ相応の高さはありますし」

 「何だ? ……石じゃねえぞ! 越えてくるぜ!」


 ――それは中央広場からほんの百メートルほど離れた所へと落ちてきた――

 「うわあああああああ!」

 僕たちが駆け付けると、着弾点の近くに居た兵士が腰を抜かして座り込んでいた。

 「一体どうした」

 ゼトさんがその兵士に声を掛けるも、反応が無い。ただ恐怖に引き攣った視線を一点に集中させるばかりだ。

 僕たちはその視線の先に目をやる。一軒の家の壁が崩れており、その瓦礫の向こうに、丸い何かが転がっていた。

 いや、何かは分かっている。だけどその状況に実際の処理が追いつかないのだ。

 その物体が、一体どうして家の壁をぶち抜いて、一体どうしてそこに転がっているのか。

 かろうじて原型を留めているソレが、僕の精神をガリガリと音を立てて削ってゆく。


 ――こいつは……人の首か?――


 ゼトさんはゆっくりとそれに近づくと、はっと息を呑んだ。

 「っ! ……間違いない、行方知れずになっていた斥候の一人だ」

 その首を抱きかかえながら、ゼトさんは感情を押し殺す。その身に余る憤怒を。

 彼の後ろからその様子を眺めていたシルフィさんが何かに気付いたのか声を上げる。

 「ゼト、口に何か挟まってないかい?」

 その首の口には白い、少し血で汚れた紙が咥えられていた。

 紙を取り出し広げると、そこには短い文章が書かれていた。

 

 ――リデアはベントリーに宣戦布告する。

         同時に、預かっていたそちらのお仲間をお返しする――


 その文章を読み終わった、丁度その瞬間だった。

 立て続けに7回、何かがベントリーの街に降り注いだ。

 合計で8回、それが意味することを、誰も口にはしなかった。

 そして、とうとう感情が爆発する。

 「ゼト・ノエルより部隊員に告ぐ! 北門に展開するリデア兵を根絶やしにするぞ!」

 彼は白馬に跨ると、迷うことなく北へと走り去って行った。

 ゼト・ノエルの憤怒が開戦の合図となった。

次話は概ね一週間後に

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