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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第25話 双璧の歓待

そろそろ衣替えをしようかなと思いつつ、ついつい後回しにしてしまう。

毎年反省しないなと思う今日この頃。

 城壁は高くそびえ立ち、善き者に感動を、悪意ある者に絶望を与える。

 東西南北にそれぞれ城門を構え、その内側にも外敵を排除するための備えが施されている。

 僕たちが通った西側の城門の内側は、四方を分厚い石壁で囲まれた空間が広がっており、さながらアリジゴクの巣のようだった。

 この空間を抜け都市部へ侵攻するためには、更にもう一枚の重厚な鉄扉を破壊しなければならず、正攻法で突破すると死屍累々、阿鼻叫喚となることは火を見るよりも明らかだ。

 「残りの三か所の城門も捻くれてるからね。まさに城塞都市というに相応しい堅牢な都市だ」

 アイネスの城門もこれくらい固めればいいのにと、先頭を歩くシルフィさんが呟く。

 ベントリーの城壁内に入れたことが軽口を叩く余裕を生み出したのかもしれない。僕たち三人は久しぶりに軽い気持ちで歩く。ベントリーの中心部はもう間もなくだ。

 「まあ、あの二人なら心配ないさ。彼らは化け物の類と言われてもおかしくないしね。ここにあの二人をどうこうできる者は居ないし、そもそも敵対していないからね」

 この場にいない二人のことを案じる者はいない。それだけ彼らは規格外なのだから。

 「とりあえず、何か食べよう。今のうちに休んでおかなきゃだ。休める時にしっかり休んでおくことも大切なことだ。いざ戦闘になった時すぐ動けるようにしておこう」

 戦いが間近に迫る中でも飄々としていられる、僕たちの教官も存外化け物じみている。

 「失礼。聖アイネスの騎士、シルフィ・エルス殿とそのお仲間とお見受けする」

 そんな事を考えながら歩いていると、僕たちは一人の騎士に呼び止められた。

 馬の上には青い鎧を身に付けた男が一人。銀色の短い髪に、真一文字に結ばれた口、大きく凛々しい目元を持つその姿はまるで絵画のようだった。

 「おや、ゼトじゃないか。わざわざ迎えに来てくれたのかい?」

 「そろそろ来る頃ではないかと思っていました。あなた方は客人だ。出迎えをすべきだとは思っておりましたが、ライヴィス殿の書簡に基づき、失礼ながら行商人と同じように入国していただいた」

 ゼトと呼ばれた騎士は馬から降りると、僕とセライラの前に立った。

 「お初にお目にかかる。私はベントリー重装騎兵隊を率いているゼト・ノエルという。若き騎士よ、遠路遥々、よく無事にここまで来られた。歓迎しよう」

 「初めまして、マルセロ・ブルクです」

 「セライラ・ドーシュといいます。隊長殿自らの歓待、痛み入ります」

 「もしや、クレスト殿とアメリア殿の縁者であるか? なるほど、どことなく面影を感じる」

 ゼトさんはしばらく僕とセライラの顔をしげしげと眺めていた。

 「ゼト、そろそろいいかな? とりあえず、どこか良い食事処は無いかい?」

 「これは失礼した。懐かしさについ時間を忘れてしまったようだ」

 ゼトさんは馬の背を軽く叩くと、馬はベントリーの街へと駆けて行った。

 「では行こうか。我々が入り浸るほど良い店を紹介しよう」

 そう言うとゼトさんは街へと歩き出す。その背中を追う僕の頭からは完全にライヴィスさんたちの事が抜け落ちていた。

 


 ――時は30分ほど遡る。――

 ベントリー西側城門にたどり着いた私達は、城門を守る衛兵に身分を明かして城壁の中に入った。

 西側の城門内部は初めて入ったけれど、まるでアリジゴクの巣のようだと思う。

 そんな空間の先にある鉄門が開き、先へ進もうと歩きだした。

 そんな私の動きを衛兵が止めた。

 「この先に進んでよいのはこの三名だけだ。お前達は我々についてきてもらう」

 そう言われるやいなや、私とライヴィス隊長は衛兵に取り囲まれた。

 「手を出すな。シルフィ、先に行け。二人のお守りを頼む」

 「そうかい。じゃあ食事でもしながら待っとくよ」

 下がれ、という隊長の指示で私は太もものホルダーに納めていた、折りたたみ式の細槍に触れる手を戻した。

 鉄門が閉まり、この空間に残されたのは私達とベントリーの衛兵だけとなった。

 「お二方のみを連れてこいとの命令です。武器を向けた御無礼をお許しください」

 こちらへ、と衛兵が先導する。城壁に隠されていた扉を開き、城壁の内部を歩く。

 そう長くない時間を経て、私達は城壁内のある部屋の前に辿り着いた。

 「失礼します。隊長、お連れしました」

 そう言うと、衛兵は通路の脇へ立ち部屋への道を開けた。

 「入ってこいライヴィスよ! お前とは話したいことが山ほどあるんだ!」

 扉を開けると、老獪に笑う大柄な老兵が立っていた。

 「なんだ、まだ生きてたのか」

 「ガハハ! この国はなかなか隠居させてくれんのだ! 老人に優しくないぞまったく!」

 「そんじょそこらの老人と同列に語るんじゃねえよ。お前みたいな老人があるか」

 目の前に立つ老兵、ハルク・ダブラーは豪快に笑う。

 屈辱の記憶が蘇る。 

 かつて、私が黒翼の七騎士としてベントリーに侵攻した時、私はこの老兵の守る北の城門を突破することができなかった。いや、正確に言えば、北の城門だけは突破できた。

 だが、城門を抜けてすぐ、この老兵が敷いていた防衛線を崩すことができなかったのだ。

 この男に向けた槍は容易く折られ、二度も後退を余儀なくされた。あまりの悔しさに枕を涙で濡らしたこともあった。

 「おう、小娘! そんでもってお前さんもしばらく見ねえうちに更に美人になりやがって!」

 「おじい様、あまり大きな声で喋らないで。私の身体に悪影響です」

 鬱陶しいくらいに声がうるさくて豪快、私のような淑女には合わないのだ。

 「おぉ! 手酷くやられたみてえだな! 医者を手配してやろう!」

 大きく響く声で会話が筒抜けなのだろう。ダブラーが呼び付けるよりも早く医者が部屋へと入ってくる。

 手慣れた様子で目隠しのカーテンを設置してゆく。周囲の目を配慮しての措置なのだろう。

 ……女性だから別の部屋で手当てをするという発想は持ち合わせてくれなかったらしい。

 「それで? わざわざ俺たちを呼んだのはどういう訳だ。作戦の打ち合わせならしねえぞ。脳筋ジジイよりももっと適任で優秀な奴がいるだろうが」

 「なんだ、ゼトならシルフィたちを迎えに行かせたぞ!」

 「分ける必要無かったんじゃねえのか? じゃあ何の用なんだよ」

 隊長が促すと、ダブラーはその老いた顔を豪快に笑わせ、部屋の奥に置かれていた樽のもとへ徐に向かった。

 その樽を転がしながらこちらへ戻る。樽を立てらせ、私たちにジョッキを差し出した。

 「さあ話してもらおうか! お前たちの十年間を。酒と時間ならたんまりあるぞ!」

 樽の中身は間違いなく酒だ。

 ……三人で飲むような量ではない。

 ……私は隊長の、心の底から嫌そうな顔を見てしまった。

次も早めに更新します。

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