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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第24話 集う者たち

台風の影響で少し更新が遅れました。


 ベントリーへと向かう僕たちの心の中とは裏腹に、空は青く澄み渡っていた。


 野営の片付けを終え、ベントリーへと向けて歩む。

 エルネリアの郊外まで来ると、この辺りは昨日の戦闘など存在しなかったかのように静かな時を刻んでいた。

 その反面、一歩一歩先へと進むたびに、これから待ちうける戦闘の影を色濃く感じてしまう。それは僕にとって大きな恐怖だ。今までも感じていた事だけれども。

 セライラの方へ視線を向ける。僕の斜め前を進む彼女の表情は確認できないが、歩く姿は凛とした印象を与えている。彼女は一体何を考えているのだろうか。気にはなるものの、話し掛けてまで聞いてみようという気は起きない。

 しばらく無言で歩いていたが、シルフィさんが不意に僕の肩へ手を置いた。

 「マルセロもセライラも、二人ともいい顔するようになったね。教え子の凛々しい表情を見ることができるっていうのは教官冥利に尽きるね」

 シルフィさんが笑う。

 「いい顔、ですか?」

 前を歩いていたセライラが振り返る。綺麗な顔に付けられた擦り傷を見るのは少し心苦しい。

 「そうだ。マルセロはお父上に、セライラはアメリアに引けを取らないさ」

 覚悟を決めた人間の顔だ、そう言って微笑んだ。

 お姉さんに引けを取らないと言われたことが嬉しかったのか、セライラは顔を赤くしている。僕はどうなんだろう。嬉しいのは確かにその通りだけれど、父さんのことはよくわからない。僕が実際に父さんの強さを知っているわけではない。全て母さんや、父さんの仲間の兵士の人から教えられたことばかりだ。

 僕にとっては誇りであり目標とする存在だけれど、もしかしたら、その実は曖昧で漠然としか捉えられていないのかもしれない。

 実戦を経験してから、僕の思い描く父さんの姿が少し見えなくなったようだ。

 「ベントリーまでまだ遠い、そんなに気負うな」

 先頭を歩くライヴィスさんの言葉に、少しだけほっとした。

 とにかく、今僕にできることは集中することだ。決戦の時に足を引っ張るわけにはいかない。僕は前を見据え、足を踏みしめた。


 ――城塞都市ベントリー――

 この国を表すならば、まさに『堅牢』。大陸の歴史を紐解いてみても、建国以来、この国が完全に陥落したことは無い。

 先の大戦により受けた損傷も、今はもう修復され、さらに強固な要塞として再び外敵の前に立ち塞がる。

 ベントリーの中央部にそびえる鐘楼は東西南北を全て見渡すことができ、有事の際には見張り塔として使われる。

 そんな鐘楼の中には東を見つめる者がいた。

 一人は歴戦の老兵、ベントリー重装猟兵団団長『ハルク・ダブラー』。

 もう一人は、若き英雄、ベントリー重装騎兵隊隊長『ゼト・ノエル』である。

 ベントリーの双璧とされる戦士たちだ。

 もしも先の大戦でこの両雄がいなかったならば、ベントリーはリデアの侵攻を防ぎきることはできなかったであろうと言われている。

 「どう思うね、ゼトよ」

 「ライヴィスの手紙のことですか?」

 「グハハ! それ以外に何があるか! あれほど面白いものは久しぶりじゃわい!」

 ハルク・ダブラーは豪快に笑う。その姿を見て、ゼト・ノエルは思わず溜息を漏らす。

 「……リデアが再び大陸侵攻を計画しているのであれば、まず間違いなくここへ兵を進めるでしょう。ですが、リデアがそのような動きをすれば、我々が把握できていない訳が無い。もしもそんな事があれば、国防の一大事ですよ」

 「面白いじゃないか!」

 「面白くないですよ」

 まったくこの人は、と常々思う。ハルク・ダブラーという男は、一兵卒から今の立場を得た根っからの叩き上げの戦士だ。この男と同期入隊の戦士たちはとうの昔に隠居しているのだが、どうやらこの老人には後進に道を譲るという考えは無いらしい。十代で戦いに身を置いてから早五十年以上経つというのに元気な事だ。

 だがしかし、この老兵がいてくれることで得られる安心感というものは凄まじいものだ。

 この老兵が率いる部隊がいるからこそ、私の部隊が後方を憂うことなく敵陣に乗り込める。

 「ゼトよ」

 「何でしょう?」

 「俺はもう一度この国を守れたら隠居するぞ!」

 私は何度目か分からない溜息をもらす。

 「……それは先の大戦の時にも聞きましたよ」

 「ガハハ! そうだったか? 歳を取ると忘れっぽくなってかなわんな!」

 東の空には月が浮かび始める。

 「あなたのような生粋の戦士が引退などできるはずが無いでしょう。似合わない」

 「そうか。ゼトのお墨付きがあるなら、まだまだ戦いに生きようかのう!」

 ハルク・ダブラーはギラリとした視線を東へ向ける。

 身震いしたのは寒さのせいか、それとも。


 

 とある集団が闇夜を進む。

 その集団は、エルネリア郊外にある古めかしいレンガ造りの小屋の前で止まると、先頭に立つ小柄な男はノックもせずにその扉を開いた。

 「危ない危ない。もうちょっと早く扉を開かれてたらあっしは下半身丸出しでしたぜ。おちおち便所に行ってらんねえてのは勘弁しておくんなさいよ」

 小屋の中にはひょろりとした長躯の男が座っていた。

 飄々とした物言いを意に介していないのか、小柄な男はその男の前まで進むと、近くにあった机に腰掛けた。

 「仕事だ、ナッシュ。依頼人は俺だ」

 「それは仕事じゃなくて命令じゃないんですかい? クーパーの旦那」

 「いいや、これは正式に依頼する。俺の我儘のためにお前ら部下を連れて行く」

 口をへの字に曲げながら、ナッシュがクーパーの言葉の意味を量る。

 「……依頼の内容と、報酬はいかがなもんで?」

 「俺と共に戦え。報酬は誇りだ」

 「ほほう。そりゃあまた曖昧で意味のねえ報酬でさあね」

 ほんの一瞬、ナッシュと呼ばれた男は考える。

 いや、考えたふりをする。クーパーがここへ来た時より答えは決まっているのだから。

 「ほいじゃ、行きますかね。で、どこへ?」

 「ベントリーだ。そこに集まる奴らは全員敵だ」

 「……ちいとばかし敵が多くねえですかい?」

 「行くぞ」

 小柄な男を先頭に、見据えるは東。

 一団は歩みを速めてゆく。


 様々な感情が一か所へと集う。

 高く築かれた城壁は、まるでそれを受け止めるかのようにそびえていた。

次回もよろしくお願いします。

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