第23話 戦争の足音
最近某コンビニで厚切りベーコンを買って晩酌の肴にすることが多いです。
絶妙に塩気が濃い。高血圧不可避かなと思う今日この頃。
重苦しい空気が続く。
ギルドの外に出ると、いつの間にか傭兵達の姿は無い。風に乗って微かに漂う血と臓物の匂いのみがエルネリアでの戦闘を物語る。
ヴァン・ドレイクという男を討ち取れなかったことが悔やまれるのか、ギルド統括官の執務室を出てからずっとライヴィスさんの顔つきが険しい。
「ヴァンが全ての絵を描いているのなら、恐らくガゼルも行動を共にしているんだろう。……厄介極まりないね」
シルフィさんの顔も明るくない。努めて軽口を叩いているようだが、余裕を取り戻せていない時には笑顔を生み出せないようだ。
「ガゼルは、ヴァンの思想を崇拝していた。ヴァンの野望を実現するためにその命を差し出すことも厭わないでしょうね。あの戦争の後、隊長がヴァンを斬り捨てた時には怒り狂って何度も隊長と私に襲いかかってきたものよ。隊長も私もヴァンが生きていたなんて思いもしなかったけれど、ある時からガゼルの襲撃が無くなったの。今思えば、その頃にヴァンとガゼルは再会したんでしょうね」
ランスリッドさんの呼吸は荒い。一歩間違えば失血死してしまうほどの怪我をしているのだ。こうやって普通に歩けていること自体が異常だ。
「全ては俺の責任だ。あの時だけじゃない、今回もヴァンを確実に殺せていたならばこんなことにはならなかった。完全に後手に回されちまった」
先頭を歩く、最強から大きな歯ぎしりが聴こえた。
ライヴィスさんは一体どんな顔をしているのだろう。今はあまり見たくない。
「とりあえず身体を休めよう。ヴァンが表に出てきた以上、これから先の戦闘はあの戦争並みに過酷なものになるかもしれないはずだ。それに、目的地のベントリーまで近いとはいえ、これからは徒歩での道になるからね」
誰もシルフィさんの提案に異論を唱えない。
エルネリアの中心部から大きく外れ、あまり整備されていない街道の外れにある林の中で僕たちはしばしの休息を得る。安息を感じることのできない夜が流れていった。
「ったくよぉ、本気で首が飛んだかと思ったぜ畜生が」
月が夜空の中心を越えて傾いた頃、一つの影が動き出す。
「しかしあのガキ……末恐ろしい才能だな」
手には2本のダガーナイフ、小柄な人影の足元はおぼつかない。
「ギルドは……ダメか。ご自慢の刺客ってやつは完全にやられちまってるな」
不安定な足元とは反対に、彼の目は強い芯が通っていた。
「ジャル、マサダ、リオス……みんな逝っちまったか」
屍の折り重なった道を歩く。負けたのは敵にライヴィスがいたからか。いや、違う。これは俺のせいだ。あんなガキに負けることは無いという慢心が引き起こした惨敗だ。
小柄な男は、己の無力を嘆きながらギルドを背にする。
暗闇を進む、そんな男の背後を、一つ、また一つ、影が連なってゆく。
「こんな俺だが、後悔はしないか?」
男は振り返らずに背後に問いかける。歩みは止まらない。
一拍置いて、答えが暗闇から浮かび上がる。
「あんたは死んでない、だから俺たちはまだ負けていない」
「俺たちの誇りは死んでいない」
「やられた分は必ず、こいつらの弔いを!」
あぁ、そうか。俺たちはまだ戦える。今度はもう一度、金じゃなく仲間のために立たなければならねぇ。
「行くぞ……愚者の芸猟団の誇りを取り戻しに」
その男、クーパーは歩みを止めない。
信念を胸に、彼らはエルネリアを後にした。
夜が明けたとはいえ、昨日の今日だ。街道を歩く人は少なく、道行く人の顔にはどこか疲労や焦燥の色が濃い。命の保証もできないような所に好き好んで行く人はそうそういないものだ。
「僕たちはどうする? リデアまでヴァンを追って行くかい?」
一晩中寝れなかったのだろうか、目の下にクマを浮かべながら、シルフィさんがいきなり本題を切り出す。
「ベントリーへ入ろう。リデアが戦争をするにあたって、一番先に落とさなければならない国がそこだ。リデアにとっては大陸各地に侵攻するにあたって最大の障害になる国だからな。俺とあいつの考えることが同じならば、ヴァンの行動はただ一つ、その国を最大の戦力でもってベントリー軍の軍備が整う前に最速で叩き潰す」
「じゃあやっぱり目的地は変更なしでいいね」
「ああ、ベントリーでいい。軍隊同士の戦いになる前に終わらせたかったんだが、それはもう叶わないだろう。大規模な戦闘になる。マルセロ、セライラ、腹括っとけ」
――城塞都市ベントリー――
堅牢な城壁で囲まれた要塞都市だ。
先の戦争に置いて、黒翼の七騎士の猛攻を受けて数カ月耐えた唯一の国でもあり、聖アイネスを始めとした、大陸西側陣営の軍備が整う時間を稼いだことが、リデア敗戦の遠因と言われている
「ベントリーか。……敵に回したらものすごく厄介な国なのよね」
ランスリッドさんが苦笑する。相当に手こずったのだろう。
「ああ。俺がヴァンならそうする」
ライヴィスさんの視線は東へと向いている。その視線の先に、ヴァンという男を見ているのだろうか。
「最大戦力を向かわせるのなら、そこが決戦の地になりそうだね」
シルフィさんが薄く笑った。覚悟を決めた顔だ。
大人3人で話が進んでゆくせいか、僕とセライラには決戦と言われても現実味が無い。覚悟を決める以前の問題なのだ。
そんな様子を察したのか、シルフィさんが問いかける。
「マルセロ、セライラ、本物の戦闘を経験した気分はどうだい?」
「……私の未熟さを思い知りました」
「最悪の気分です」
僕たちの答えは大人達には面白かったらしい。皆が思わず笑った。
「合格よ、二人とも。その思いがあれば生き延びられるわよ」
その言葉の意味は、今の僕達には分からない。
「生き延びましょう、最後まで」
ランスリッドさんの手が、僕とセライラの肩を抱く。
何故だか分からない。
だけどその時、僕たちは初めて、本当の意味で騎士の仲間として対等になれた気がした。
僕たちは先へと進む。
戦争を回避するための戦争へと向かうために。
次回も同じくらいのペースで更新予定です。