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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第21話 猛禽類の本能(後篇)

冷房付けると寒いですが、切ると蒸し暑い。

窓開けると半端ない蚊。

さて、どうしたものか。

 「クヒッ!」

 男が僕に向かって腕を振り下ろす。殺気を放ちながらの攻撃の割には緩慢すぎる。もしかしたら、アイネスの兵学校の生徒の方が鋭い攻撃を行うことができるかもしれない。そんなつまらない攻撃を、僕は何の問題もなく避けた。

 男の手には鉤爪が装備されているが、その爪は短くとてもではないが戦いに向いているとは思えなかった。

 おそらく拷問用に作らせた物なのだろう。死なない程度に刺すことができ、長く苦痛を与えるために考えられたとしたら、これほど悪趣味な事はない。益々この男の事に対する嫌悪感が膨らむ。

 「ヴァエ?」

 自分の攻撃が当たらなかった事が不思議だったのか、僕と自分の手を交互に眺めると、何とも間抜けな声を漏らしていた。その場で、まるで練習のように数回腕を振るう姿の何と滑稽なことだろうか。

 「実力を測るほどでもないか」

 僕はレイピアを胸の高さに掲げ、男の肩口を目掛けて突き出した。

 

 ある程度真面目に突いたのだが、僕の攻撃は男の肩を貫くことはできなかった。

 男が装着しているガントレット型の鉤爪は、どうやら手のひらの部分にも鉄板が仕込まれていたらしく、僕の突きは男の手のひらでその勢いを殺されていた。

 正直なところ、僕の突きが受け止められるとは思っていなかった。目の前に立つ男の評価を髪の毛一本分ほど上方修正しなければならないだろう。

 絶妙に腹立たしい。僕は無言で、先程よりも早い突きを繰り出した。


 部屋には乾いた金属音だけが響いた。

 割と本気で繰り出した突きは、またしても男の手のひらで受け止められていた。

 予備動作も無く放ったはずだが、この男は僕の剣筋を見てから的確に防御している節がある。動体視力だけは人並み外れているようだ。

 どんな些細なことでも、この醜悪な男について褒める点を見つけてしまうことは、僕にとって苦行以外の何物でもない。

 僕はそれを払拭するかのように、自分の持てる最高速の攻撃を繰り返した。

 だが、その悉くは受け止められてしまう。

 「ゲヒャッ! グシュッ!」

 目の前の男がその醜悪な面を不愉快に歪めて笑う。僕の攻撃なぞ当たらないとでも言わんばかりに。その一挙一動の全てが癪に障る。

 僕の攻撃は防がれるが、相手の攻撃も当たらない。泥仕合だ。本当に気に食わない。

 僕の攻撃を受け切れると踏んだのか、目の前に立つ男は僕に対して挑発するかのような素振りを見せた。

 「ああ、本当に気に食わない」

 ニタニタと笑うその醜い顔を見るのは不愉快極まりない。

 「今すぐ死ね」

 僕は連続で突きを放つ。その全てに男は反応し、的確に僕の攻撃を受け止め、いなしてゆく。

 ならば、攻撃が通るまで手を休めなければいいだけの話だ。精々守りに徹するがいい。

 乾いた金属音は数分間続いた。


 一体何度突きを繰り出しただろうか。百を越えたあたりから面倒になって数えるのを止めた。

 僕の攻撃を笑いながらいなし続けていた男の醜い顔からは気持ちの悪い笑みが消え、焦りが浮かび始めた。

 「僕が適当に攻めていると思っていたのか?」

 男は答えない。

 「だとしたら僕も舐められたものだね」

 最早声を出す余裕も無いのだろう。

 「そんなことは三流のやることさ」

 僕の攻撃がガントレットの側面を捉える。

 「あまり調子に乗るなよ、三下が」

 ガントレットの繋ぎ目が壊れ、男の腕を守っていた物が床に落ちた。

 男の顔には恐れが浮かんでいた。

 防具と武器を一度に失った。そして、それが無ければどうなるかくらいを想像できるだけの頭はあったらしい。

 「見せてみろよ、ご自慢の防御力を」

 既に守るべき手段を失った男に、僕は何度もレイピアを突き立てた。


 数秒後には身体中を貫かれ、無様に床を這いまわる男が完成した。僕から少しでも遠くへ逃げるようにもがいている。

 やるせない。

 こんな程度の男に、何人もの罪の無い人々の命が奪われてきたのか。

 壁際まで追い詰めると、逃げ場の無くなった男は僕を見上げた。

 「ヴア……ヴア!」

 男は祈りを捧げるかのように手を組んだ。まるで命乞いをするかのように。

 僕は男の眼前に剣を据えた。

 「あの時は仲間がいたからね。仕方なくお前を生け捕りにしなければならなかった。だけど、今は違う。お前は生きていてはいけない人種だ。だから、死ね」

 男は僕に縋るように祈りを捧げ続けた。

 だから僕は、据えていた剣をそのまま押し込んだ。

 男はしばらく痙攣していたが、やがてその動きは止まり、床に大きな血だまりを作り出した。

 「もう二度と祈るな。お前の祈りで女神が穢れる」

 男から剣を引き抜き血を拭う。久々に命を奪ったが、女神の教えに反したという罪悪感は湧かなかった。

 男がそれほどの屑であったことを感謝すべきだろう。

 


 剣を納め、拷問されていた少女へと視線を向ける。

 彼女は僕の事をじっと見つめていた。

 彼女に歩み寄り、そっと抱き起こす。もうこの少女の命も長くはない。どんどん心臓の拍動が弱まり、呼吸も浅くなっていた。

 「遅くなってすまなかった。終わったよ」

 少女の目から一筋の涙が流れた。

 「あり……がとう」

 そう言い残すと、彼女はゆっくりと息を引き取った。

 彼女の遺体を抱きかかえ、部屋の隅の長机へと横たえる。

 「こんなところで申し訳ないが、きみのために祈りを捧げよう」

 せめて女神の元へ辿り着いてほしい。

 窓を開け、祈りを空へと捧げる。

 大空には悠然と鷹が弧を描く。

 少女の魂を見送るかのように、何度も鳴き声を上げながら。

 

次は早めに更新したいと思います。

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