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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第20話 猛禽類の本能(前篇)

お天道様、朝晩一気に冷え込むのは本当に勘弁していただきたい。

寝込みを襲われている感が半端じゃないです。

 静寂の中に大きな感情のうねりが三つ。

 一つはギルド統括官の執務室、一つは議場、そしてもう一つは

「ここか……」

 やれやれ、全く嫌なところから。

 ギルドに入ってからというもの、この部屋から僕に向けてずっと殺意が向けられていた。この中に待つ者の想像は付いているのだけれど、正直相手をするのが面倒で仕方ない。

 それにしても、この中に居る者から向けられる、殺意の裏にある恨みの感情にはほとほと呆れさせられる。セライラと話をして思い出したけれど、どう考えても逆恨み以外の何物でもないのだから。

 建物の三階西端に位置する尋問室の前に立つ。

 重厚な扉はしっかりと閉じられているものの、ほんの少しの隙間からは消えることのない血と臓物の匂いが漂ってくる。その臭いに、思わず顔をしかめる。慣れはするが、嗅ぎたいとは思わない。

 この部屋には何度か訪れたことがある。

 当然、尋問と言う名の拷問を行うところを見たこともあるが、見ていて楽しいものではない。語られる拷問よりも現実の拷問とはさらに酷く惨たらしいものだ。

 尋問官というのは、狂った人間でなければできない官職だと思う。

 聖アイネスに尋問制度が無い事を心から喜ぶべきだろう。


 尋問室の中からは、早く入ってこいとでも言いたげに、何かを叩く音が響いている。自己主張の激しい奴の相手をするのは心底うんざりする。

 「無視して行きたいなあ」

 心からの呟きが漏れる。無視して行くこともできるかもしれないが、ここで無視して行けば、僕以外の誰かがこの部屋の主を排除しなければならなくなる。ライヴィスやランスリッドなら問題ないかもしれないが、可愛い教え子たちと鉢合わせてしまったらどうなるか。

 クーパーとやり合った後の連戦は流石に厳しいだろう。そもそも彼らは兵学校を出たばかりの新兵だ。クーパーとやり合うこと自体がかなり無茶なのだ。

 やはり僕がこの部屋で戦うしかない。可愛い教え子たちを守るためだ、と無理やり自分を納得させ、僕は悪趣味な部屋の扉を開いた。


 尋問室の中は薄暗く、部屋の前まで漂っていた悪臭がより濃く強烈に鼻腔を刺激する。

 やはりここは苦手だ。精神衛生上、さっさと終わらせてこの部屋を出なければならない。

 部屋の中にはぎっしりと拷問器具が立ち並ぶ。どれもこれも使い込まれたものだ。それでいて、よく手入れがされている。どうやって使うのか想像もつかない器具もある。だが、その使い方を知りたいとは微塵も思わない。

 いけ好かない部屋の中央に、僕を呼ぶ男がいた。

 「クヒッ! クヒッ!」

 ああ、本当に反吐が出るほど醜い大男だ。

 思わず眉間に皺が寄ってしまう。

 戦争中、この部屋で尋問官として数多の者を拷問にかけてきた。尋問官としての腕は確かであり、この男が拷問した者は皆一様に口を割ったという。

 しかし、拷問を受けた者の中には本当に何も知らなかった者もいた。それだけならまだしも、この男が自分の嗜虐心を満たしたいがために攫ってきた者が含まれていたことが後に判明した。

 その事が明るみに出た結果、この男は罪人として罪を裁かれることとなる。

 たしか地下牢でその生涯を終えるまで拘束されているはずだった男だ。ここで戦わせるためにこいつを地上に帰した奴がいるのだろうが、何とも趣味の悪いことだ。

 そんな男が、僕の目の前で楽しそうに、気色の悪い笑みを浮かべている。

 男の肩越しに、椅子に鎖で縛りつけられた人間が見えた。頭から麻袋を被せられていて、大人なのか、子供なのか、男なのか女なのか分からない。

 それを見せつけたかったのかもしれない。下衆な笑いを繰り返しながら、男は麻袋を取り払う。

 その中身は、もはや人間であった事が信じられないほど変わり果てていた。

 小柄であり、ほんの少し乳房の膨らみが見られる。おそらく若い少女だったのだろう。今となってはその判別も難しい。

 弱弱しい視線が何かを訴えかけるように僕を捉える。

 僕はその視線に対し、ゆっくりと頷いた。


 戦時下の記憶を辿る。

 目の前の大男は、捕虜も民間人も関係無く拷問し殺していったクズだ。

 この男を捕縛した時には何度殺そうと思ったことか。だが、その感情を縛ったのが【罪人には更生の道を歩ませよ】というアイネスの掟だった。

 騎士として掟を守らなければならなかったが、こいつのような一線を振り切ったクズには適用されるべきではない。これは僕の本心だ。

 「やはり君は生かしておくべきではなかった」

 眉間に力が入る。

 「君を見ていると反吐が出る」

 大男は醜く笑う。

 「聖アイネスの騎士としては好ましくないけれどね」 

 僕は剣を抜いた。

 「だけど、女神さまもお許しになるだろうさ」

 拷問を受けていた少女と目が合う。その命も、最早そう長くはないだろう。

 「今は感情のままに行動するとしよう」

 彼女の命も僕が背負うことにしよう。

 「さあ、処刑の時間だ」

 名も知らぬ少女よ、必ず君の無念を晴らそう。

 聖アイネスの騎士ではなく、シルフィ・エルスという一人の男として。

次もなるべく早く更新したいと思います。

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