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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第18話 鮮血の令嬢(中編)

災害が続いていますね。

被災地の方々に対して私が出来ることは多くありませんが、自分に出来る限りの支援をさせていただきたいと思います。

 昔、二人の少女がいた。

 貴族の令嬢として何不自由無い生活を送る日々。

 生まれながらにして富と名声を得た彼女たちは、高名な学者たちから学問を学び、かの国にその者ありと言わしめるほどの屈強な戦士たちから武芸を修めた。

 しかし彼女たちは知らなかった。華やかな生活の裏で、下々の人間が貴族の圧政に苦しんでいることを。

 そんな彼女たちは知らなかった。その優雅な生活が突然終わりを迎えることを。


 とある軍事国家の一地方で起きた、ささやかな反乱。

 その領主の圧政に対し、民衆が蜂起したのだ。

 圧政に対する不満は大きな怒りとなり、民衆の持つ農具は武器へと姿を変えた。

 怒りはその地方全域に瞬く間に広がり、大きなうねりとなって、ついにはとある貴族を討ち取るほどであった。

 その地方にとって民衆の蜂起は、貴族の統治体制を崩壊させるほど大きなものであったが、母体となる軍事国家にとっては、たった1時間で鎮圧できるほどの些細なものであった。

 その動乱の中で少女たちの父親は惨たらしく死に、その混乱の中で彼女たちも歴史の表舞台からしばらく去ることとなる。


 数年後、一人の少女が歴史の表舞台へと舞い戻る。

 その名を【ランスリッド・ディラルド・ハーン】という。

 軍事国家リデアの中においてとりわけ異彩を放ち、最大戦力と言われた黒翼の七騎士の一人として。

 その時、もう一人の少女は歴史の裏を這い蹲る。

 その名を【ルナリア・ディラルド・ハーン】という。

 かつて住み慣れた故郷から遠く離れた、とある遊牧民族の奴隷として。

 少女たちはその身を鮮血で濡らし続けた。

 一人は確固たる信念を胸に。一人は消えることのない憎しみを胸に。

 畏怖と称賛をその身に。暴力と凌辱をその身に。

 そして彼女たちは変わってゆく。

 かつて幸せだった時代はもう取り戻せないほどに。


 遠い記憶を呼び覚ます。

 暗闇を怖がって私のベッドに潜り込んできたこともあったわねと、場違いな笑みが漏れる。

 「ずっと探してたわお姉さま」

 「もう二度と会えないと思っていたわ、ルナリア」

 躊躇いない殺意を乗せた細槍が眼前を薙ぐ。

 「お姉さまを殺したくて殺したくて胸が張り裂けそうなほどなの!」

 妹は口が裂けんばかりの歪な笑みを隠さない。ドス黒い眼光は深い憎しみで塗り固められている。

 彼女は薙いだ細槍を構え直し、もう一度私の首へと突きを放つ。憎しみだけに彩られた閃撃など私には届かない。右腕を少し捻るだけで、彼女の持つ武器は空を舞う。


 ルナリアは笑みを崩さない。

 彼女は口を開く。ゆっくりと。

 「ばーか」

 その瞬間私の体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。

 視線を下にやると、私の左脇腹を三本のナイフが捉えていた。

 「お姉さま? まだ三本しか刺さってないわよ? まだまだ遊びましょうよ!」

 続けざまに右肩と左足にナイフが刺さる。

 「っ……!」

 一体どこから飛んできたのか、まるで気配を感じなかった。

 「お姉さまには失望しました」

 妹が私を見下した目で見つめる。

 「華やかな表舞台を歩いていた時はさぞかし気分が良かったでしょうね」

 横薙ぎの蹴りが私の脳を揺さぶる。

 受け身を取ることもできず、私は床に叩きつけられた。とっさに腕で頭を守っていなければ、意識を奪われてしまっていたかもしれない。

 「お姉さまがぬくぬくと幸せに生きている間、私はこの世の地獄を味わってきました」

 言葉に憎しみが乗せられてゆく。

 「人として、女として、尊厳を、純潔を、未来を、全てを! 一つ一つ、遊びの感覚で奪われてゆく気分なんかお姉さまには分からないでしょうね!」

 細槍の柄が何度も振り下ろされる。

 防ぎきれない攻撃が身体の至る所を捉えてゆく。


 数分間に及ぶ蹂躙を終え、妹は乱れた呼吸を整える。呼吸を整えながら、妹は私をジッと見つめていた。

 立て、ということだろうか。妹は全く動く気配がない。

 軋む身体を起こす。身体の節々から全身へと鈍い熱が広がってゆく。

 身体の上から下へ、順番に力を加えてみる。大丈夫、骨は折れていない。骨は折れていないが、無駄に丈夫な自分の身体を恨みがましいとも思う。

 ゆっくりと視線を妹へ向ける。

 目の前に立つ妹からは、もう既に昔の面影は消え去っていた。まるで妹は悪魔に魂を売ってしまったかのように、その表情にかつての可憐さは無い。


 「私たちはもう戻れないのね」

 「甘い事を言うのねお姉さまは。お互いにその身を血で汚してしまっているのよ。一緒に堕ちていきましょうよ、地獄まで」

 結局、過去の幸せに縋って、淡い希望を抱いて、本当の意味で覚悟を決めていなかったのは私だけだったのだ。

 もしも叶うなら、ルナリアと、両親と笑い合っていた幸福な日々をもう一度過ごしたかった。

 私は細槍を握り直す。

 「私があなたを苦しみから解放することが、私にとって唯一の罪滅ぼしかしら?」

 彼女は狂った笑顔で応える。

 彼女の細槍が戦闘の意思を示した。


 ――そう……わかった――


 身体に刺さっていたナイフを放り捨てると、傷口からは血が滴り落ちた。

 痛みが全身を駆け巡る。たかが痛みごとき、戦っていれば忘れてしまうのだ。何も問題ない。

 私の爪先は大理石の床を愉快なリズムで叩き始める。無意識に奏でられるリズムに、【私】の感覚が戻ってゆく。

 「戦ってあげましょう。黒翼の七騎士が一人、ランスリッド・ディラルド・ハーンとして」

 本気で戦えることに歓喜の表情が浮かぶ。

 それでは狂ってあげましょう。あなたを救済する(殺す)ために。

今回も読んでいただきありがとうございます。

次は二日以内に投稿します。

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