第17話 鮮血の令嬢(前篇)
朝晩は少しずつ気温が下がってきているのかなと思う今日この頃。
こんな時期が一番風邪ひきやすいんですよね(´・ω・`)
ギルドの中はやけに静まり返っている。
外での喧騒が、まるで遠くの世界に感じるほどだ。ギルド内を歩く私の足音以外は物音が響いてこない。
もしかして誰もいないのかしら、と考えたけれど、隊長が先行してギルドの中へ入っていったのは分かっている。
おそらく隊長が向かったのは、この建物の最上階に位置するギルド統括官の執務室だろう。私も一目散にそっちを目指すべきなのは分かっている。
だけど、私の意識は別のところに向けられている。
ギルドの二階、東端の議場。
ギルドに所属する傭兵団のリーダー達が頭で戦う戦場。この国における国政の場だ。
武器の持ち込みが禁止されているはずの空間から、深く黒い感情が漏れ出している。殺意とも闘志とも違う感覚、それが間違いなく私に向けられているのだ。
ここまであからさまな誘いを受けると身構えることもない。むしろどこか可笑しくて笑いが漏れてしまう。
「お誘いを受けるのは久しぶりね」
思わず言葉が漏れる。
執務室を目指すのは後回しにしなければならないようだ。
「今から行くわね」
独り言を呟きながら、議場へと意識を向ける。私の待ち人からの黒い感情の中に、どこか喜びを浮かべているような気がした。
ギルド中央の大階段を上がっていると、階段の踊り場でシルフィが渋い顔をして立っていた。
「きみも誰かに呼ばれているようだね」
私の気配を察していたのか、こちらに視線を向けることなく話しかけてきた。
「ええ、楽しいお茶会のお誘いを受けているわ。シルフィもかしら?」
私の問いかけに無言で頷き、顎で三階の西側を差す。その先の気配を探ると、純粋で明確な強い殺意がシルフィへと向けられている。
「……あなたもかなり情熱的なアプローチを受けているのね」
「思い当たる節が無いなあ」
「嘘ね?」
「うん、言ってから二秒考えたけど恨まれる要素はあったね」
シルフィは心底嫌そうな顔を浮かべている。どうせこの優男のことだ、どこかで何か偽善を働いた結果逆恨みされるような事ばかりなのだろう。ご愁傷さまね。
「三階の西側って何の部屋だったかしら?」
「……尋問室だね」
本当に、御愁傷さまね。
「ランスリッド、きみは誰に呼ばれているのか見当が付いているのかい?」
「いくら気が進まないからって、ずっとここでお喋りをするわけにはいかないわよ?」
「……」
いつも飄々としているシルフィがここまで嫌がるのが面白くてつい意地の悪い事を言ってしまう。まあ、いつまでも行かないというわけにはいかないのだけれど。
「そうね……なんて言うのがいいのかしら。会いたかったような会いたくなかったような……そんな相手かしら」
「歯切れが悪いね」
「女には色々あるのよ」
「ランスリッドの口からそんな言葉が出るとは思わなかったよ」
「……殺すわよ?」
尋問室へ行くのを渋るシルフィと別れ、私は二階の廊下を歩く。
廊下を歩きながら、私は自分の武器を指で撫でる。隠して持ち歩けるように折り畳むことができるが、その分強度はお察しだ。議場で私を待つ相手と戦うことを考えると、このままの細槍では少し心許ないかもしれない。
「ごめんなさい。少し待ってもらうわね」
私は立ち止まって細槍を補強する。
自分の武器を弄っていると、これから起きるであろう戦いの事ばかり考えてしまう。命のやり取りになると、どうしても感情の昂りを抑えきることができない。そんな自分のことがどうしようもなく嫌いで、それでいて堪らなく好きだった。
救いようが無いな、と自嘲する。まさかこんな人間になってしまうなんて、子供の頃には夢にも思っていなかった。
昔の記憶を断ち切るようにグッと目を瞑り、軽く呼吸を整える。
細槍を握り直し、数回振ってみる。いい感じだ。
議場の扉の前まで進むと、中から待ちくたびれたような雰囲気を感じた。
扉に手を掛けると同時に、三階で二つの殺気を感じる。シルフィが相手と対峙したのだろう。
ならば私も続かなければ、と一度大きく息を吸い、私は議場の扉を開いた。
議場の中は、左右に長いテーブルが向かい合わせに並べられ、議場の最奥には室内を見渡せるように議長席が設けられている。カーテンが窓を覆い、議場は薄暗く見通しが悪い。
そんな中で議長席に腰掛け、ずっとこちらを見ている影が見える。
「待たせたわね」
声をかけるも反応は無い。
私はふっと眼を細める。
「生きてたのね。まさかこんな形で再開するとは思わなかったわ」
向かい合う影は無言で議長席から飛び降りた。
「復讐……というのは陳腐過ぎるかしら?」
相変わらず返事は無い。しかし、影はこちらへと歩いてくる。
「どうあっても避けられないのね」
影は私の槍が届かない位置で立ち止まり、横薙ぎに腕を振った。
同時に、窓を覆っていたカーテンが床へ落ちる。
光に飢えていた室内は、一気に陽の光を取り込み向かい合う影が光によって掻き消える。
「始めようかしら、ねぇ?」
向かい合う彼女は静かに笑う。
「ええ始めましょうお姉さま!」
週一ペースで更新できればいいなと常に思っております。
本当ですよ?