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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第16話 新兵からの脱却(後篇)

まだまだ暑さが厳しいですね(汗

台風も近付いておりますので、皆さまもご注意くださいませ。

 全方向からナイフが襲い掛かるような錯覚に陥る。

 クーパーの猛攻を受けながらも、未だに致命傷を負うことなく立つことができているのは、クーパーが速さを得る代わりに、精度と一撃の重さを犠牲にしているからだろう。

 それでもジリ貧だ。いつ手痛い一撃を貰うか分からない。結局、僕が圧倒的に不利なことに変わりはないのだ。

 クーパーの攻撃を受ければ受けるほど、僕の身体には赤色の線が幾つも刻まれていく。恐怖がじわじわと背中に広がる。この赤い筋がいつ首に引かれてもおかしくないのだから。

 「いつまでもそうやって守ってろ。嬲り殺しにしてやんよ」

 クーパーの体力が切れるのを待っている間に僕は死ぬだろう。

 むしろ今は何をやっても死ぬ可能性が高いのだ。

 だったら死ぬ事を恐れることは無駄な事かもしれない。何故そんな考えが浮かんだのか自分でも不思議だったが、一筋の光が差し込んだような気がした。

 どうせ死ぬなら、最低でもこいつ(クーパー)だけは道連れにしてやりたい。僕の中で明確に何かが変わり始めた。 


 僕は引こうとしていた足を一歩踏み出した。

 ナイフが僕の脇腹を掠めた。ただ掠めただけ、それだけだ。チェーンメイルまでは切り裂く事ができないことが分かると、僕の恐怖心はさらに低下した。

 「てっ……んめぇ!」

 僕が一歩踏み出したことで、クーパーの攻撃のリズムと間合いが狂ったようだ。

 あぁ、そうか。前に出れば良かったんだ。攻撃は立て続けに僕へと襲いかかるが、今の僕の頭の中はやけに冷静だった。

 さらに一歩踏み込む。この一歩の間に、僕の腕と左足に数本の切り傷が作られる。だが、ナイフによる傷はどれも浅く、致命傷になり得るものではなかった。

 ここに至り、クーパーの狙いがなんとなく思いついた。

 「……分かったよ、クーパー。あんたの弱点」

 当然のことながら、分かっていない。だが、僕の予想は当たらずとも遠からずな筈だ。

 

 僕とクーパーはお互いに少し距離を取る。

 セライラも体勢を立て直し、いつでも切りかかれるように構えている。

 「弱点? 笑わせんなよクソガキ。てめぇは俺に手も足も出てねえだろうが」

 「手も足も出ないクソガキだと思うなら僕を殺してみろよ」

 血管の切れる音が聞こえたような気がした。

 クーパーは彼我の距離を一気に詰め、僕にナイフを振るう。

 さっきよりも速く、僕の身体へ次々に傷を付けてゆく。

 その傷はやはりどれも薄いものだった。

 思い切って、もう一度前へ一歩踏み出す。

 「っ……!」

 僕が足を進めた分だけクーパーも下がる。やはり(・・・)下がったのだ。

 「だから分かったんだよ、あんたの弱点が」

 僕はもう既に勝利を確信している。

 「なあクーパー。教えてくれよ。なんであんたは僕を未だに殺せていないんだ? そのスピードがあるなら簡単に僕の首を刈れたはずだ」

 僕は剣を、首の高さで横に構える。

 クーパーの顔に怒りが滲む。

 「ライヴィスさんのことを知った上で真っ向から斬りかかりに行ける、たぶんあんたも大陸戦争で戦ってきて、戦い抜いて生き残ったんだろう。でもさ、甲冑で身を固めた相手にナイフで挑むなんて無謀もいいところだと思うんだ、僕は。いくら正確なナイフ捌きができても、それで甲冑を斬れるようにはならない」

 「何が言いてえんだクソガキ」

 僕は笑う。僕の考えは正しかったんだろう。

 「あんたの本命はナイフじゃないんだろう?」

 「黙れ!」

 クーパーのナイフが僕の首を掠める。だが僕は死んでいない。ナイフでは殺されないという確信があった。

 「あんたの本命は蹴りなんだろう? 甲冑を蹴り飛ばして首を折る。それがあんたの戦い方なんだろう?」

 言い切るや否や、視界の端から足が伸びてくる。

 咄嗟に頭の側面を守る。しかしその足は途中で軌道を変え、守っていた腕のさらに上から頭へと振り下ろされた。

 「ぐっ……」

 軌道が変わるとは思っていなかった。頭を揺らされ、膝が地面に付く。脳が揺れていて暫くは立ち上がれそうにない。

 「たかが攻撃の本命が分かったところで粋がってんじゃねえよ。蹴りに対応させなきゃいいだけの話だ。対応されなきゃ弱点にはなりゃしねえんだよ」

 「だったら早く殺してみろよ。僕はまだ生きてるぞ」

 「不合格だな。まるで安っぽい挑発だ。まあ、のってやるよ」

 クーパーは薄ら笑いを浮かべ、僕の腕を下から蹴り上げる。

 力が入っていなかった腕から剣が離れる。蹴り飛ばされた剣が宙を舞い、僕は武器を失った。

 「死にな」

 蹴り上げた足がそのまま振り下ろされる。

 頭を守らなければ、と思うも僕の腕は痺れて上がらない。

 クーパーの踵が僕の頭へと迫った。


 メキッ、という鈍い音が響きわたる。

 力を失った身体は地面へ倒れ伏し起き上がらない。

 「助けてくれると信じてたよ」

 僕の視線の先には、息を切らしたセライラが立っていた。彼女の手には紐が握られていて、その先には鋼で作られた剣の鞘が括り付けられている。

 どうやら鞘を振り子のように振り回してクーパーをぶん殴ったようだ。剣では距離が遠いと判断したセライラの咄嗟の機転に救われたらしい。 

 地面に倒れ伏すクーパーのことなど見向きもせず、セライラが僕に迫る。

 「マルセロ! あなたの! 戦い方は! 危険すぎるわ!」

 セライラの説教が飛んでくる。

 「……あなたが挑発して敵の注意を引き付けてくれていたから上手くいったけど、でも、もう二度とこんな危ない戦い方はやめて!」

 「ごめん。だけどこれしか勝つ方法が思いつかなかったんだ」

 「……行きましょう。建物の中に入ったら応急処置してあげる」

 気絶したクーパーに注意を払いつつ、僕たちもギルドの中へ突入する。

 中へ入り、扉を閉める。中も外も恐ろしいほどに静かだ。だからこそ、僕は落ちついて手当てを受けることができた。

 「はい、終わったわ。……お願いだから無理はしないで」

 「ありがとう。気を付けるよ」

 ギルドの階段を上がる。

 先行した大人たちの後を追うために。

一週間を目処に(願望

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