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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第15話 新兵からの脱却(前編)

 今年は雨が怖いですね。

 岡山県でこんなに警報が鳴る日々が続いたのは人生で初めてです。

 「はっ……!」

 クーパーは彼我の距離を一気に詰めてくる。速い!

 彼の手に握られた二本のダガーナイフが僕を攻め立てる。防ぐことが精一杯で、まるで反撃なんかできそうにもない。

 上に下に左に右に、逃げ場と息つく暇を与えてくれはしないようだ。

 「ほらよっ!」

 ダガーナイフに気を取られていた僕は、鳩尾に強烈な蹴りを食らった。思わぬ攻撃に、僕は無様に転がされ、満足な呼吸を奪われる。

 「死にな!」

 「マルセロ!」

 止めを刺しに来たクーパーのナイフを、セライラが差し出した剣が受け止める。あと一瞬セライラの助けが遅れていれば、僕の喉には綺麗に穴が開いていただろう。

 「二対一か。構わねえぜ、来な!」

 クーパーの攻撃は熾烈を極めるものだった。

 速さで言えばライヴィスさんと遜色ない。もしこれで一撃が重たかったならば、僕たちは即に死んでいたかもしれない。

 「どうした? この程度で粋がってんじゃねえぞ!」

 クーパーの鈍い笑みはさらに広がる。

 「セライラ! 危ない!」

 セライラの側頭部にクーパーの脚が伸びる。

 一瞬意識を刈り取られたのか、セライラの膝がカクンと曲がる。

 今度は僕がクーパーのナイフを止める番となった。

 このままでは、いずれ僕たちはやられてしまう。

 何とかしなければ、その思いが僕を焦らせていく。


 ――――


 エルネリアの大通り、傭兵のギルドへと通じる道に一人の女性が立つ。

 その女性を見るものは皆、その美貌に目を、強さに命を奪われる。

 彼女と対峙し、生き延びた者は数えるほどしかいない。

 その誰もが口をそろえて言う。返り血を浴び、緋く染まったその女性を、

 ――まるで芸術品のようだった――

と。


 「もう終わりかしら? もっと時間がかかると思っていたわ」

 たとえどれだけの数が攻め立ててきても、私はここを守りきる自信があった。

 それは黒翼の七騎士の一人であった事実と、隊長の後ろを守ることができるという何とも言えない感情からくるものだ。

 それにしても敵が弱っちい。エルネリアの傭兵部隊はこの程度だったかしらと記憶を辿ってみるものの、ここまで酷くはなかったはずだという結論しか出ない。

 まるで捨て駒ね、と思ったところで、私は槍を弄ぶ手を止める。

 まさか、私たちを本気で止めるつもりがないのかしら?


 ――――


 路地から迫り来る敵を殲滅し、自身の背後で戦う教え子を守る青年がいる。

 一見すると穏やかなその顔の内には、果てしなく広がる激情が隠されている。

 彼を見たものは一様に言う。

 ――まるで鷹のようだった――

と。


 ライヴィスが先行してギルドに入った。

 ならば僕が着く頃には全てが終わっているだろう。しかし不思議なのは、傭兵たちがライヴィスを追ってギルド内へ入って行かない(・・・・)ことだ。むやみやたらに犠牲者を増やさないための策だと言われればそうなのだろうが、奴ら傭兵は死を恐れてはいない。

 何か噛み合わないなと思いつつ、目の前に立つ敵を粛々と無力化してゆく。

 十四人ほどの傭兵が地に伏したところで、その違和感は確信に変わった。

 血気盛んな若い傭兵以外は、まるでこちらへ攻撃してくる様子が無い。そればかりか、こちらへ攻撃の意思を向けている者が殆どいないのだ。

 「……どういうことかな?」

 戦場で顔を見たことのある一人の男に声を掛ける。答えなど帰ってこないだろうと思っていたのだが、

 「あんたらが逃げ出せないようにするのが俺たちの仕事さ」

と、あっさりとした応答があった。

 「ふむ……ギルドの中に入れってことでいいんだね?」

 その問いに傭兵達は頷いた。

 「安心しな。あんたがギルドの中に入ったってあのガキ共を寄ってたかってボッコボコにはしねえさ。俺たちは仕事として受けた内容以上の事はしねえんだ」

 いつに間にかギルドを囲む傭兵たちは剣や武器を納めていた。攻撃の意思が無いのは事実なのだろう。

 マルセロたちの事は気になるが、ライヴィスがこの場を任せたのなら、マルセロとセライラには何かを感じ取ったのだろう。ならばそれを信用するのみだ。

 僕は剣を納める。

 「マルセロ、セライラ。ライヴィスが君たちを信じてこの場を任せたんだ。聖アイネスの騎士としてその信頼に応えてみせるんだ!」

 二人はクーパーへの注意を途切れさせることなく、僕の言葉に頷いた。それを見て僕はギルドの中へと足を進めた。

 ギルド内部はやけに静かだった。

 この建物の中に数人の傭兵と、強い殺意を持つ者が待ち構えているのを感じる。

 まるで僕たちを呼んでいるみたいだなと、思わず苦笑いしてしまう。

 まあそれでもいいかと、頭を掻いて殺意の元へと向かう。

 行き先が決まっていたかのように、建物の奥へ僕は進む。


 ―――――


 「かー……やっぱ寄せ集めじゃあ歯が立たねえか」

 時間稼ぎにもなりゃしねぇ、と地面をつま先で蹴りながらクーパーは毒づく。

 そんな姿を尻目に、彼の傍をランスリッドさんが抜けていく。

 その目にはクーパーの事など映っていないかのようだった。

 ギルド内へ彼女が入った事を確認すると、クーパーは笑う。

 「ま、俺たちに与えられた仕事はこれで完了。あの三人をギルド内部へ入れた時点で仕事は終わりだ。……あとは俺の退屈しのぎだ。せいぜい楽しませろよてめえら!」

 先ほどよりも速さが上がった。

 一撃の重みが下がる代わりに手数が段違いに増えている。

 僕とセライラで挟み撃ちにするような陣形になってはいるが、数の有利、地の利など無いに等しい。むしろ僕たちは押されていた。

 「遅ぇ!」

 顎を下から蹴り抜かれる。首が飛ぶんじゃないかという威力だ。

 セライラも蹴り飛ばされたようで、立っていた位置から3メートルほど後ろで転がっていた。

 僕は再び剣を構え、横薙ぎに振り抜く。しかし虚しく空を斬り、剣を飛んで躱していたクーパーから、右のこめかみへ蹴りを浴びせられる結果となった。

 顎とこめかみへ立て続けにまともな蹴りを貰った所為か、地面が揺れているような感覚に襲われる。自分が剣を真っすぐ握れているのか不安だ。

 飛びそうな意識の中で僕は必死に考える。どうすればいいのか、こいつを超えるには何が必要か。

 考えがまとまらない中、何度も何度も蹴り飛ばされ、身体中に鈍い痛みと熱が広がる。

 僕は何度目か、剣を握りしめた。どれだけ絶望的な場面でも騎士は決して諦めてはいけないのだ。

 ライヴィスさんがここを僕に任せてくれたのだ。僕はそれに応えたい一心でクーパーを見据えた。

 「ライヴィスが残していったからどんな奴かと思ったが、全くの期待外れだ。……面白くねえからもう死んじまえ」

 クーパーに対して何一つ対抗策が浮かんでいない状態で、目の前の男はさらに加速した。

一週間目処に更新予定です。

自分の作品を読んで下さる方がいることに喜びを感じております。

うまく言葉にできないほど嬉しいです。

完結までどうぞよろしくお願いいたします(土下座 

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