表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
14/33

第14話 開戦

バタバタしていて更新が遅れました(汗

 翌日の朝は早かった。

 まだ辺りが薄暗いうちから、僕たちは出発の準備を始める。

 あまり寝付けなかった僕は、自然と落ちてくる瞼を擦りながらランスリッドさんの指示に従い荷物を積み込む。そんな中、シルフィさんは渋い顔をしながら手にしていた書状を読み進めていた。

 おそらくリデアの間者が届けたものだろうけれど、いつの間にここへ来ていたのだろうか。もしも彼らが敵だったら僕は簡単に命を刈られていただろう。まったく、ゾッとする話だ。

 「準備できたわ。いつでも行けるわよ」

 そんな事を考えている間に、ランスリッドさんが出発の準備を整え終えていた。その言葉を聞いて、シルフィさんも手元の書状から目を上げ、御者台へと移動する。

 「よし、それじゃあ出ようか。しばらくは野営が続きそうだから気を引き締めて行こう」

 シルフィさんが手綱を振るう。

 馬もまだ寝ぼけているのか、大きな鼻息を立てながらゆっくりと歩き出す。僕たちの乗る荷車も、それに倣ってゆるりと車輪を動かし始める。

 進むにつれ荷車の揺れが心地よく感じてくる。昨夜あまり寝付く事ができなかったこともあって、今すぐにでも眠れそうだ。

 そんな様子に気が付いたのか、ライヴィスさんが毛布を僕に向かって投げつけた。

 「寝られるうちに寝ておけ。何かあったら起こしてやる」

 僕はその言葉を聞き終えた瞬間からしばらく記憶が飛んでいった。



 グローデンの宿場町を出発して一週間ほど経った日の夕方、僕たちはグローデン国内で最後の野営をしていた。明日の昼にはエルネリアへ入国することができるそうだ。

 そんな話をしながら、野郎三人はたき火を囲み、鹿の肉と魚が焼きあがるのを待っていた。

 鹿肉も魚も現地調達したものだ。調達した張本人は今、セライラと一緒に川で身体を洗っている。

 もう驚かない。

 ふらっと森の中へ入ったと思ったら、しれっと鹿を狩ってきた。理由を聞くと、「ちょっと肉が食べたくなったの」というとても分かりやすい答えを頂いた。

 魚も同じで、いきなり川へ槍を投げたと思ったら魚が刺さっていた。食べたかったそうだ。

 「そういやランスリッドのやつ、昔熊も狩ってきてたな」

 僕はもう驚かないからな。

 「それはそうと、明日はいよいよエルネリアへ入るんですよね?」

 網の上に並べた鹿肉をひっくり返しながら、これからの事について話を向ける。

 「そうだね。エルネリア中心部を抜けることになるから、まず戦闘は避けられそうにないね」

 シルフィさんが嫌そうな顔で呟く。

 「やはり敵が待ち構えているんですか?」

 「昨日の朝くらいからずっと誰かに監視されていたしね。多分ここで止めようとするはずだ」

 監視されていたことに全く気がつかなかった。一体どこから見られているんだろう。

 「とにかく、今のうちにしっかりと休息を取っておくんだ。明日からはそんな余裕が無いかもしれないからね」

 しばらくして水浴びから戻ってきた女性陣と共に夕食を食べる。

 明日はいよいよエルネリア国内へ入るのだ。必死で剣を振るわなければ生き残れないかもしれない。

 必ず生き残る。

 僕は無意識に剣の柄を握りしめ、流れる川の音に耳を傾けた。



 夜明けから小一時間ほど馬車に揺られ、関所らしい関所もない道を進んでいると、いつの間にかエルネリア国内へ入っていた。

 外の景色には建物が建ち並とび始めている。おそらくエルネリアの街なんだろう。

 だが、街というには物寂しくどこか廃れているように感じる。

 「この国はほぼ全員が傭兵なの。だから派手な生活はしないのよ」

 ランスリッドさんは僕たちに簡単な説明をしてくれたが、その間も彼女は周囲の警戒を怠らない。

 街の中を進むにつれ、肌にビリビリとした感覚が伝う。

 「ねえ、マルセロ。なんだか変な感じがしない?」

 「やっぱりセライラもそう思う? でも、なんだろう。僕はこの感覚を知ってる」

 一体どこで、と思い出そうとしていたその時だった。荷車が大きく揺れ、建物の壁にぶつかって止まった。

 慌てて外へ出ると、荷車を引いていた馬が血塗れで横たわっていた。弱弱しい呼吸を繰り返すその胴体には何本もの矢が刺さっている。

 「隠れるんだ!」

 僕とセライラはシルフィさんに突き飛ばされるように建物の陰に押し込まれる。ほんの一瞬の差で、ちょうど僕たちのいたところに五本ほど立て続けに矢が飛んできた。

 その方向から声がする。

 「よーし、仕事の時間だ!」


 四方八方から怒号が響く。

 足音が至る所から鳴り響き、こちらに向かって敵が迫ってくる姿が目に映る。

 視界の端で血飛沫が舞う。ランスリッドさんが隠し持つ細槍を抜き、迫る敵を既に血祭りに上げていた。

 「剣を抜け! まずは生き延びることだけを考えるんだ!」

 シルフィさんは僕たちを背に敵と対峙する。

 「街の中心だ! 傭兵のギルドまで突破すんぞ!」

 ライヴィスさんは通りの敵を、まるで虫でも振り払うかのように進んでいく。

 僕は遅れて剣を抜く。その剣を構えたところで思い出した。

 この感覚だ。これは恐怖だ。

 アイネスの森で感じた、仲間を失った時と同じ。

 同じなら大丈夫だ、震える手にそう言い聞かせて剣を握り直す。

 正面からは、斧を振り上げた男が迫る。大丈夫だ、戦える!

 「あああああ!」

 滑り込みながら振り抜いた剣が赤い軌跡を作り出す。

 自分の意思で初めて敵を討ち取ったことで、僕は手の震えが止まるのを感じた。

 崩れ落ちる相手を見ても、今は不思議と冷静になっている。

 なんてことはない、そんな感想すら浮かぶ。

 セライラは敵を上手く捌くものの命までは奪っていない。敵であれ、殺すことに抵抗があるのだろう。

 そういう場合じゃないだろうに、アイネスの騎士として不殺を貫くつもりなのだろうか。

 そんなことしてたら死んでしまうのだ。


 「走り抜けろ! ライヴィスが道を開いた!」

 シルフィさんが叫ぶ。先を見ると、ライヴィスさんが死体の山を築いていた。

 「先に行きなさい! 後ろは任せて」

 ランスリッドさんは殿として後方に立ちはだかる。

 僕たちはその姿に従い一目散に前を目指す。

 ただひたすらに走り、やがて道は広い空間へと姿を変えた。

 目の前に佇む大きな建物は周囲を威圧するほどの重厚感があった。

 「傭兵ギルドだ。ここ押さえて籠城するぞ」

 ライヴィスさんがそのまま建物に突入しようとする。

 すると、

 「させねえぜ!」

 建物の二階から一つの影が飛び降り、ライヴィスさんに斬りかかる。

 「ちっきしょう! やっぱお前かよライヴィス!」

 飛び掛かってきた小柄な男は苦笑いだ。

 ライヴィスさんを知っている上で斬りかかったのに、軽口を叩く余裕があるらしい。

「なんだクーパーか。コソ泥チビ野郎が邪魔すんな」

「チビって言うんじゃねえよ!」

「で? 何でお前がここにいる」

「てんめぇ……! まあいい、教えてやる! エルネリア最大の傭兵団【愚者の芸猟団(サーカス)】はな! リデアの依頼を受けてお前らを殺すことになったんだ!」

 ライヴィスさんは軽くため息をつく。

 「うぜえ」

 そう言うと、二人は再び剣を交わす。

 クーパーと呼ばれた男は、両手にダガーナイフを持ち、素早い攻撃を仕掛ける。

 目にも止まらないような連撃を、ライヴィスさんは至極つまらないという顔で受け流し、刀を返すと一気に振り抜く。

 「が……うっ……!」

 クーパーの口から一気に空気が漏れ、膝から崩れ落ちる。

 「峰打ちというそうだ。両刃の剣じゃなくて良かったな」

 そう言い残し、ライヴィスさんはギルドの扉をくぐる。

 「待て……ちくしょう……」

 「マルセロ、お前ならこのチビを倒せる。後は任せた」

 「大丈夫。ライヴィスが勝てると言うなら、今のマルセロはあの子ザル相手に戦えるさ」

 そう言うと、シルフィさんが僕の背後に立つ。後方から迫る敵を請け負ってくれるようだ。

 そんなやり取りを見て、クーパーの殺意のこもった目が僕を射抜く。

 剣を再び握りなおし、僕はクーパーに対して剣を向ける。

 彼はゆっくりと立ち上がり、掌の中でダガーナイフを二、三回クルクルと回す。

 「舐めんじゃねえぞ!」

 クーパーは僕に向けて駆け出す。

 託された以上、負けるわけにはいかない。これは僕の戦いだ。

 振り抜かれるナイフと、僕の握る剣が火花を散らした。

概ね一週間を目処に……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ