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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第13話 忌わしき記憶

甲子園が面白くて仕事そっちのけで観てしまう今日この頃

 セライラの体調を考え、グローデンでもう一日滞在した。

 僕はセライラの看病をして過ごし、大人たち三人は一日中酒を飲みながら昔話に花を咲かせていた。どうやら彼らを隔てていた時間はあっという間に埋まったようだ。

 その様子を見ていると、仲間というのは良いものなんだろうなと思う。

 ……仲間か。ビクトルは今どうしているんだろうか。右腕と左足を失いながらも一命を取り留めたらしいが、もはや騎士として生きることは叶わないだろう。僕がアイネスに戻ったら、ビクトルにどんな言葉を掛けてやれるのか。答えを出すには、僕はまだ子供すぎるのかもしれない。

 

 夜が明け、僕たちは宿を後にする。

 これから先はランスリッドさんも同行してくれるそうだ。元黒翼の七騎士のうち、二人も同じ部隊にいるのは心強い。戦力過剰な気もしなくもない。

 そういえば、昨日は色々と大変だった。

 ランスリッドさんが黒翼の七騎士だったのこともだが、それ以上にライヴィスさんが黒翼の七騎士の隊長だった事には驚いた。セライラはライヴィスさんが黒翼の七騎士であったこともその場で知ったので驚きのあまり卒倒しそうだった。というより、驚きすぎて椅子から思いっきり立ち上がったせいで身体の痛みに襲われていた。

 ……そのせいで滞在が一日延びたと言えるかもしれない。


 宿を離れ、市場で必要なものを揃える。特にランスリッドさんは急遽同行が決まったので、下着などを買い揃える必要があった。

 食料品はシルフィさんとライヴィスさんが買ってきたが、シルフィさんがまた紅茶を買い足していたのは言うまでもない。ほんの一週間程度でどれだけ消費しているんだこの人は。

 市場での買い物を終えると、僕たちは旅立つ。セライラの一件で数日ではあるが予定に遅れが出てしまったようで、シルフィさんとライヴィスさんは荷台の隅で会議中だ。

 御者台にはランスリッドさんが座り、鼻歌交じりに馬を繰る。心地よい旋律だったので、何の曲か気になって尋ねると、リデアに伝わる子守唄だと教えてくれた。どうりで耳に優しいわけだ。

 その子守唄を聞きながらセライラは眠っている。完全に回復しきっていないのだろうが、崖から落ちた上で今の状態なのだから大した回復力だ。

 セライラの寝顔をなんとなく眺めながていると、シルフィさんが苦い表情で僕の隣に座った。どうやら話し合いが終わったようだ。

 「いいかいマルセロ。これから先はすぐに剣を抜けるようにしておくんだ。目的地は城塞都市ベントリーで変わりない。だけど時間的に安全な道を進むことはできそうにない。危険はあるが、僕たちはエルネリアを横断しようと思う」


 ――エルネリア――

 大陸中央部に位置する国だ。

 この国には特産品がない。作物も育たず、家畜も肥えない貧しい土地が広がっているのだ。

 しかし、この国は貧しい訳ではない。

 何故なら、この国の主要産業は傭兵派遣。兵という軍事力を輸出して外貨を得ているのだ。

 実際、先の大戦ではリデアの先鋒隊として大陸西部に侵攻してきたのがこの国の傭兵部隊であった。反リデア連合は、この国の攻勢のために多大な出血を強いられたそうだ。『傭兵国家』という別名は伊達や酔狂ではないのだろう。

 その国に入る。危険度が一気に跳ね上がるのは間違いない。

 僕は確かな緊張感に包まれた。


 ランスリッドさんと交代し、今はシルフィさんが馬車を東へと進める。

 幌を張った荷台で、残りの四人は静かに座る。セライラも目を覚まし、エルネリアへ向かうことへの緊張感を高めていた。

 「そんなに緊張するな。俺たちが守ってやる」

 僕たちの様子を見ていたライヴィスさんがそう呟く。

 「そういえば、二人はまだ騎士見習いという立場でいいのかしら?」

 「はい。まだ……未熟者です」

 ふぅん、とランスリッドさんが楽しそうに笑う。

 「私と隊長は、二人の歳の頃には最前列で殺し合いをしていたのよね。人生やり直したいわね」

 笑いながら重い話をされると、笑っていいのかどうか分からなくて困る。

 ふと疑問がよぎる。

 ライヴィスさんたちが最前線で黒翼の七騎士として戦っていた。まだ子供だったのにどうして、と。

 セライラも同じ思いだったようで、僕が考えている間に質問をぶつけていた。

 「あー……まあいいか。面白くもねえ話だが教えてやるよ、お前らが椅子に座ってお勉強していた【戦争】ってやつだ」


 ライヴィスさんは語る。

 黒翼の七騎士の始まりを。


 ――黒翼の七騎士はな、当時のリデア軍部が軍としての最大戦力を作り上げるために計画されたもんだ。

 考え方は簡単だ。誰より鋭敏で、誰より恐怖心が無く、誰より殺しに慣れた人間を作り上げればいい。

 その考えのもと【英才教育】の対象となったのは……身寄りのない捨て子だった。

 ん? あぁ、俺もランスリッドも親に捨てられてたんだよ。

 八歳くらいの頃だったかな。孤児院やスラム街の子供、奴隷の子供達が軍の施設に集められてな。何日も何日も監禁されて虐待されて、痛みと恐怖を植え付けられた。

 そんな日々が続いたある日だ。俺たちはコロシアムに連れて行かれてな。何も分からない俺たちに大人が言うんだよ。

 『死にたくなければ目の前の相手を殺せ』

って。

 それからは地獄さ。

 生きるために殺す。虐待されたくないがために友達をひたすら殺し続けた。

 どれだけの日々殺し続けたか覚えていない。そして、いつしかそんな日々に何も感じなくなっていった。

 そんな日々が何年も続いて、とうとう生き残ったのは俺を含めて七人だけになっていた。

 この七人が【英才教育】に成功した実験体だ。だが、計画を進めていた兵士やお偉いさんは恐怖し始めた。

 感情も、良心も、人としての自分すら殺した上、生き残ることだけを考え続けた結果、異常なほど研ぎ澄まされた感覚を得たからな。

 そりゃあ怖いさ。裏切られたらたまったもんじゃない。

 だから正規兵を二百人ほど送り込んできた。表向きは最終試験、本質は俺たちを消して計画を元から無かったことにするためにな。

 だが、生き残った七人が協力してそいつらを全員殺した。

 計画通りの殺人鬼が誕生した瞬間だ。

 お偉いさんたちは俺たちを消せないと理解したのか、そのまま黒翼の七騎士と名付け今度はあらゆる激戦地に送り込み始めた。

 そんな状況で俺たちは生き残り続けた。

 殺して殺して殺し続けて、戦場に送られれば送られるほど俺たちは強くなった。

 十五の頃にはもう敵がいなくなった。殺すことしか知らない人間だ、どこかで死ぬべきだった。 

 死ねなかったのはこの大陸にとっての災厄だっただろうな。――


 そこまで話して、ライヴィスさんは黙る。これ以上はまだ話してくれないようだ。

 馬車に揺られる音だけが響く。そんな中、ランスリッドさんが呟く。

 「本当は普通の人間として生きていたかったわ」

 重苦しい空気の馬車が止まる。

 今日は野営だ。日が傾いてきた以上、これより先に進むのは厳しいのだろう。

 人気のない通りに馬車を止め、僕たちはそこでそれぞれの夜を明かす。

 深く寝入ることのない夜だった。

一週間を目処に更新します。


今年の高校野球はどこが優勝するのか楽しみですなあ。

現地におられる方はくれぐれも熱中症に気をつけてくださいませ。

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