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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第12話 その名は

人生で初めて熱中症を経験しました。

外に出る時は本当に気をつけなければいけませんね。反省反省。

 結局その日の夜は宿の部屋に通されると、一瞬で眠りに落ちてしまった。

 日が昇り、昼食の時間の間際になってようやく私は目を覚ました。

 部屋から宿の食堂へと向かうと、既に私以外の全員がテーブルに着き私の到着を待っていた。

 他のテーブルでは、運ばれてくる昼食を食べながら和気藹々とした会話が繰り広げられている。だが、このテーブルにはそんな空気は流れていない。他とは違う、どこか重苦しい空気が漂っていた。

 「あらためて。セライラ、無事でよかった」

 シルフィさんが口火を切る。

 「僕が至らないばかりに、きみを守れなかったことを許してほしい」

 「違います! ……私が功を焦ったことで招いたことです。本当に申し訳ありませんでした」

 シルフィさんは何も悪くは無い。私が指示を守らず、マルセロに嫉妬して勝手に動いた結果なのだ。自業自得だ。

 「でも本当に無事でよかったよ。ですよね! ねっ!」

 マルセロの笑顔には正直救われたような気分になった。重苦しい空気をなんとか払拭するように努めて明るく振る舞おうとしているのだろう。

 嬉しいけれど、現状あまり効果は無い。

 シルフィさんはバツが悪そうに苦笑いを浮かべていたが、ライヴィスさんは腕を組んで目を閉じたまま動かず、ランスリッドさんは一度私に疲れたような笑顔を見せると、そのまま俯いてしまった。

 居心地の悪さに、マルセロは口をへの字に曲げて頭を掻く。マルセロは目だけを動かしてライヴィスさんとランスリッドさんを交互に見やる。

 ああ、そうか。この空間で一番反応に困っているのはマルセロだ。そういえばマルセロはランスリッドさんの事を全く知らない。マルセロからしてみれば、昨夜私を連れてきた女の人がシルフィさんたちの知り合いで、何故かライヴィスさんと険悪なムードになっているのだ。それはそれは居心地の悪い事でしょう。

 しばらく置物と化していたライヴィスさんを眺めていると、短い溜息の後、ゆっくりと口を開いた。

 「セライラが戻ったことはもういいだろう。本題はお前だ、ランスリッド」

 ランスリッドさんは、ピクリと身体を震わせる。

 「もう二度と会うことは無いと思っていたんだがな。まさかお前がセライラを助けてここまで連れて来てるとは思ってもみなかった。セライラを救ってくれた事、感謝する」

 ライヴィスさんの言葉を受け、彼女はゆっくりと顔を上げ、そしてしっかりと彼の目を見て応える。

 「本当に偶然でした。ええ、本当に出来過ぎた偶然で……でも、そのおかげで私はもう一度アメリアの面影を感じることができましたし、もう一度隊長にお会いすることができました。私の前から急に姿を消してしまった日からずっと隊長の事を探していました」 

 彼女の目はライヴィスさんを真っすぐ見据えている。

 その視線を正面から受け止め、ライヴィスさんは笑った。

 「お前も無事で良かった。ランスリッド、また会えて嬉しいぞ」 

 ランスリッドさんにとっては、彼の笑顔は全くの想定外だったようで、反応できずに固まっている。

 やっと時間が動き始めた時、彼女の視界には最早ライヴィスさんしか映っていなかった。

 彼の前に跪き、叫ぶように言葉を紡ぐ。

 「隊長……! ずっと……ずっと、お会いしたく思っていました! あなたのことをずっと探していました! ずっと!ずっと……っ!」

 溢れ出る感情はやがて涙を生み出す。

 彼女の頬を伝う涙を、ライヴィスさんがそっと拭う。

 「……すまなかった」

 その言葉に、彼女は完全に決壊する。まるで子供のように泣きじゃくり、しばらくライヴィスさんの身体にしがみついて離れなかった。


 「……お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした」

 泣き止んだランスリッドさんは元通りの淑女の物言いへと戻る。

 まだ恥ずかしいのか、顔は俯いているが。

 「ランスリッド、この13年間、どうしていたんだい?」

 「隊長をずっと探していたわ。終戦記念式典の夜からずっと」

 ライヴィスさんはバツの悪そうな顔をして聞いている。そんな彼を見て、シルフィさんは笑いを堪え切れないようだ。

 「シルフィは聞かなくてもだけれど、隊長はこれまで一体何をされていたのですか?」

 「婚活」

 「そんな嘘を言えるくらいには人生を謳歌していたのかしら? 私はあなたのことを探してうら若き乙女の時代を灰色にしてしまったのですけれど?」

 ライヴィスさんの顔が強張る。女性は怒らせると怖い、お父さまがいつも言っていたわね。

 背中から悪魔の姿が浮かび上がっていたランスリッド様をなんとか落ち着かせ、話は戻る。

 ゆっくりと、急激に。

 「あの戦争が終わってからずっと探していた。見つけなければいけなかった。……あの戦争を本当の意味で終わらせるために」

 ライヴィスさんは話し始める。かつての戦争はまだ終わっていないと。

 私とマルセロには全く理解が追いつかない。

 「まったく。狂った理想論者だねあの男は」

 「その通り。あいつは自分自身の夢物語を諦めていない。大陸統一なんていう馬鹿げた夢をな」

 あまりにも馬鹿げた話だ。そのはずなのに、ライヴィスさんはなぜこんなにも危機感を含む声色で話すのだろうか。

 「俺はあの男を殺さなきゃならん。それが黒翼の七騎士の隊長だった俺にとっての最期の使命であり、贖罪だ。表向きには戦争が終わっているんだ。だからランスリッド、お前がもう一度その身を血に染める必要は無いんだ。だから俺はお前には何も言わずに消えた。本当にすまなかった」

 ライヴィスさんがそう言い終えるやいなや、パンッという乾いた音が響いた。

 「……私では役に立ちませんか? 仮にも黒翼の七騎士の副長でした。あなたのご命令があれば、私は喜んでこの命をかけて戦えます。私のためですって? それは隊長の自己満足にすぎません! 私の幸せは、あなたの隣で、あなたの槍となること。私の幸せを決めつけないでください! あなたの思いは身に余るほどの幸せですが、私ではあなたの力になれないと言われているようです。……それが私には辛いのです」

 彼の顔を平手打ちした掌を握りしめる。ライヴィスさんとランスリッドさん、どちらの方が痛かったのだろうか。

 シルフィさんは二人を止めることをしない。この二人が離れていた時間を埋めるのを待つかのように。

 当然、私もマルセロも口を挟むことなどできず、ただその成り行きを見守るばかりだった。


 しばしの空白を挟み、ライヴィスさんが静寂を破る。

 「俺たちの使命はある男の殺害だ。あの戦争がそいつを生み出し、そしてそいつは戦争そのものに取り憑かれちまった」

 彼の目の中に黒い意志が揺れる。それを感じ取り、思わず私は生唾を飲み込んだ。

 「どんなことがあっても、あの男だけは絶対に始末する。あの悪魔は生かしておくわけにはいかない。悪いが力を貸してくれ」

 そう言い、ライヴィスさんは全員に対し頭を下げた。

 「まあ、最初からそのつもりだけどね」

 「隊長の仰せのままに」

 「僕にできることは何でもやります!」

 「私も同じです。ドーシュ家の名にかけて二度とあのような醜態は晒しません」

 感謝する、とライヴィスさんが顔を上げ、私たちは決意を新たにする。

 そして、ライヴィスさんは宣言した。


 ――ヴァン・ドレイク、奴を殺す――


 私が敵の名を初めて知った瞬間だった。

一週間以内に更新します。

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