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聖アイネスの紋章  作者: マリー・ラム
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第10話 川の畔に住む者

暑い日が続いております。

熱中症にはご注意ください。

 幼い頃からの記憶が流れている。これが走馬灯というものなのね。

 真っ暗闇に包まれながら、思い出が次々と灯っては消えてゆく。

 死にたくない。そう願ってみても状況は変わらない。無意味な思考で頭の中は浮遊感に満たされてゆき、現実味がまるで無い。

 身体も動かないので、ただぼんやりと前を眺める。すると、暗闇の先から光が一筋差し込んできた。眩しさに目を細めると、その光の先には人影が浮かぶ。

 その姿を見間違えるはずが無い。


 ――お姉さま!――


 光の先に立つのは私のお姉さまだ。敬愛してやまない、アメリアお姉さま。

 私は一も二もなく光の先へ駆け出す。


 ――お姉さま! お姉さま!――


 あと2メートル、もう少しでお姉さまに抱きしめてもらえる。もう一度優しく。

 お姉さまは優しく微笑んでいる。その表情に、私は最早死に対する恐怖など忘れていた。お姉さまと一緒であれば、恐れることは何もない。

 両手を広げ、私はお姉さまの胸に飛び込む。

 だがその刹那、お姉さまの顔から笑顔が消えた。

 「帰りなさい、ここに来るのは早すぎる」

 そう言うと、腰の剣で私の胸を貫いた。

 「おねえ...さま...?」

 反応することすらできずに、私の身体を剣が貫通する。現実ではないからか痛みは無い。だが、私の身体からは急激に力が抜けてゆき、その場に崩れ落ちてしまう。

 何故? どうして? そんな思いが頭を占める。

 「……あなたにはまだやらなきゃいけないことがあるはずよ?」

 お姉さまを照らす光が弱まってゆき、私も瞼を開けていられなくなる。

 お姉さま、と叫ぼうとしても口が開かない。ゆっくりと暗闇へ落ちてゆく。


 ――ごめんね――


 意識が途切れる前、お姉さまの声が聴こえた気がした。



 「お姉さま……」

 「あら、やっとお目覚めかしら? 」

 誰かの声が耳に届く。

 徐々に意識がハッキリしてくると、それに伴い身体中を痛みが駆け抜けてゆく。

 「よく生きてたわね。とにかく意識が戻って良かったわ」

 軽口でありながら、どこか気品を感じる声に一瞬痛みが和らぐ。

 「……貴女は誰ですか?」

 「まだ動かないほうが良いわよ。もう少ししなきゃ薬は効かないし、何よりうら若き乙女が裸なんてはしたないでしょう?」

 私に掛けられていた毛布をめくるようにゆっくりと腕を動かす。見ると、私の身に付いてあるべき布が無い。上も下もだ。

 「慎ましやかで自己主張をしないことは美徳かしら?」

 私の身体の事を言っているのなら、宣戦布告と受け取ろう。

 彼女は命の恩人だろうが、今の発言にならば殺意を抱いても女神は許してくれるんじゃないだろうか。


 数時間ほど経った頃、自力でゆっくりと歩ける程度には回復していた。

 薬が効いてきたというが、50メートルほどの崖から落ちてから、ほんの数時間で動けるまでの回復力のある薬とは……何か危ないんじゃなかろうか。

 薬の効き目が強すぎることで、逆に恐怖を覚える。

 身体の動きを確かめるようにゆっくりと肩を回していると、お茶を飲んでいた女性が唐突に

 「それで、アイネスの騎士さんがこんな辺境に何の用かしら?」

と直球の質問を投げかけてきた。本来の理由など言えるはずもない。

 「……すみません、それは言えません」

 「良いわよ、大方の想像は付くし」

 なんで、と聞こうとしたが、彼女は席を立ちキッチンへ向かう。私が何故旅をしているのかなど、どうでもいいと言わんばかりに、鼻歌交じりで食事の準備に取り掛かり始めた。

 「そうだ、旅の仲間もいるんでしょう? この先の街まで送るわ。明日は街に用事があるし、仲間と合流できるまで護衛くらいはしてあげる」

 彼女の言葉に私は胡乱な目つきを向けてしまう。料理を作っている彼女の後姿を眺める。どう見ても華奢な体つきをしているのに、はっきりと「護衛をする」と言ってのけたのだ。

 若い女性が崖下の川沿いに一人で暮らしている。俗世間と離れて生きているせいで、私たちの旅がどれほど危険なのか想像がつかないのかもしれない。

 私を川から引き揚げるだけでも彼女の細い腕には重労働だったろう。これ以上彼女に迷惑を掛けるわけにはいかない。

 「いえ、命を助けていただいただけでも感謝しきれません。これ以上何かしてもらおうものなら、私は女神に怒られてしまいます」

 「弱きものを助けることは女神の教えではなかったかしら? それに今の自分がどれだけ動けるかの判断もつかないくらい強く頭を打ってしまった?」

 悔しいけれど、言い返すことができない。少しなら動ける、といっても身体は悲鳴を上げている。普通ならば医務室で絶対安静と言われてもおかしくない状態なのだ。

 それでも私は早く仲間の所へ戻らなければならない。そんな思いを抱いていることを彼女は見透かしていたんだろう。どうあっても私の護衛をするらしい。

 「あんな辺鄙なところで女一人が生きているの。それなりに戦えるから安心していいのよ」

 一体彼女は何者なんだろうか。

 当の本人は鼻歌交じりに道を進む。

「大丈夫よ、ちゃんと街まで無事に送り届けてあげる」

 ……不安だ。



 悪い予感というものは大抵当たってしまうもので、川沿いを進む私たちの前に黒い影が立ち並ぶ。

 崖の上で遭遇した山賊ではないが、こういった類の輩はどこにでも湧いてくるものなのかもしれない。

 「俺たちは運がいいぜ。なかなかの上玉じゃねえか。売る前に俺たちが具合を見てやらなきゃなぁ」

 下衆な笑いが私たちを取り囲む。

 「私たちに何か用か?」

 彼女を守るように前へと進み出る。

 話し合いの余地が無い事は理解していた。分かった上で剣を抜いたはいいが、腕に力が入らない。

 身体の痛みと緊張で私の顔が強張ってゆく。一斉にかかって来られたら、おそらく私は一瞬で押し倒されてしまうだろう。

 だが、こんな状況でも彼女は笑顔を崩さない。

 「先を急いでいるの。通してもらってもいいかしら?」

 「おもしれえ姉ちゃんだ! 俺ら全員の相手をしてくれたら考えてやるよ!」

 男たちはどんどん包囲を狭める。

 なんとかするしかない。そう思い剣を構えた瞬間、奴らが一斉に飛びかかってきた。

 剣を振るおうとした腕が悲鳴を上げ、背中を激痛が走る。

 痛みに負け、踏み込んだ足が膝から崩れる。男たちはナイフを手に私たちへと躍りかかる。駄目だ、もう迎撃が間に合わない。

 私は覚悟を決め、せめてもの抵抗に男たちを睨みつける。


 ――セライラ、伏せなさい――


 私の後ろから涼しい声が響いた。

 声に促されるままに地面へ倒れこむ。

 何が起きたのか理解ができなかった。

 私たちに襲いかかってきた男たちは、全員がその場に崩れ落ちた。

 「おい……なんだよこれ……」

 男たちの口からは恐怖が漏れる。そして、その恐怖の中心には

 「セライラ、怪我はないかしら?」

 細槍を指先でクルクルと回しながら、彼女が笑っていた。

 恐怖に負けた男たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ帰ってゆく。

 彼女は笑顔を崩さぬまま、私に向き直る。

 そんな彼女の首筋に、私は剣を突き付けた。


 「あらあら、険呑ね」

 「……何で私の名前を知っているんですか?」

 私の装備品は全て姉の名しか書かれていないのに。

 彼女は笑顔を崩さない。

 「あら、そういえば自己紹介してなかったわね」

 はじめまして、と優しく手を差し伸べる。


 ――ランスリッド・ディラルド・ハーン。あなたのお姉さまの親友であり敵だった女よ――


 彼女は微笑みを絶やさない。

 彼女の持つ細槍の先、黒翼の七騎士の紋章が太陽の光を受けて輝いていた。

ゆっくりですが10話まできました。

まだまだ続きますので、文体への指導や感想などありましたらよろしくお願いします!


次も一週間以内には更新したいと思います。

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